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火星人より愛を込めて

「とってもマイペースな子なので困ってます」

ピカピカの小学1年生になった娘の
最初の懇談会。
若くて可愛い担任の先生は
開口一番
下がり眉をさらに下がり眉にしてそう言った。

私はハテ、と首をひねった。

マイペースというのは
本来そんなに悪い意味ではないだろう。
ポジティブな言葉に対して
「困ってます」
というネガティブな言葉がくっついている。

こう言った場合おそらく
ポジティブな言葉そのもの
今回だと「マイペース」という単語自体が
何かネガティブな言葉を揶揄していたりとか
言いにくいことをオブラートに包んでいたりするため
会話の相手に聞こえが悪くないよう
ポジティブな言葉に変換している可能性が高い。

つまり「マイペースで困ってます」という先生の言葉は
「動作が遅いので困ってます」
と言うようなネガティブな意味合いに意訳せねばならない。

そこで私は

「うちの子、結構ゆっくりさんですもんね」

と、言葉を選んで伝えてみた。

そうなんです!!
と先生は勢い込んで

「学校の生活に支障が出ているので困ってます」

とまた下がり眉になった。

私はハア、とため息をついた。

ニンゲンの言葉、ムズカシイ。

40歳、人妻、二児の母、パートと育児に勤しむワーママ。
いろんな肩書を持ってはいるが
実は私は

火星人だ。


これは
おそらく大昔にやむなく地球に不時着して
そのまま故郷に帰れなくなった火星人の私が
何度も輪廻転生を繰り返すうちに徐々に地球に馴染んできて
今や普通に結婚して二児の母なんてやっちゃっていますが
そもそも火星人なのでどうしたって宇宙に帰りたいし
一億年くらい経っても地球には全然馴染んでませんという
まあ要するに生まれながらに社会不適応な母が育児に奮闘するエッセイです。
たぶん。(笑)


私にはいろいろと病名が付いている。

解離性健忘
PTSD
統合失調感情障害
自閉症スペクトラム

でもそのどれもがざっくりぜんぶ

「地球で生きることに向いてない」

ってことなので

私は自分が火星人だと言うことで
おおよそ納得している。

そもそも中学の時のあだ名が火星人だった。

早い段階で目をつけられていじめられた私は

クラスの全員から無視されたり
机をひっくり返されたり
カバンを泥だらけにされたり
教科書に何だかわからないベトベトの液体(たぶんボンドかニス)を塗られたりしたが

学校で誰かと喋りたいとも思わなかったので無視されても平気だし
机はちゃんと元通りにして座ったし
カバンは泥をはらって綺麗に拭いたし
何だかわからない液体でベトベトの教科書は、何だかわからないベトベトのところだけ破ってずっと使っていた。

つまり気にしていなかった。

いじめっ子にも興味なかったが
いじめられっ子で集う輪にも興味がなく

つまりクラスのどこにも属することなく
スクールカーストにすら入れない
マジで浮いてる変な奴だった。

そのうちに
クレイジーとか
サイコパスとか
そんな風に呼ばれるようになり
気がついたらみんな私のことを
「火星人」
と呼んでいた。

というか直接話しかけて来る人も居なかったので
陰で「火星人」と呼ばれていた、と言った方が良いかもしれない。

大人になっていくらかマシにはなったものの
根本的に「火星人」の私はいつまで経っても「火星人」のままで
つまりなんというか、やっぱりずっと変な奴のままだった。

友達も作れないし
そもそもそんなに人に興味がないし
でも笑ったり泣いたりは上手に出来るようになったのと
ニンゲンの中にだって
とても素敵な人がたくさんいると言うことを
ちゃんと学んだりした。

相変わらずひとりぼっちだけど
特に気にすることもなく
だけどちゃんと恋をして結婚して
娘が2人も出来た。

我ながらアンビリーバボーだった。

火星人の私も結婚出来る程度には地球に馴染めたのだった。


だけどまあやっぱり火星人の私なので
子供が出来たら出来たで
ニンゲンと衝突することが多い。

だいたいニンゲンのほとんどが
何を言ってるのかよくわからない。

ほんとの気持ちと
使っている言葉の意味が
全然違ったりするので
頭の中で翻訳機にかけないといけないのだ。

「言語の分野だけ突出して頭が良すぎて、他が平均以下なのでデコボコで生きづらいと思う」

と主治医は言っていた。
なるほどその通りだ。
私は頭の中に辞書が入ってるタイプの
火星人だと思う。

しかしいくら言語の分野で突出していたって
地球上で大事なのは
「思いやり」とか
「コミュニケーション」なので
それはこちら側がちゃんと引き下がって
相手のことを思いやって
辞書みたいに喋らずに
ちゃんと優しいコミュニケーションを取らねば!!
なのだ。

それが「火星人」が地球で生きて行く上での
基本的なマナーだと私は心得ている。

つまりさきほど先生が
「マイペースなので」
という言葉を使ったのも
「トロいので」
「どんくさいので」
などという
相手を傷付ける言葉なんか
ピカピカの一年生の担任なので!!
死んでも言えない!!という
先生なりの優しさなんだと思う。

「ムスメさん、まず、登校して席に座るのがとても遅いんです」

と先生は言う。

「えっ遅刻してるんですか」

私はびっくりして聞き返す。
かなり余裕を持ってお家を出ているはずなのにどうしたことだろう。

「いえいえ、ちゃんと間に合ってます」

と先生は慌てて言った。

そこでまた私はハテ?となる。
間に合ってるのに、とても遅い。
なんだろうな、これは、とても難しい。

「8時20分から朝の会が始まるんですけど、ムスメさんが着席してるのは、2分前とかで。そこから鉛筆とかプリントとか、朝の会の準備を始めるので、本当にギリギリなんです」

ちょっと待てよ。と私は混乱した。

「あの。学校のしおりには20分までに登校させてくださいって書いてありました。それで、間に合うように家を出てるんですけど、それで実際間に合ってはいるけれど、それじゃダメってことですよね?」

学校のしおり通り20分までに登校しているし
ちゃんと18分には着席しているし
それのどこがダメなのかわからない。

ダメじゃないんですけど!!
と先生は慌てた。

「それでもいいんですけど、朝の会が20分からなので、間に合ってはいるけどとてもバタバタしてて、他のお友達もムスメさんが間に合うようにお世話してくれてるような形なんです」

学校生活に支障が出てるのでもうちょっと早く学校に来て欲しいんです……と先生はまた下がり眉だ。

これは難解だ。
わけがわからない。
火星人モードの私が
頭の中でサイレンを鳴らし出す。

押し問答でらちが開かないので
わたしは質問の仕方を変えた。

「先生の理想だと、何分に着席していたら良いですか?」

8時15分ですね!!
と先生は断言した。
もっと言えば、15分に鉛筆やプリントなど全ての用意が終わって座っていてくれたらありがたいです。

なるほど。
とわたしは合点した。

「と言うことは理想は、8時10分くらいに登校して、席について、用意をして、15分には落ち着いて座ってる状態ってことですね」

そうですそうです!!
と先生は頷いた。

ニンゲンの言葉、ムズカシイ。

学校のしおりに8時20分って書いてある。

そしてムスメは今も遅刻はしていない。

なぜだめなのか。

火星人の私が頭の中でパニックを起こしてワーワー叫んでいるけれど、ひとまず深呼吸して落ち置いた。

「わかりました」

先生が言ってることを理解したという意味だった。
お世話をしてくれるお友達をはじめ、周りに迷惑をかけているようなら
こだわっている場合ではなく、こちらが譲歩せねばならない。
せめて15分までには席に着くように言い聞かせておこう。

その後も
ゆっくりさんなので体感を鍛えるために
毎日お家でタイマーをかけたらどうですかとか

何となく全体の雰囲気を察する、ということが苦手なので、おうちでもお声がけをお願いします、などと

火星人の母がやるとしても
死ぬほどハードルの高いコミュニケーション術をたくさん伝授されて
地球人の先生との面談は終わった。

火星人の子は
火星人だな。
などと思う。

ムスメが育てた朝顔を持って帰らないといけなかったけど
雨が降っていてとても疲れていて
帰って一刻も早くビールとかチョコレートとか火星人の栄養になるものをとりたかったので

「明日でもいいですか?」

と聞くと先生は

「いいですよ!」

と言ってくれた。
わたしは頭をぺこりと下げて
とぼとぼと帰り道を歩いた。

いい先生だと思う。
教育熱心だし、一生懸命だし、美人で若くて下がり眉がなんかカワイイ。

「でも」

とわたしは雨で見えない宇宙を仰いだ。

「めっちゃフツーに地球人なんだよなぁ」

愛、愛、愛とは!!
と思った。

のんびりやと言おうが
ゆっくりさんと言おうが
マイペースと言おうが
トロいと言おうが鈍臭いと言おうが

私はそんなムスメが好き。
大好き。

きっと周りのたくさんの人たちが
そうやって言葉を選びながら
きっと言葉に関わらず
わたしのことや
ムスメのことや
他のいろんな誰かのことを
ちゃんと好きだったり愛していたりするのだ。

「あーーーー愛!!」

学ばなきゃな。

私は「愛」を学ぶために
地球に不時着したんだろう。

ただいまぁと引き戸を開けて
玄関に腰をかけると
ムスメが出て来ておかえりぃーーと言った。

「ただいま」

わたしは言う。



ただいま。
ここがわたしの
かえるいえだよ。

火星に帰るのはいつのことだろう。
百年後?
二百年後?
ひょっとしたらあと
一億年くらいかかるかもしれない。

だけどわたしはその時まで
このヘンテコな惑星「地球」で
「愛」を学び続けたいと
そんな風に思うのです。

愛。
愛!!
愛!!!!

地球は愛で
出来ている!!

よっこらしょと立ち上がった。

晩御飯作ろう。
ソーメンでいっか。

今日も平和な一日だった。
終わってみればそう思う。

台所でソーメンを茹でながら
それでも地球が好きだと思った。

火星人より。
愛を込めて。
地球のみなさんへ。

わたしは地球を
愛しています。

おわり。

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