『ORBIT Ⅲ』Produced by Jerry Styner and Larry Brown(beverly hills BHS-38)
アーティスト名なし。『ORBIT Ⅲ』というタイトルと、オルガンを弾く人の写真だけがある簡素なジャケット。いろいろと謎が多すぎますね。結論から言うと、初期のシンセサイザーを駆使したインストアルバムです。
なにも情報がないのでとりあえずレーベル面をアップして曲目をご覧いただきますと、ビートルズの『ホワイト・アルバム』からのカヴァーが3曲も入ってますね。いや、4曲。「Ob-La-Di, Ob-La-Da」が「OO BLA DEE」という謎のタイトルで収録されています。あとはニルソンの「I Guess the Lord Must be in N.Y.C.(孤独のニューヨーク)」や、オーティス・レディングの「The Dock of the Bay」など。その選曲だけで「あぁ、だいたい1969年から1970年くらいの感じなんだろうな」ということがわかります。実際はもう少し後の1971年のリリースだそうです。
とにかく最初の「Back in the U.S.S.R.」からすごい。ちゃんと飛行機の音から始まって、原曲と同じくご機嫌な演奏が繰り広げられます。普通にカッコいいです。シンセサイザーの音色のバリエーションが多いんだか少ないんだかわかりませんが、まぁにぎやかです。
ピコピコ〜とか、
ミヨミヨ〜とか、
ピロピロ〜とか、
フヨフヨ〜とか、
コロコロ〜とか、
グニョグニョ〜とか、
ポワポワ〜とか、
ポロポロ〜とか、
ツンツン〜とか、
ビヨビヨ〜とか、
ポヨ〜ンとか、
シンセサイザーってこんなにたくさん音が出せるのか〜っていう。いまの感覚だと安っぽい電子音に聴こえるのかもしれませんけど、これが逆に味わい深いんですね。この分野にハマってしまう人の気持ちがなんとなくわかるような気がしました。日本で初期のエレクトーンのレコードがたくさん出ていたように、楽器のデモンストレーション的な意味合いもあったのだろうと思います。しかもこのアルバムの場合、シンセ以外にもギターとベースとドラムが生で入っているので、冷たい電子音楽でありながら、すごくホットなサウンドになっているんですよね。
このアルバムに関するすべての情報、といってもいいだけの内容がここに集約されています。貴重だと思うので訳してみました。
なるほど(全然わかっていない)。よくわからんのですが、どうやらエレクトリック・ピアノの名機、ウーリッツァーの機種のひとつをOrbit Ⅲと呼ぶようですね。調べたら"Orbit Ⅱ"というのもあったので、これはその改良版ということなのでしょう。
勿体ぶっても仕方ないので載せますが、実はこれ、サブスクですぐ聴けます。アーティスト名はないので、名目上はプロデューサーのジェリー・スタイナーとラリー・ブラウンの連名名義になっています。
すごいでしょう? 特にラストの「Glass Onion」が最高です。どうしてこのレコードの存在を知ったのかというと、ビートルズの海賊盤CDのせいでした。そこには"「Glass Onion」のロング・バージョン"なる音源が収録されていて、それはイントロとエンディング、そして原曲には存在しない間奏部分にこの『Orbit Ⅲ』の演奏をつないだフェイク音源でした。編集が非常に巧妙で、『アンソロジー2』に収録されたエンディングの編集が違う別ミックスや、未発表の『ピーター・セラーズ・テープ』で聴ける後奏が長いバージョンの「Sexy Sadie」とか、そういう音源は存在するので、ひょっとしたらこれも……といまだに信じてしまっている人もいるかもしれません。私を含む一部のファンの間ではフェイクであることを承知のうえで、「原曲よりカッコいいじゃん」と評判です。
で、ずっと気になっていたわけです。カッコいいイントロとエンディング、そして間奏は誰が演奏したものなのか。ある時、マニアが集まる海外の掲示板で答えを書いてくれている人がいました。「この演奏は『Orbit Ⅲ』というシンセサイザーのインストアルバムから引っ張ってきたものです」と。運よく調べたらサブスクにありました。良い時代です。でもやっぱりできればレコードでも欲しい……でも、こんなマイナーな、「beverly hills」とかいうほとんどインディーズに近いレーベルのレコードなんて簡単にみつからないだろうし、仕方がないから高い送料を払ってDiscogsで買うしかないか……などと思っていたら、新宿HMVのロック新入荷コーナーであっさり数百円で発見しました。それがこれです。
プロデューサーのふたり、ジェリー・スタイナーとラリー・ブラウンについても簡単に調べたことを書いておきますが、2人とも60年代の半ばからいわゆるB級映画のサウンドトラックに携わっていて、特にジェリーのほうはいわゆる「Beach Party films」と呼ばれる、若いミュージシャンやアイドル・シンガーが出演するティーン向けの青春映画の音楽をたくさん手掛けていたようです。それこそフランキー・アヴァロンやアネットが出ていた『やめないで、もっと!』(原題:Beach Party/1963)とか、かなり場違いな感じでジェームズ・ブラウンが出てきて歌う『スキー・パーティ』(1965)とか。ラリーのほうはThe Moonという検索に困るネーミングのバンドのメンバー兼プロデューサー兼エンジニアになって、サイケデリックなジャケットのカッコいいアルバムを作っていました。2人とも、70年代前半のMGMレコードで活躍した若社長のマイク・カーブとその右腕のマイケル・ロイド(のちに米国進出したピンク・レディーに手を貸すことになる2人)とつながりができたらしく、そのあたりも関係があるのか2人で組んでいくつか仕事をしたうちのひとつがこの『Orbit Ⅲ』というわけです。
さらにこの2人、『突破口!』(1973)など、70年代の暴力系アクション俳優ジョー・ドン・ベイカー主演の映画『ヘロイン大追跡』(原題:MITCHELL/監督:アンドリュー・V・マクラグレン/1975)の音楽をやっていました。たまたま観ていて、けっこう面白かったのでレビューへのリンクを貼っておきます。
という感じでもはやだいぶアルバムの解説からだいぶ離れてしまいましたが、せっかくいろいろ調べてわかったので全部載せちゃいました。またきっとこれがまた別のところとつながっているのがあとになってわかったりするのでしょう。
追記:
調べている最中に判明しましたが、ジェリー・スタイナーが2024年3月9日、87歳で亡くなったそうです。晩年は娘さんとグアテマラで暮らしていたそうです。この記事を書き始めた時点でまだ4日しか経ってません。うーん、完全に"呼ばれて"しまったようですね……合掌。