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痛み(Pain)とは①末梢受容器編:前編 #00096

 これまでに活動電位の発生メカニズムの分子レベル・細胞レベルでの話、神経回路、そして脳や心、意志とは何かというような話をしてきました。これらの知識をもとにして、私の研究の専門である「痛み(Pain)」についての解説に入っていきます。(小野堅太郎)

 痛みとは何なのか。痛みの定義は、国際疼痛学会によってなされています。2020年に最新版に改定されました。定義化は、そもそも言葉の意味は曖昧なため、議論する際に話が整理されなくなるためです。そのため科学では「定義」と「分類」が必須となってきます。

 痛み(Pain)は「実際の組織損傷もしくは組織損傷が起こりうる状態に付随する、あるいはそれに似た、感覚かつ情動の不快な体験」と定義されます。ケガ(組織損傷)により痛いとなるのは、皆さん、納得できるかと思います。

 「起こりうる状態に付随する、あるいはそれに似た」とは熱いものに手を触れて反射的に手を引っ込めたり、炎症の初期であったりするときは「実際にはケガをしていない」ので、この文言が付け加えられています。海外での学会参加の時に「ししとう」かと思って食べたらハバネロで、5分ほど口の中が火事のようになったことがあります。これもケガはないので「それに似た」に含まれる痛みです。

 痛みは感覚分類の一種ではありますが、触圧覚や温度感覚と比べて情動(喜怒哀楽)といった感情が一緒に起きてきます。そしてそれは、不快な感情です。最後に「体験」とあります。体験とは、個人に帰するものです。他者はその体験を想像することはできても体験することはできません。つまり、痛がってるから痛い、痛がってないから痛くはない、ということではないということです。

 動画中盤では、この最新版「痛みの定義」に新たに追加された「付記」を解説しています。定義の内容をより正確に伝えるために追加は不可欠であったと思います。痛みを研究する基礎・臨床研究者はしっかりと読み込む必要がります。

 今回の説明は「末梢受容の前編」ということで「侵害受容神経」について解説しています。「侵害」とは「組織損傷」のことで、組織損傷を引き起こすかもしれない刺激も含めて「侵害刺激」といい、その情報受容を「侵害受容」といいます。

 末梢神経で最も有名な分類がABC分類です。A線維は、α、β、γ、δの4つにさらに分類されます。この6種類分類の中で、痛覚を引き起こす侵害受容神経はAδ線維とC線維の2つです。A線維とB線維は有髄線維なので活動電位が跳ぶ「跳躍伝導」をします。つまり、Aδ線維はC線維より伝導速度が速く調整されています。熱い湯呑みを触ってしまうと「熱ぅ!」となりますが、その時、反射的に手を引きます(屈曲反射)。できるだけ迅速に湯呑みから手を離さないといけませんので、この反射にはAδ線維が関与します。一方、ケガした部位が長くジンジンする痛みはC線維が関与するとされています。

 一般的には、ケガをした際の急速な痛みを「鋭痛(1次痛)」といい、ケガした後に長く続く痛みを「鈍痛(2次痛)」といい、それぞれAδ線維とC線維が関与していると考えられています。伝導速度の違いについて、復習として再度説明をしています。

 次回は、侵害受容体の話です。侵害受容器は細胞や、細胞の一部を指しますが、「器」ではなく「受容体」の場合は分子を指します。ノーベル賞の対象となった分子が登場しますのでお楽しみに。

01:23 痛みの定義
04:10 付記の解説(痛みの定義)
10:27 侵害受容神経
13:39 伝導の仕組み(復習) 

補足・訂正

 次回の予告で、受容器電位と出てきます。編集の段階で気づいたのですが、正確には「起動電位」でした。再撮影するのは大変のでこのままで公開します。大きな間違いではないのですが、厳密な定義からは外れるので反省してます。

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