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note三年目改めて【マナヒロ】自己紹介&サイトマップ

今日は、私という人間の自己紹介&サイトマップを二つのキーワードを使い書いて行きたいと思います。


よろしければお読みいただけますと嬉しいです😊



私という人間を象徴するキーワードは、

①恋愛
②脳科学・メンタルヘルス

です!





私という人間のキーワード①【恋愛】


過去の私はメンタルよわよわ恋愛体質でした。



けれどそんな私は、とある一人の衝撃的な存在の男性と出逢いその人に恋をして変わったのです。

(過去に私が書いてきた数え切れないほどの記事にその人物は登場しています。私が恋愛について書いてきた内容はすべてノンフィクションです。)


その人は、自分が見初めた女性を育てることが好きな体育会系のライフコーチ気質なモテ男でした。



私はその人物から言葉で、それはまるで「恋愛という名を借りた長期的なコーチング」を受けたかのように、人としての礼儀やマナーそしてスーパーポジティブマインド→

『人にどう思われるかは気にしない』
(言い換えると「嫌われる勇気」を持つ)

『自分の本心や「本当にそうしたいと思っていること」から目を背けない、そして逃げない』

『自分の自信は自分で決める』
(辛いときでもどんなときでも自分自身と徹底的に向き合い、その辛さや自分の弱さから逃げない。
そしてその辛さや自分の弱さから逃げない経験をコツコツと積み上げて行けば自ずと自信はついて行き、ちょっとやそっとのことじゃブレなくなる)

『自分という人間の特性をよ〜く見つめ続けて自分を知る、そして自分(の魅力・特性)を最大限に活かして生ききる』

などなどのイズムを学びました。


そしてメンタルよわよわで自分に自信が持てずにいた私は、もともと持っていた本能・女としての特性→

「この人こそは!と心から惚れた男性のことをとにかく信じ抜く、というエネルギー」

をこれでもか!!といった具合にその男性に対して発揮しそしてその人の言葉を信じそしてその人から学び、指摘された自分のダメポイントを改善・修正し続ける生活を送りました。


そして最終的に私は、その男性と巡り合う以前の私とは別人になったかのように自分に自信が持てるようになったのです。

そして今の私がいます。


ですが結果的にその男性とはさよならをすることに。

お互いがお互いの本質に近付き過ぎてしまい(それぞれの良いところも悪いところも知り過ぎてしまった)、そしてお互いがお互いの存在に疲れてしまったようになり離れる決断をしたのです。



ですが「パワーや目には見えないエネルギーが漲るタイプの男性が自分の人生の中心となってしまいがちな恋愛体質の女」だった私は、その男性とのさよなら、、、、


からの人生の底つき体験(悲しすぎて悲しすぎて心身共に衰弱、、、、、からの自力でどうにかこうにか復活)をきっかけとし、


『こうしてせっかく人生の底を見るような経験をしたんだ。だから私は本当の意味で精神的に自立した、どんなことがあっても自分で自分を奮い立たせることができる女になろう!あ、いや、もうそうなれたさ!きっと。』

みたいなことになったのです。



あのさよならの経験は、もう二度と繰り返したくないほど辛い経験となりました。

それを言葉にして表現するとしたら、、、

「自分の心身が真っ二つになりその半分がどこか遠くに行ってしまった、、かのような喪失感」でした。
自分の胴体に穴が空いちゃったかしら!?みたいな感覚。何度も自分で自分の体二度見しちゃった。笑


あ、そうだな。

お産をして子供を産んだ直後って、急にお腹がすっからかんになりそして急に軽くなって、「今わたしのお腹、穴空いちゃってまっか?」みたいな感覚になるんですが、あのさよならをした時の体感的なものは、そういったお産の直後の感覚にも近いものがあったかもしれませんね。

信じられないくらい苦しい日々が続きました。


そして現在の私はというと、その私の人生トップ3に入るほどの珍事件から時を経て、いち家庭人・二児の母として家庭を守る生活を送っています。


(ちなみに私が現在婚姻生活を送っている夫は、控えめでそっと穏やかに私を支えてくれるような人であり、『ライフコーチ気質タイプ』とはちょっと違う感じの人で、

「夫婦それぞれの意思や“あるがまま”を尊重し合い、精神的に依存し合わないような関係性」

を保てているな〜と私としては感じているので、結果的に今は夫の隣りがとても居心地が良いです)


そんなこんなで。

私は過去の一風変わった恋愛経験からの学びなどを文章として書き発信しています。




私という人間のキーワード②【脳科学・メンタルヘルス】〜高次脳機能障害を抱える父と精神の病の持病がある母のフォロー・間接的な介護を10年間やってきた〜


こちらはこのままのことなのですが。


私の父は今から10年ちょっと前に生きるか死ぬかの瀬戸際を彷徨うほどの脳梗塞を起こし、現在は失語症→

(こちらの言うことは聴いて理解ができても、自分の考えや思いを言葉にして話すことができない。字もほとんど書けない)

と右半身麻痺を抱えながら、それでも自分のことはほぼ自分でやりながら暮らしています。


そして一方の私の母には精神の病の持病(そして依存気質)があり、母の方は過去に三度の精神科への入退院を繰り返しています。

そして私はその彼らの一人娘。


私は父が病に倒れてからの約十年間、彼らの生活や病院の対応、親族間の人間関係などの諸々の調整、、などなど。

両親が自分たちでは出来ないことを一人で引き受けてきました。実家からは片道二時間ほど離れた場所にある自宅から定期的に彼らのもとへと通いながら。

(もちろん私の夫や私の子供たちや介護職、そして医療関係者の方々など、、、たくさんの方々に支えられてもきました。ありがとうございます😢✨)


そして現在の私は、そのように病を抱えながら暮らす両親や親族間のフォロー・サポートをし続けてきた今までの経験にも自信と誇りを持ちながら生きています。


両親の間接的な介護の面でも、私は本物の本気の人生経験をしてきた、と自分ではそう考えているのです。時には涙を流しながら。


その経験も相まって私は独学で脳科学やメンタルヘルス、そして体の健康などの分野についての勉強もしてきました。

それら両親の介護に関する経験を魂込めて書いた記事がこちらです↓


そんな感じでしょうか私という人間の説明をさら〜っといたしますと、、、、、、、

改めてどうぞよろしくお願いいたします☺️


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記事を読んでいただきありがとうございます☺️これからも真摯に文章を書くことを追求して行きます。よろしくお願いいたします!