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授業範囲外の勉強、ってか学問って楽しいですよ


ここまでシリーズで「学校の勉強なんてつまらんわ。あんなん何が面白いん?」という方々に向けて「そしたら学校でやらない勉強やっちまえばいいじゃんか」という記事を書き連ねてきました。

「指導要領は逸脱していいよ」っていう話

「なんでわざわざ学校でやらない勉強をしようと思うの?」って話

「じゃあどんなこと勉強すればいいの?」って話

「どうやって勉強すればいいの?」って話

と続けてきました。

こうやって学校の授業でやらないような、下手すれば将来全く役に立たないような勉強をすることで、だんだんと感じてくるかもしれません。

「あれ、ひょっとして勉強するのって楽しいんじゃね?」

そうです。勉強、というか学問って案外、楽しいものですよ。そんな話を今回していこうと思います。間違っても「数学を好きになりなさい」みたいな強制的な話ではないですよ。「ウヘー、こいつガリ勉かよ」と思われるかもしれませんが、なぜ私がガリ勉っぽいライフスタイルを楽しめているのか、その一端が垣間見えるかもしれません。


自分本位に勉強できる


学校の勉強の何がダルいって、面白くもないことを強制的に受けさせられることですよね。もちろん教師が「最低限の教養が…」だの「辛いことを経験することで…」だの、いろんな理由をつけてでも授業受けて欲しいと思ってくるほど我々のことが大好きなのはわかるんですが、わざわざ勉強する動機ってそこじゃないんだよなぁ~と思ってしまう。

例えば高校の保健って、あんなん一般常識じゃないですか。世界一受けたい授業とか見れば全部出てきますよ。当たり前の話しか書いていない教科書を目で追うだけの50分は、それはそれは長い。教科担任がゴリゴリの体育教師だから寝るわけにも内職するわけにもいかない。医学とかやってくれたらちょっとは勉強する気になったかもしれないけど、結局のところ我々に教え込まれるのはありきたりすぎて飽和した話。まあ知り合いから聞いたんですが、医学部の授業は脳みそに直接消化器で知識詰め込まれてるようでしんどいって言ってたんで、ひょっとしたら医学に踏み込まなかったのは、それはそれで正解だったかもしれませんが。

でも自分で勉強するとなると、そんな我慢してつまらない勉強する必要なんかなくなって、自分が満足したらそこで勉強打ち切ってよくなるんです。「この本思ったよりおもんないな」って感じたら途中で投げ出すでしょ?テストがあるわけでもないんですし、テキトーでいいんですよテキトーで。


遊ぶように学べ、学ぶように遊べ


この言葉、例の高校のフランス語の先生が英語の授業中によく言っていた言葉です。当の先生は仏英ギリシャに加えて、羅独伊西露中さらにはチェコ語やアラビア語なんかも勉強なさっていて、よくこんな人間に巡り会えたものだと感激しました。まあ卒業直後に行った予備校でおんなじような人に会うこととは思いもしませんでしたけど。

多少の言語ができる分にはもちろん役に立つでしょうけれども、10を超える言語を学ぶとなると勉強しただけで使うところがないものが出てくる。それを分かった上で勉強するんですから、人によっては気狂いに見えることでしょう。でも勉強している当の本人からすれば、そんなもん遊んでいるのと変わらないようです。生徒よりも勉強してたのって、そのせいでしょうね。学ぶって楽しいんですよ。

私が大学に入ってもなお、側から見れば「受験生0学期」みたいな生活スタイルを未だに続けてるのって、もちろん一つにはコロナのせいで全くサークルが動かず、勉強以外にすることがないっていう側面もあるんでしょうけれども、おそらくはご紹介してきた学問をこよなく愛する人たちに惹かれているからだと思うんですよね。

決して役に立つ訳ではないけれども、自分の教養に利するのは微々たるものだけれども、誰のためにもならないけれども、それでも勉強する。知識を詰め込むのではなく味わうようにして学ぶ。そんな人って、文化的に豊かな人だなぁという印象を受けてしまう。ここまでくると、もうガリ勉通り越してお洒落だな。


そんなわけで私、豊かな生活、はじめました。


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