小坂明子『あなた 小坂明子の世界』
1973年の年末(12/21)にシングル「あなた/青春の愛」がリリースされて、年が明けてすぐの2月末(2/25)にはもうこのファースト・アルバムがリリースされている。このスピード感がすごい。そして彼女はまだ17歳。後年のベストアルバムに寄せた本人の文章によると、もともと「あなた」はヤマハリゾート合歓の郷に来る新婚カップルに配るソノシートのために録音したものだとか。でもこの曲って結局「すべては夢だったのよ(つまりまだ叶っていない)」という曲だから、結婚式とかでは歌っちゃいけない類の曲ではないかと思うけど、全体の雰囲気だけでふわっと許容されてしまったのはその圧倒的な名曲オーラのおかげだろうか。
おそらく突貫もいいところのこのアルバムは、天才女性シンガーソングライターのファースト・アルバムなのに半分の楽曲が他の人の作品。ヤマハのポプコン(ヤマハポピュラーソングコンテスト)で入賞した作品を彼女にカヴァーさせている。こういうアルバムの作り方はアーティスト的には絶対抵抗があったろうと思われるが、リリースのスケジュールから考えて、どう見ても制作には1ヶ月くらいしか確保されておらず、したがってアーティストの売り出し方をああだこうだと議論している余裕もない。結果として小坂の作品の合間にその他の作曲家の作品が挟まる、「あなた」の小坂明子&他のヤマハの優秀な若手作曲家の作品集という見本市らしい内容になっている。
最後に収録された「あなた」はアレンジ違いのアルバム・バージョン。豪勢なオーケストラをバックにしたシングル・バージョンを本人は気に入っていなかったらしく、シンプルな編成のアルバム・バージョンで幕を閉じる。先行シングル2曲を除けば彼女の純粋な新曲は「二人でいれば」「虹は」「思い出の海」の3曲のみ。「あなた」のシングル・バージョンは歌謡界の名匠・宮川泰が、「あなた」のアルバム・バージョンと「青春の愛」「思い出の海」の3曲を父である小坂務が、そして残りの8曲すべてを当時新進アレンジャーだった萩田光雄が務めている。ヤマハのポプコン応募作品のアレンジするところからそのキャリアをはじめた萩田にとって、本作は高木麻早のファースト・アルバム(1973年10月リリース)に続いてその仕事が大きく注目されるきっかけになったと思われる。
その他のヤマハ関連楽曲では、「六月の子守歌」はウィッシュのバージョン(編曲:野村理)がシングルになり、よく知られている。そのシングルのB面は「そんなあなたが」(編曲:林哲司)。こちらは作者である中沢京子自身のセルフ・カヴァー音源も存在し、驚くなかれ、バックのカラオケが小坂明子バージョンの使い回しである(どちらが先に制作されたのかは不明だが、レコードのリリースとしてはセルフ・カヴァーが後になる)。「夏の光の中で」はもともと作者の木村恭子を中心とした風コーラス団のレパートリーで、彼ら自身のバージョンはアルバム『愛色の季節』(1975年7月リリース、アレンジャーは全曲、細野晴臣と萩田光雄の連名)に収録されている。
と、いろいろ予備知識をダラダラと書き連ねてしまったが、自分の曲だろうと他人の曲だろうと関係なく、自分のものとして歌いきっている小坂明子の声が本当にすばらしい。泣ける。
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