トゥデイズ・ピープル『コーラル・ロックの世界』(FONTANA FOX-7011)
トゥデイズ・ピープルなる謎のグループによるアルバム『コーラル・ロックの世界』です。原題は『Hello World…Meet Today's People』。帯のコピーによると「ヤング・ジェネレーションにジャスト・ミートするもっとも現代的なコーラル・サウンドがこれだ!!」ということらしいですがまったく意味がわかりません。
https://www.discogs.com/ja/release/12138901-Todays-People-Hello-World-Meet-Todays-People
そもそもこの、たくさんの人が寄り集まって歌っているジャケットのイラストを見るに、おそらくは合唱系のアルバムなのではないかと、こう思ったわけです。例えばアニタ・カー・シンガーズとか、レイ・コニフ・シンガーズとか、マイク・カーブ・コングリゲーションとか、そういう人たちですね。当時のヒット曲を合唱スタイルでとにかくカヴァーしてしまおうという。1960年代末のピースフルな時代の雰囲気にもマッチしていて、イージーリスニングに近い需要で聴かれていたようです。調べてもまったくこの作品に関する情報がなく、あったと思ったら「Album of the Year」というレビューサイトで自分が書いた短評しかありませんでした(このサービスもいまいち使い勝手が良くなかった)。
曲目は間違いない!ってくらい良いですね。完全に1960年代後半のおいしい曲が集まっていて、誰が歌っても悪くなりようがないです。ビートルズの「The Fool on the Hill」、ゾンビーズの「Time of the Season」、ラヴィン・スプーンフルの「Summer in the City」、ラスカルズの「Groovin'」、オーティス・レディングの「(Sitting' on) The Dock of the Bay」、ママス&パパスの「California Dreamin'」、このあたりはド定番ですね。冒頭の「You've Made Me So Very Happy」はブレンダ・ハロウェイの、というよりブラッド・スウェット&ティアーズのほうが有名でしょうか。とにかくこの時期にやたらといろんな人にカヴァーされています(日本では赤い鳥もやっている)。「Goodbye, Columbus」はアソシエイションの曲で、映画『さようならコロンバス』の主題歌。「What The World Needs Now is Love」はバート・バカラックの作曲で、とにかくいろんな人が歌いまくっているのですが、ジャッキー・デシャノンが最初。最後の「Lovin' Things」だけ馴染みがなかったので調べてみました。これはマーマレードの曲だそうです。グラス・ルーツも歌っています。どうりでと思ったのですが、「Lovin' Things」はこのアルバムで指揮とアレンジを担当したアーティ・シュレックの作品だったのです。なるほど。
そんなわけで、思った通りの大合唱アルバムでした。ソフトロック的に楽しむには十分すぎる出来。ご存じの名曲が大合唱なっています。特に「Time of the Season」「Summer in the City」あたり、なんでもかんでも合唱にしなくてもいいじゃん……という理不尽な楽しさが満点です。
歌も演奏もほぼ匿名。唯一実務担当者として名前を出しているアーティ・シュレックのプロジェクトと考えたほうがよさそうです。彼の仕事のうちでもっとも有名なものはフランキー・ヴァリの代表曲「Can't Take My Eyes Off You(君の瞳に恋してる)」のアレンジをボブ・ゴーディオと共同で担当していること。他にはカウシルズの「We Can Fly」や、フォー・シーズンズがカヴァーした「I've Got You Under My Skin」など。奥さんのリンダ・ノーベンバーという歌手と一緒にステージに立ち、2011年までラスベガスで活動を続けていたのだとか。奥様も名前はあまり知られていませんが、日本の言うところの「CMソングの女王」的な存在で、アメリカに住んでいる人でこの人の歌声を聴いたこのことのない人はいないとか。
そしてなんの参考にもなりませんでしたが、アメリカ盤の裏ジャケットにアーティ・シュレックによる解説文を訳しました。せっかくなので載せます。
なんだかわかったようなわからないような話です。文中にでてくる「ボビー」とは、プロデューサーのボビー・バーン(Bobby Byrne)のことでしょう。この方は戦前から活躍していたトロンボーン奏者で、この60年代はABCレコード傘下のコマンド・レーベル、そしてステレオ・ディメンションと、このアルバムが出たサブ・レーベルのエヴォリューションというレーベルでアーティスト兼A&Rをやっていたみたいです。このレーベルではライトハウスという大所帯バンドが一番有名かと思います。
結局「コーラル・ロック」なるものは、この文章を読んでも、レコードを聴いてもよくわかりませんでしたが、合唱系のポピュラーアルバムとしてはかなり出来がいいです。まったく無名のアーティストのレコードをいきなり買ってこの内容だったので、個人的には大当たりでした。Discogsの記録を見るに、アメリカと日本とオランダでしか発売がされていなかったらしく、完全に埋もれてしまっているみたいです。自分が何気なく見つけたくらいなので、日本ではたまーに見かける機会はあると思います。サブスクになく、YouTubeにも2曲ほどしたあがっていないので、見つけたときは確保しておいて損はないでしょう。
参考:https://www.circustown.net/new/book/20160523artie/