The Beatlesの海賊盤『Back in 1964 at the Hollywood Bowl』（BERKELEY RECORDS）
ビートルズの1964年8月の全米ツアーから、ロサンゼルスの野外音楽堂ハリウッド・ボウルでのコンサートを収めた海賊盤レコード『Back in 1964 at the Hollywood Bowl』です。ご存じのようにキャピトル・レコードによって正式にレコーディングされたビートルズの数少ないライヴ音源で、1977年に一部が公式ライヴ・アルバム『Live at the Hollywood Bowl』に収録されました。「一部が」というのは、翌1965年8月に同じ場所で録音されたコンサートの音源とミックスされる形でリリースされたためで、このレコードでは1964年に収録された分をそのまま頭から終わりまで聴くことができます。
2年越しに録音された音源は録音状態が悪いと判断されて（観客の歓声が大きすぎる、演奏に不備がある、など）ビートルズの活動中は結局リリースできないまま、ここで紹介しているように音源が海賊盤として出回り始めてしまい、その対策もあって1977年になってようやく公式にリリースされたのが『Live at the Hollywood Bowl』。1964年と1965年の音源から良い部分だけをつなぎ合わせて１つのコンサートに編集し直したのです。ちなみに、1964年11月にキャピトルがリリースした『ビートルズ物語』という２枚組のドキュメンタリー・レコードには、ボツになった1964年の音源から「Twist and Shout」の断片が48秒だけ入っています（『THE U.S. BOX』で初めてCD化されました）。
キャピトル的にはビートルズの人気があるうちに出してしまいたかったことでしょう。1964年の音源はすぐにミックスされ、全11曲で一旦完パケしたようです。その時に試聴盤として作られたアセテート製のレコードが外部に流出し、1970年ごろから海賊盤として出回るようになりました。流出の過程で音質が劣化していたとはいえ、レコード会社が録音してミックスした音源ですから、当時出回っていたビートルズのライヴ音源のなかではダントツのクオリティでした。3トラック録音で『ビートルズ物語』で聴ける断片はステレオ。海賊盤レコードの音源はモノラルで、ステレオでミックスされたものがモノラルに落とされたものなのか、それとも純粋にモノラルミックスとして作られたものなのか、そこはよくわかりません。ただ、キャピトルがモノラルミックスをあまり重視しておらず、ステレオミックスをモノラルに落として済ませることが多かったので、このアセテートソースの音源もおそらく元はステレオなのだろうと思います。のちにCDの時代になってから、1964年の音源と1965年の音源（２公演分）がすべてステレオで流出しました。
よってその時点でこの海賊盤レコードは音源的にほとんど無価値になったようなものなのですが、これはこれで味わい深いというか、正規盤が出るまではマニアはこれで我慢していたのだろうな、という気分が味わえます。それから、のちに流出したステレオ音源を聴いてみると、商品化できなかったのも仕方がないというか、音のクリアさや分離が良すぎてちょっとサウンドが軽い印象があったので、バンドらしいガツンとイキの良い演奏が楽しめるのはモノラルで聴けるこちらのほうかもしれません。特に、初の全米ナンバーワンヒットである「I Want to Hold Your Hand」は心なしか気合の入り方が違って聴こえます。
ちなみにプロデューサーとして書かれているマイケル・マンチェスターなる人物はもちろん存在しない。
前置きが長くなりましたが、今回ご紹介するのはBERKELEY RECORDSというレーベルが1975年ごろにリリースしたもので、ハリウッド・ボウル公演を収録した海賊盤レコードとしては割と後発に当たります。普通、海賊盤レコードは盤から盤へとコピーを重ねるために、後になればなるほど音が悪くなってしまうことが多いのですが、このタイトルはジャケットのデザインと仕様、音質の安定感、盤質の良さなど、割と評価が高いようです。初期の海賊盤レコードは、真っ白なレコードにバーン！とタイトルが彫られたスタンプを押しただけとか、手書きで書かれた曲目や、ひどい印刷の写真やイラストがコラージュされたオレンジやらグリーンやらブルーやら、色のついた紙がべトーっと糊付けされているとか、そんな粗末なものばかりでした。それに比べるとこの盤はきちんとしたジャケットで、かなりまともにデザインされています。もっとも表ジャケットの写真は1963年のロンドン・パラディアムでの写真、裏ジャケットのソロカットに至ってはジョン（65年のパリ公演？）、ポール（映画『ヘルプ！』の演奏場面）、ジョージ（映画『ヘルプ！』の演奏場面？）、リンゴ（いつの証明写真？）とバラバラ（全部『ヘルプ！』からの写真でよかったろうに）。それでも当時の海賊盤業界的には画期的なことだったようです。そもそも裏ジャケットを作るという概念もなかったわけですからね。ちなみに「If I Fell」は「FALLING IN LOVE」というよくわからないタイトルで表記されています。
曲目のクレジットがなくたってちゃんとしてそうに見える。
やっぱり海賊盤レコードの場合はよくわからないプレス業者が適当な仕事をしている場合もどうしても多く（悪いレコードプレス工場が、勝手に海賊盤業者からお金を受け取ってこっそり非正規の仕事を請け負っていたとかいう話も……）、盤面が凸凹していて雑音が出るなど、レコードをプレスする段階で生じる問題が避けて通れなかったりするのですが、確かにこの盤はそういうストレスがありませんでした。音質は正規盤と比べられるレベルのものではありませんが、とても安定していて聴きやすいです。
唯一とても残念なのは、「Twist and Shout」と「If I Fell」で音飛びがあることです。しかしそれは今回の業者のせいではありません。アナログ時代に出回っていたハリウッド・ボウルの音源はほとんどそうみたいなのです。タイトルによっては「Can’t Buy Me Love」で音飛びがあるものや、全体的に音揺れがひどいタイトルもあるそうです。『ビートルズ海賊盤事典』によると、音飛びが一切ないタイトルもあるらしく、いつかめぐり会ってみたいものだと思います。
公式盤『Live at the Hollywood Bowl』では、1964年の音源から「Things We Said Today」「Roll Over Beethoven」「Boys」「All My Loving」「She Loves You」「Long Tall Sally」の６曲が採用されました。さらに2016年には、ジャイルズ・マーティンのリミックスによってようやくCD化された新装版の『Live at the Hollywood Bowl』にボーナストラックとして「You Can’t Do That」と「I Want to Hold Your Hand」も日の目を見ました。公式盤を聴き込んでいる人は、途中で急に聴き慣れた演奏やMCが出てくるので、「あぁ、ここが使われたのか」とすぐにわかるはずです。公式盤はセットリストの違う３公演をミックスしているのでステージの流れに若干違和感があり（「All My Loving」や「She Loves You」を終盤にやるのはちょっと…）、そういう意味でも通しで聴けるライヴ音源としてかなり楽しめるレコードです。