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《春、雷.》

 この国は、季節の豊かさが美しいなと思うのです。そこに細やかに付けられた「名」を味わいながら暮らすこともまた愉しくて。

 たとえば、「雷乃発声(かみなりすなわちこえをはっす)」。現在迎えている七十二候です。一年を72に分けた季節で、5日ごとにその名前がついています。約2週間にわたる「春分」の締めくくりでもあって。

 ちなみに、「春分」の期間にある七十二候は、

雀が巣をつくり始める時
「雀始巣(すずめはじめてすくう)」
3月21日~3月25日頃

桜の開花する時
「桜始開(さくらはじめてひらく)」
3月26日~3月30日頃

冬にはその声をおさめる「雷」の鳴り始める時
「雷乃発声(かみなりすなわちこえをはっす)」
3月31日~4月4日頃

の三つです。




 さて、昨日はほんとうに雷が鳴りました。桜は「桜始開(さくらはじめてひらく)」を待たずして咲いてしまいましたし、雀の巣はなかなか見かけることがありません。

 でも、雷はちょうど「雷乃発声(かみなりすなわちこえをはっす)」の間にその声を轟かせたのです。祖母の布団に一緒にもぐり込んでいる時のことでした。大きく窓の外に響く「ゴロゴロー!」の音。「こわい、こわい。」とおびえながら、祖母にすり寄るわたしです。

 すると「なぁに言ってるの、雷くらいで。」と懐かしい声がしました。



 95歳の祖母は、認知症がすすみ普段はとっても甘えん坊。朝目覚めてから夜眠るまで、子どもがお母さんを呼ぶかのように「まな〜、まな〜!」とわたしの名前を繰り返します。

 それでもあの雷が鳴った時には、わたしがうんと小さい頃「おばあちゃんと一緒だったら何があっても大丈夫。」と信じてやまなかった時のように、朗らかに頼もしくわたしに寄り添ってくれたのです。

 これがたまらなくて、もう一度ピカッと光った時には、彼女の肩に顔を埋めてしまいました。クスクスと笑いながら、おばあちゃんの目でわたしを見てくれる祖母。



 稲妻のようなほんのわずかな時間。それは、わたしの心をぷるんとみずみずしくしてくれたひと時でした。

 春雷。またその声を聴かせてくれるのは、いつになるのでしょうか。




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