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《暑中、寒.》
認知症(にんちしょう)の生み出す「やっかい」。
そのもっとも大きなものの一つに「暑さ寒さがわからない」ことがあります。皆さまの中にも、猛暑の街中でセーターやカーディガンを着込んでいるお年寄りを見かけたことのある方、いらっしゃるのではないでしょうか。そうしたお年を召した方々も、認知症の可能性が高いのではと、長年これを患う祖母を近くでみてきた中で感じています。
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さて、その問題の真夏がやってきました。この「やっかい」に追い討ちをかけるのが、お年寄りにとって「熱中症」が大敵ということ。ところが、祖母はベッドに入るなり「ふとんちょうだい!」「冷房止めて!」「風邪ひくよ!」と叫び始めるのです。ちなみに、外は30℃の熱帯夜、室温28℃に設定した中でのことです。
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春夏秋冬、祖母は眠りにつく時、わたしを隣に呼びます。介護ベッドにつねに枕がふたつ並んでいるのはそのため。よってそこへ寝そべる夏は、寒くて仕方ない彼女をなだめることが、わたしの役割となります。
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ささやかな経験から、認知症によって感じる世界というのは、けっして否定してはいけないと思っています。たとえば、「夏だから。」と一蹴することは簡単ですが、信頼関係にヒビが入るように感じるのです。「寒い。」と本当に思い込んでいるのですから、なんで信じてもらえないのだろうと悲しくなったり、怒りが込み上げてくることは当然でしょう。
そのため「おふとん探してくるね。」と言ってベットから抜け出してみたり、肩にはタオルケットとうすい布団を二枚かけて足元をはがしてみたり、隣で寝たふりをしたりと、ほのかな工夫を続けることが常となっています。
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そんなある夜。祖母が「これだけであったかいね。」とタオルケット一枚で満足した日がありました。
いつも通り、お風呂上がりに彼女の横に潜り込み、昔話に相槌を打ち、横でついているテレビを消し、祖母にぴたりと体を寄せると、「あったかいね。」の言葉がふいにわたしの口からこぼれたのです。
すると、返ってきたのが思いがけない先ほどのセリフ。続いて、10秒もたたないうちに、「くー、ぐー、くー。」と寝息が聴こえてきました。
認知症を患うようになってから漠然とした不安を抱えているようにみえていた祖母。その中で「あたたかいこと」が想像をはるかに超えて「安心」につながっていたことにはっとさせられました。
この彼女にとって大切なことを、愛おしい寝息に横顔に思わされた暑中の夜。祖母の体温がいやに甘く心地よく感じられたのです。
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