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書籍『最小文化複合施設』ができるまで

こんにちは。

神奈川県のはじっこで、小さな泊まれる出版社、真鶴出版を営む川口です。

このたび、真鶴出版が編集・販売に関わる、新作『最小文化複合施設』(顧彬彬・宮崎晃吉著)の予約受付を開始しました。

発行部数は3000部。

大手出版社でも「初版5000部。そのうち50%が返本」、なんてことはよくあるので、僕たちのような小さな出版社にとっては、3000部はとても大きな数字です。

しかも真鶴出版の本は、基本Amazonでは販売しておらず、取次も通していません。たくさんばらまくのではなく、店主の顔の見えるお店から、小さく、濃く届けていきたいと思っているからです。

ただ、だからといって少ない数で良いというわけでもありません。最低3000部売れなければ、関わってくれた人に恩返しも、増刷もできないからです。

少しでも多くの人に「濃く」届けていきたいという思いから、このnoteでは、本ができるまでの過程と、その内容を伝えていきます。

同じように本をつくってみたいと思っている方にも参考になるとうれしいです。


まち歩きしながら、本の構成を考える

この本の制作のはじまりは、2年前の2022年6月まで遡ります。
HAGISO代表である宮崎さんとは、それまでも雑誌『日常』をつくるために月に一回ほど打ち合わせをしていました。
そんな中で宮崎さんから、「うちの本もつくってくれない?」とお声がけいただいたのです。いわく、宮崎さんが6年前から書籍をつくろうと書き始めたものの、なかなか進められず、止まっていたとのこと。

HAGISOのことはできた当初から知っていましたし、何より雑誌『日常』をつくる過程で、規模も地域も違えど、真鶴出版と考えていることが似ていると感じていたので、喜んで引き受けました。

制作チームは宮崎さんに、宮崎さんのパートナーである顧彬彬さん(ピンピンさん)、そしてHAGISOの創業当初からデザインに関わる田中裕亮さん(タニーさん)でした。少し先輩にあたる3人に囲まれて、緊張しながらのスタートでした。

4人で写る写真が見つからない。これは、HAGISOでの本の展示準備のとき。

まずは、HAGISOの手がけるまちやど・hanareに泊まりながら、谷中(そして谷根千)を少しでも知っていこうと、地図を見ながら谷根千周辺の道をすべて歩くところから始めました。

谷根千には歩きたくなる路地がたくさんある。

この手法は、真鶴以外の他のまちに関わるときによくやるのですが、果たしてこのまち歩きが最終的に本のどんなところに影響したのかはわかりません(笑)。ただ、まちを歩きながら、その地域の氏神に挨拶をしたりすることが、よそ者である自分がそのまちに関わるための儀式のようなものだと思っています。

そして今回はなんと、ぼくにとって憧れの存在であり、ローカルメディア界のレジェンドである、地域雑誌『谷中・根津・千駄木』の森まゆみさんに案内してもらったりもしました(数歩歩くごとに溢れ出る知識に感激しました)。

また、HAGISOが手がける店舗の大家さんにも取材しています。宮崎さんたちに取材を薦められたとき、「なぜ大家さん(?)」と当時はピンとこなかったのですが、本をつくる過程で、HAGISOにとって大家さんが地元・谷中とのつながりであり、とても大切な存在であることを知っていきます。

そして、宮崎さんとピンピンさん、スタッフや関係者にインタビューしていきました(誌面に掲載したものも合わせると、計16回取材していました)。

事前取材をしていく中で、HAGISOのみんなからいくつか要望が出てきます。

「雑誌のような本にしたい」、「HAGISOが宮崎さんだけでないところも知ってもらいたい」、「〝成功物語〟にはしたくない」などなど。

最初の構成案ができたのは、取りかかり始めて半年後、2年前の2022年10月。そのときは、HAGISOがこれまで手掛けてきた店舗を軸に、そのストーリー、グラフィック、設計図の分析も合わせて紹介する構成でした。今思うと、最終的にできた「物語」というよりは、少し「カタログ」的なつくりだったかなと思います。

そこから取材を進めながら、同時に宮崎さんたちに執筆作業を進めてもらい、それに合わせて構成をブラッシュアップしていきます。追加するものもあれば、せっかく取材・執筆したのにカットするものもあり……。

1年後の2023年9月、「台割ver.3」の頃には、順番は今と違えど、大体最終的な構成と同じものに辿り着きました(ここからさらに一年かかるわけですが笑)。

構成について

「雑誌のような本にしたい」という要望もあったので、ただ文章が続くだけの本ではないものを考えていました。大きく分けるとこんな感じです。

最初に写真ページ。そのあと、HAGISOが創業から今に至るまでの「メインストーリー」。その合間にコラムを挟みながら、章と章との間には関係者への「インタビュー」「対談」。最後に店舗の図面を「大解剖」するページと、HAGISOの「レシピ」。そして最後に秘密の「袋とじ」

当初からの大きな変更点は、「メインストーリー」の主語が、宮崎さんではなくピンピンさんであるところでした。

(この本を手がける前の自分にとっても、)HAGISOといえば、一番イベントなどに登壇している代表の宮崎さんでした。でも宮崎さん主語で語ると、良くも悪くも宮崎さんの主人公感が強すぎて、会社の実態とは離れたものになるのではないか、と二人から意見が出たのです。

そこで、思い切ってピンピンさん主語で書き直してもらうと、宮崎さんのもつ客観性のある文章に、良い感じに物語的要素が加わっていきました。

いわゆる「建築本」とはちょっと違うという意味で、副題には「たまたま住んだ一軒のアパートからはじまる、東京・谷中の物語」とつけることにしました。

さて、ここからは本の詳細を見ていきます。

体裁について

『最小文化複合施設』、通称「HAGI BOOK」の特徴は、まずそのボリューム。ぼくがつくってきた本の中でも最も厚い、388ページです。本が直立します(笑)。束見本(つかみほん)は以下。

無線綴じと呼ばれる一般的な製本ですが、そこにスリーブケースがつきます(ちなみに、わかる人にはわかる、天アンカット仕様です)。

このかたちは、もともとはタニーさんの「海外のペーパーバックのような、写真だけのタイトルのない表紙にできないか?」というアイデアから始まりました。そのときの案は、帯だけにタイトルを入れて、帯を取ると表紙は写真だけになる仕様でした。

当時の案。

そこから保存性や、「モノ」としての価値を高めるため、写真部分をスリーブ、タイトルは本体に箔押しという装丁にまとまりました。写真にはPP加工を施し、バーコードはスリーブ裏にシール。シールを剥がすとスリーブは写真だけになる仕様です。
この表紙は最後までなかなか決まらず、苦しんだところでした。

メインストーリーについて

ピンピンさんの主語で描くメインストーリー。まず、章の最初には「関係図」が挟まれます。この関係図だけ追っていくと、小さなアパートから始まったHAGISOがいかにまち中に広がっていったかがわかります(この関係図は、途中で本を読んでもらった写真家・MOTOKOさんからのアドバイスで入れました)。

物語は、読みやすくやわらかいピンピンさんの文体で、かつてシェアハウス時代であった「萩荘」の頃から始まります。

この本は成功物語ではありません。読んでいるこちらのほうが胃が痛くなるような(?)、オープン当初人が来なかった話から、ご近所やスタッフとの関係性まで語られます。

注目すべきはその写真。建築事務所らしく(?)、きちんとこれまでの写真が記録・整理されていたおかげで、ふんだんに使うことができました。

また、本文下段には、注釈以外にこんな吹き出しがあります。

これは、本を制作中に行われた、HAGISO10周年の際の展示「誰かにとってのHAGISO」で、本に掲載される前提で集めたものです。よくよくみると本書にも登場する人物が出てきたり、ご近所さんが出てきたりと、いろいろな角度から見たHAGISOが伝わってきます。
ギャラリーをもつHAGISOならではの、展示と書籍の掛け合わせとなりました。
また、コラムもたくさん挟まっているので、普通に読むだけでなく、何度も楽しめるようなものになっています。

対談について

HAGI BOOKでは四つの対談を掲載しています。

一つ目は、ピンピンさんと、パフォーマンスプロジェクト・居間 theaterの4人の座談会。居間 theaterが企画した、HAGISOの名物企画「パフォーマンスカフェ」がどうやって生まれたのか。ただの「古民家カフェ」ではないHAGISOの、自由さの秘密がわかる記事です。

対談二つ目は、飲食部門のマネージャー・ぽんちゃんと、仕入れ先である農家・HOMEMAKERSさんの対談。

事前取材を通して思ったHAGISOの面白さは、創業者である宮崎さん、ピンピンさんはもちろん、何人も「事業」を回せる人がいるところでした。それはまるで一従業員というより、個人事業主の方と話しているよう。感覚的なものなのでなんとも説明しづらいですが、みんな自分で考えて、自分ごととして事業を回しているのです。

この対談に登場するぽんちゃんもその一人。HOMEMAKERSさんの二人との対談は、事業主同士が10年を振り返っているような内容になりました。

三つ目は、打って変わって設計部門のマネージャー・じょーじさんとJR東日本・服部さんの対談。小さな事業体とも、大企業ともやっていけるのがHAGISOの強さ。地域に根差す企業と大企業が手を組む意義や、その難しさについて語ります。

最後にようやく(!)、代表・宮崎さんの登場。世界的建築家であるアトリエ・ワン・塚本さんとの対談です。「セルフイニシアチブ」、「リプロダクション」、「ノンスケーラブル」……。本の最後を締めくくるように、塚本さんにより、これまでのHAGISOの動きが次々と言語化されていきます。世界の潮流の中でのHAGISOの立ち位置、そして目指すべきところが示されます。

「HAGISO Inc.のおみせ大解剖」と「おうちでつくるHAGISO Inc.のレシピ」

さて、すでに盛りだくさんの内容ですが、HAGI BOOKはまだまだ終わりません。ストーリーの後ろにはまず二つのコンテンツがあります。それが「HAGISO Inc.のおみせ大解剖」「おうちでつくるHAGISO Inc.のレシピ」です。

「HAGISO Inc.のおみせ大解剖」では、HAGISOが手がける六つの店舗を、図面をもとに紹介していきます。設計の工夫から、ちょっとした小話まで。この本を読んでからお店に行くと、もっと楽しめるかもしれません。

「おうちでつくるHAGISO Inc.のレシピ」のアイデアは、アトリエ・ワンの塚本さん取材時に生まれました。塚本さんから「HAGISOといったら料理が強みでしょ。レシピは絶対に載せたほうが良いよ!」と一言。普通は定番料理を載せておしまいにしそうなところを、HAGISOはここでも全力投球。例えばこれ、レシピの一部の「コーヒーカスインフューズラム」
「えっ?」とちょっと驚くようなレシピが入っています。


ちなみに料理のイラストは、本書のデザイナーであるタニーさん。あまりに制作作業が過酷すぎて、このプリンの絵は入稿当日に描かれました。

HAGISOの売上推移まで掲載される、袋とじ

『最小文化複合施設』はなんと袋とじ付き
「袋とじ」の話が出たのは、編集会議の序盤のほうだったと思います。「なにか本ならではの面白い仕掛けがあると良いよね」という話の中から、誰からともなく袋とじの案が出たのです。

袋とじの表紙。ちょっと古い雑誌風。

袋とじの中には、HAGISOの創業からこれまでの売り上げの推移や、一店舗あたりにどれだけお金をかけたのかスタッフ構成まで載っています。この袋とじも最初は12ページだったものを、「もっと面白くないと袋とじの意味がない」と宮崎さんとピンピンさんが言い出し(笑)、4ページさらに増やしました。

袋とじ裏表紙

こんなふうに、「もっとこうやったらおもしろくなるんじゃないか」を重ねていくうちに、あっという間に構成完成から一年かかったのです……。

もちろん袋とじなので立ち読みできません。書店の店主すら、購入しないと読むことができません。

3300円の本を買って、そこに自分でカッターで手を入れないといけない。もし失敗したら……その失敗も含めて、この本の一部なのかなと思います。ちなみに、ぼくもまだこわくて束見本にカッターを入れてません(笑)。

また、「袋とじ」と一口に言っても、実は袋とじのやり方には3種類も方法があって、編集者であるぼくと、デザイナー・タニーさん、印刷の東湘印版さんでそれぞれ違う袋とじのやり方を考えていたときはびっくりしました。

紙とインク

ぼくにとって本をつくる楽しさといえば、紙やインクを選べるところ。もちろんすべて高級な紙、そして4色以上にすれば簡単です。でもそれをいかに安価な紙、そして1色、2色を混ぜながら豊かに魅せていくかが面白いところだと思っています。
HAGI BOOKではこれだけの紙を使用しました。

・ゆるチップ / 表 1- 4
・里紙 / 遊び紙
・晒クラフト紙 / 遊び紙
・ロストンカラー / プロローグ写真
・オペラホワイトマックス / インタビュー、対談
・タブロ / HAGISO Inc.のおみせ大解剖
・クラフトペーパー ハーフ / おうちでつくるHAGISO Inc.のレシピ
・ブンペル / 袋綴じ
・ラフクリーム琥珀 N / 上記以外

まずは、インクも紙も、基本的には読みやすさを最重視します。とくに長文は目に優しい、少しクリーム色の「ラフクリーム琥珀 N」

プロローグの写真は、印刷再現度の高さを重視しながら、かつ触り心地のとても気持ち良い「ロストンカラー」

対談ページは、特色2色を組み合わせながら使いました。特色が映え、かつ「ラフクリーム琥珀 N」と厚みや手触りの近い「オペラホワイトマックス」

「レシピ」は料理に合いそうなクラフト紙の「クラフトペーパー ハーフ」。「おみせ大解剖」は漫画雑誌などで使われそうな「タブロ」(この紙好きです)。

「遊び紙」と「袋とじ」は、ファインペーパーと呼ばれる高価格帯の紙(里紙ブンペル)です。分量が少ないからこそ選択できた紙でした。

本を横から見たときに、いろんな紙がミルフィーユのように重なっているところがたまらなく好きです。

出版業界初? 草木染めの栞紐

真鶴出版の関わる本は、いつからか手作業が入るのが当たり前になってきました。

大手出版社がまずやらない、そしてプロダクトとしての本の価値を高められることだと思うからです。

ぼくと宮崎さんら、まちやど協会でつくる雑誌『日常』では、
オリジナルインクをつくって3000部表紙に手塗りしたりしています。

今回もどうしようかとずっと考えていました。

函にみんなで穴をあける?
表紙写真をスタッフみんなで撮る?
HAGISOの建物の何かでフロッタージュする?
などなど。

最終的に辿り着いたのが、HAGISOの名前の由来である「萩の葉」でした。

HAGISOの隣、大家である宗林寺の境内には萩がたくさん植えられており、「萩寺」として親しまれてきました。「萩荘(HAGISO)」はもともと、その愛称にあやかって命名されたのです。

HAGISOの大家・宗林寺にもくもくと生える萩。

今回、その宗林寺さんから萩の葉をもらってきて、HAGISOの二人とも友達のPINKNOT WEEDSの日香ちゃんと、真鶴の染め工房・ORIBARで、栞紐を草木染めしました。

萩に少しだけ花が咲く頃でした。

栞紐には通常レーヨンが使われます。一般的に化学繊維は草木染めに不向きといわれます。ただ、レーヨンはそのなかでも「再生繊維」と呼ばれる、元々はパルプや綿を溶かしてできたもの。だから綿などと同じように草木染めできる可能性がありました。

これが染める前のボビンに巻かれたスピン。ぼく自身初めて見ました。
一巻きで5000部分取れるとのこと。

一方、今回原料として使おうとしている「萩」については、草木染めの本にも事例として載っておらず、草木染めに不向きである可能性がありました。

そのため、まずは事前に少量で実験しました。

もはや完全に理科の実験。媒染液の種類によって、色が変わります。

その結果……! ちゃんと染まり、一ヶ月後でも色が落ちませんでした。
本番では実験の倍の量を使って染めます。

染める前はまるでそうめんの栞紐。
1時間ぐらい萩の葉をぐつぐつ煮ます。
理科の実験から、麺料理へ。
焙煎液につけた瞬間、「そうめん」から「蕎麦」へ。 
最後は真鶴の海水をつかって色止めしました。

レーヨンが元々持つ艶と相まって、とてもきれいなピンクグレーになりました。

この後、これを製本機に通すために、印刷の東湘印版さんで一つ一つ手で(!)カットされます。

もちろん、草木染めのため、長期間経つとどうなるかはわかりません。ただ、その色落ちも含めて楽しんでもらえたらと思います。

価格について

基本本をつくるときは、2,000円代で収まるように考えていました。
ただ、今回の『最小文化複合施設』は3,300円(税込)。

それは、これからの本の未来を考えるときに、これまでの本の価格帯では、出版社としても、書店としても、著者としても「安すぎる」と思うからです

ただでさえ「情報を届ける効率」観点からは分が悪い書籍は、価格を上げ、そしてその分モノとしての価値を高めていかないといけないと思っています。

今回紹介した、ネットでは読みきれないようなボリュームを出したり、スリーブケースをつけたり、自分でカッターで開ける「袋とじ」だったり、わざわざ草木染めした栞紐だったりは、これらはすべて「情報」以外の付加価値をつけるためです。

これから書籍が生き残っている意義があるとすれば、ただの紙の束ではなくて、例えば陶芸家やガラス作家の「作品」に近い、モノとしての価値があるものになっていくことが、一つの答えなんじゃないかと、今のところは考えています。

3,000円の本が売れるということは、当たり前ですが1500円の本の二冊分の利益が出るということ。

価格を上げ、その分価値もあげることが、本の未来につながっていくんじゃないかと考えています。

ご予約、お願いします。

さて、ここまで約7000字にわたって紹介してきた『最小文化複合施設』。その理由はもちろん、たくさんの人に読んでもらいたいからです(この長文を読んでくれる人がいるのか、いやいるはずだと信じたい……)。

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そして届いた後は、ぜひ感想をSNSでシェアしてください。濃い熱量をそのままに、次の人に届けていけたらうれしいです。

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