
室町・江戸時代の兼康系口中科医療:歯科医療の日本史⑥
丹波兼康を初代として室町・江戸時代に口中科家系が次々と生まれてきました。その家系に代々伝わる口中科専門書があります。「京都大学貴重資料デジタルアーカイブ」から閲覧してみましょう。(小野堅太郎)
「京都大学貴重資料デジタルアーカイブ」では口科鍼灸薬伝と数種の合本である「口科叢書」が公開されており、いずれも「二次利用自由」となっています。訳本がないようなので、小野の高校時代で終了した漢文力で類推していきますので、間違いがあるでしょうが、スミマセン。
本資料は、丹波兼康の南北朝時代から江戸時代に渡って幾度と写本され、その後の金元医学(金と元の医学)や明の医学が追加されていったものと思われます。それ以前は、兼康の十数代前の先祖である丹波康頼による唐医学をまとめた「医心方」が(朝廷では)ゴールドスタンダードでした。この歴代の中国を支配した国家に由来する医学の中でも「本草学」は江戸時代には「漢方薬」として発展します。
口科鍼灸薬伝
鍼灸については全く心得がないので、本記事ではあまり触れません。ただ、はじめの3ページに口腔内の「ツボ」が描かれていて面白かったです。右ページは口を開いたときの模式図で、昔はこんなところにも針をしていたようです。左は、鍼灸部位ですね。虫歯があると首や肩に「関連痛」が起きることがありますので、治療部位として挙げられているのは理解できます。
この図解以降から、唇之部(3ページ)、口病之部(6ページ)、牙歯之部(20ページ)、舌之部(16ページ)、咽頭之部(18ページ)、で構成されています。
下の見開きページは、牙歯之部(歯の病気)が始まったところです。説明書きは「医心方」を少し詳しくした感じです。牙歯の疾患として以下の15種が挙げられています。順に、遅歯、歯草、宣露、虫喰歯、打歯、抜歯、牙痛、風歯、歯痔、口熱歯、襲歯、歯失、歯疔、歯針、齗白胎です。
初めに「歯草」についてですが、歯草とは酷い虫歯に加えて酷い歯周病で口から腐敗臭が漂っている状態です。治療法がたくさん記されていますが、いずれも美味しそうなのばかりです。1つ目は「3年物のナスの漬物を味噌を洗わずに4つ切りにして、断面に粉を振って黒焼きにして甘草を少々入れて歯茎の病気に使うとよい」とあり、ちょっと涎が出てきます。2つ目は、「昆布、ネギ、白〇、甘草の細切り」です。料理レシピみたいです。意外に読めますので、興味がある方は楽しんでください。
他の疾患について「これ何のこと?」というのが目白押しですが、読んでみると「ほー」と納得できるので、読んでみてください。
口科叢書
兼安家秘伝法(17ページ)、典薬丹三位親康秘伝(28ページ)、口中秘伝之書(28ページ)、金安歯書(9ページ)、口中見様(19ページ)、口中一切ノ薬之事(10ページ)、あと諸々の合本(写本)です。内容からして、丹波兼康から5代目の親康から始まる親康氏に伝わるものかと思います(金保氏もありそうですが)。
本資料は、下に示すように枠線の入った紙に読み取れる感じで、返り点もうってありますので読めます!下の「序」は歯学部の学生さんたちに読んでもらいたい内容です。
内容はかなり詳細で、量も多いです。医心方から口科鍼灸薬伝ときて本書を読むと「相当な情報が追加されている」ことに口中医療の進化を感じます。ただ、現在の医療からすると、軟組織疾患に関しては外科的処置が不可欠なケースが多く(がんと思われるもの)、これらを漢方薬だけで治療しようというのは難しいです。
口中一切ノ薬之事の後にある「兼安より西島相伝」には下写真左ページのような絵があったりします。しかし、どんな器具なのかわかりませんでした。中央の抜歯鉗子のように見える器具は「ケヒキハサミ」とあります。その左にあるマッチ棒みたいのは、爪楊枝の先に次ページで紹介される「ハヌキ菜」を擦ったものを付けた状態を示しています。これを虫歯の歯の根っこあたりに塗り付けるようです(その後、抜歯?)。なんとなくですが、歯を抜くときの器具紹介であるように思いますが、私の読解力ではここまでです。
口中科と現代の口腔内科
こうしてみると、口中科医療は基本的に「投薬」(もしくは歯磨きによる予防処置)であり、内科的医療であったことがわかります。もちろん、おそらく「抜歯」という外科手術は行われていたようですが、口中医というよりは民間の「歯抜き師」が行っていたようです。というわけで、口中医とは「口腔内科」というべきもので、現在の外科治療的な歯科医療とは全く別物であることをわかっていただけるでしょうか。
「口腔内科」という言葉が出てきましたが、英語でいうと、Oral MedicineもしくはStomatologyという分野になってきます。海外では結構普通にある分野なのですが、日本ではあまり普及していません。しかし、我母校そして勤務先である九州歯科大学には10年ほど前に設置されました。現在、10校程度の歯学部にしか存在しないようです(歯学部は29あるので3分の1)。なぜこうなったのかは、またいずれ説明しましょう。
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