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ジャン学・小此木の闇
鉄鍋のジャン、という漫画を知っているだろうか。
90年代、週刊少年チャンピオンで連載されていた料理漫画なのだが、大変に独特で、未だに根強いファンが多いグルメ漫画だ。
独特と言って良い絵柄、パワー全開の理論に、意外と本格的な料理、だのにブッ飛ぶ展開。
料理漫画の主人公と言えば、大体王道を行く真面目か、究極の破天荒の二極と言って良いが、この漫画に限ってはそんな分類からして規格外である。
Twitterで次の画像の展開を見た、とある初見さんが言った感想が、その独特さを象徴しているので、知らない人も知ってる人も見て欲しい。
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初見の人
「ここから主人公(左)はどうやって逆転したんですか?」
腕組み大沢・王騎顔の既読者
「何言ってんだ、コイツ(右)が主人公だぞ?」
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見た目から真面目とは思えない、破天荒とかそういう問題じゃない。誰がどう見ても悪役!
そもそも料理にチェーンソーが必要か!?
初めて見る人はそう思うだろう。違う、必要なんです。
だってコイツは勝つためには何だってやる!卑怯!極悪!何でもござれ!
天下無双の主人公の名は、秋山醤(あきやま・じゃん)!
この「何でもやる」は比喩でも何でもない。冒頭の主人公の取り違えを引き起こしてしまう展開もその一つで、相手の料理を台無しにする料理を先に出すのは序の口。
これ少年漫画だよね?と当時も話題になったが、料理大会の予選でマジックマッシュルーム(違法)を飲ませて審査員をラリらせ勝ち上がるというドン引き展開もある。何だったら嫌がらせに脳味噌食わすわウジ虫食わすわ、やりたい放題やってくる。
やり過ぎでは?と思うかも知れないが、この漫画の敵になる料理人も大概「アレ」だから、実は主人公がコレでも、何気にバランスが取れてしまっているというのも、読んでいて感覚が麻痺していく感じが良い。
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こんなのとか。
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こんなのである。
主人公がこれぐらいやらないと釣り合いが取れないぐらいにはヤバいのだ。釣り合いって何だよ。
…いや、せめて戦いは料理でやれや。と読者のツッコミも止まないのだが、料理対決したとてこうなる↓
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毒を盛り合う(違法)
もうハチャメチャ。命をかけるにしたって、血で血を洗うなんてレベルじゃない。
ちなみに続編の冒頭では、中国大陸で料理人が群れ(比喩でなくガチ)となってジャンにかかるも全員敗北、しかもジャンの料理に屈服して、ジャンの料理を食わずにはいられなくなり、ジャンの料理を求めて彷徨うゾンビみたいになる、なんて地獄絵図そのものみたいな展開が待っているぞ!
デビルマンかな?
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ここで言っている「料理は勝負」こそが、ジャンの原動力であり、この漫画の根底を成す要素である。
登場する料理人はそれぞれに信条があり、「料理は⚪︎⚪︎」というキャッチフレーズが常に付き纏う。ライバルのキリコは「料理は心」で分かりやすいが、序盤は敵、途中から仲間になるセレーヌ・楊(ヤン)は「料理はコテコテ」と、もはや何を言っているのかわからないモノまで様々だが、キャラ付けが非常に分かりやすく、特にライバルのキリコに関しては「敵対」であり、同時に勝負で勝ちにくる姿勢を取ってジャンに「結局はお前も勝負じゃねぇか!」と矛盾を衝かれ、それがきっかけでキリコが思い悩み、さらに成長するという良いパーツとなっている。
さて、先に言ったようにその中でもジャンは「勝負」を掲げているわけだが、これは祖父の階一郎から継承したものである。
ジャンの両親は物心つく前に他界。引き取られた祖父・階一郎に英才教育という名目のほぼ虐待を受けて育てられる。そこで得た「料理は魔法」を基礎とし、食べる人間、他の料理人との料理を通じての関わり合いを「勝負」として捉えているわけだ。
シンプルヤベー奴じゃん?
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何故ジャンはこんなに歪んでいるのか、と言えば全てはここに元凶がある。
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一見素晴らしいことを言っているし、言葉だけ見れば「かっこいいな」と思えるのだが、もう一度確認しよう。
ほぼ虐待である。
次のシーンを見てほしい。
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敗北した悔しさに暴走し、壁を殴り頭突きして慟哭するジャン。一見して分かるぐらいズタボロになっている。
しかし、血が出ているのは体の前面。そりゃそうだ、頭突きして壁を殴ったとて、背中に自分で傷はつけられない。
背中にあるのは…階一郎に打ち据えられた古傷だ。
皮も肉も爆ぜてません?どんだけ殴ったらそうなるん?という傷。それも無数。
調理でミスればしこたま殴られ、蒸し器に押し付けられ、調理直後の蒸した魚の中に手をブチ込まれと、まだ16(作中でバイクを運転しているので、それ以下)もいってないガキんちょの扱いとは思えない真似をしている。
そのしごきに食らいついていったジャンの料理への執念はすごいもので、苛烈にして激情家、料理と勝ちへの執念と、日本中華料理界における名門・秋山を背負う者としてのプライド。
極め付けは、その全てを伝える前に階一郎が死期を悟り、ジャンを遠ざけて…
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残されたジャンは、泣きながら「負け犬が!」と叫ぶ…こうして再び天涯孤独となったジャンは、階一郎の書き残した指示に従って、東京の中華の名店であり、階一郎の永遠のライバル・五番町睦十がオーナーを勤める「五番町飯店」へと向かった…というのが、この漫画の始まりだ。
こんな生い立ちと育ちだから、人を寄せ付け難い雰囲気になるのも仕方がない…
の、だが。
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たった一人、そんなジャンが心を許す人間がいる。
ジャンとは真反対の性格をしている小此木くんだ。
小此木は料理初心者、好き嫌い多い、泣き言も多い、弱気な…言わば一見ダメダメな見習いなのだが、人を思いやる優しさと、不器用な気遣いを持つナイスガイだ。
この漫画における驚き役であり、物語を通じて成長を描かれる「凡人」代表キャラである。
さて、小此木くんを僕は「要領の悪い奴」と書かなかったのだが、既読者の方はそういえば、と思っていただけただろうか。
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そう、ジャンのラストでは三番鍋(トップ3)まで昇格しているのである。
決して不器用とかダメダメ、というのが的確な表現ではないのだ。
作中でも、ジャンが腕を折られて調理が出来なくなった際に、代わりに小此木が調理を代行して勝利を納めたり、発想の勝利で驚きの春巻きを開発して店に出す最終選考まで残ったり、料理人選手権でまぐれとは言え良い所まで残ったり…と、意外に悪くない活躍もしているし、こうして最後は大成した、というラストになっているのだが…
この男、続編で「?」と思わせる展開になる。
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あれー?やっぱりダメダメなの?
…と思わせておいて、この回で見せた料理が、有名なコレである。
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なんとチョコレートの回鍋肉という、誰もそんなモン作ろうと思わないようなモノを作り、それで絶賛されるという離れ業をやってのけるのだ。
なお、これを参考にしたかわからないが、現実でもチョコレートの回鍋肉は作られていたりするのがビックリする。(何気に鉄鍋のジャンが元となって出来た現実飯は多かったりする…)
なお、この三番鍋からの転落については、実は小此木の戦略であったことが窺える。
というのも、まだまだジャンに教わりたい事がある小此木は、ジャンと同じ見習いになる事でその機会を増やし、かつ店の連中から受ける数多の悪意を逸らす役割になろうとしての行動だったのだ。
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格?そんなモンどーだっていいよ、と言わんばかりの立場への執着心の無さ。裏返せば「そんなのはどうとでもなる」という余裕でもあるのだが、小此木くんそんなに凄いのか?
実は、これが計算された話かどうかまでは計りかねるが、あれ?実は…という描写がそこかしこに散らばっているのだ。
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ジャンの「水料理」の最中に行われた総料理長による「中華料理の調理の際に、何故水に油や塩を入れるのか?」ということについてのお話なんだが。
相槌の仕方からして「ああ、凡人役だな」と思わせる描写となっている。
しかしこれ、注目すべきは「まずい水」を使った時の話なのだ。
この話の要点は「中華料理は水が弱点で、まずい水を技術で制服することに心血を注いできた。つまりバリバリの中華料理人であるジャンは水料理というテーマでは危うい」という説明をしている中の一部分が、この話だ。
こういう説明をした時に気が付かないだろうか。
美味い水が潤沢に使える日本だと関係なくね?
という裏返しになっていることに。
そうした上で、小此木くんのセリフに注目してほしい。
「忘れて叱られる」「習慣だと思っていた」
…小此木くん、この行為が「あまり意味がない」か「大差ない」と看破していない?
もちろん、シンプル「モノを知らない」ムーブではあるんだけども。
ただ、この勝負の結末というか、オチを知っていると、なおさら刺さる話になってくる。
騙し討ちを食ったような話だが、言われてみれば…というオチなので、これは是非読んで体験してほしい。
それだけじゃない。三番鍋に上がった直後に、後進への指導をしている場面が挿入されているのだが、そこは至極真っ当な指摘(火の通りを考えて素材を切りそろえろ)をちゃんとやっているのだ。
つまり、そもそもドマヌケではない。だから「え、なんで小此木落ちたの?」という驚きがある。
同時に、「まぁ、ジャンの為ならそれぐらいする奴だよね」という納得もあるのだが。
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場面は続々編へと移り、世代交代。
そして小此木のジャンの息子に向けての鉄拳制裁。何と階一郎の暴力が、隔世遺伝からぬ隔絶遺伝している!
しかも「あいつは他人にどうこうするのが苦手」と分析までしている。
この後、自分の息子ともども再教育(しかも顔に生傷が増えて)して鍛え直し、料理勝負特化の対策までやらせるという懇切丁寧ぶり。
なお、この時既に五番町を辞めており、別の店の料理長をやっている上に…
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この漫画の永遠の悪役・大谷日堂は「神の舌」と呼ばれるまでの凄まじい味覚を持っている。作中で大谷が認めれば、それは一流の味と保証が付くのだ。
その大谷が「小此木の息子」と小此木を主体として認知している。
これ、かなりのことです。
大谷の言い方からして、相当の腕前になっているのは間違いない。なお、奥さんは⚪︎⚪︎なので、それを差し置いて名前が上がっている点も見逃せない。(ここは伏せておきます)
明らかに少年期やその後の続編ではまだ⚪︎⚪︎の方が格上だったからだ。
という、少年漫画の驚き役兼成長要員である小此木くんだが、実は、彼には大きな謎がある。
彼にだけ、出自というモノがない。
そして、割と深い闇の部分も抱えていそうな台詞がひょっこり覗いていて、ゾッとするところがある。
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昔ちょっと…何なんだよ!
職業泥棒だったと言ってるようなモンだぞ、これ。
ここに気がついたジャン読者も結構いて、「そう言えばコイツだけ出自ないじゃん」という、割と深刻なことに気がついてしまうのだ。
もう一度確認するが、小此木はジャンと同年代だ。とすると、まだ16越えたぐらいの未成年である。
同年代とされているのが、ジャン、キリコ、そしてセレーヌ・楊。彼らは料理人の家で生まれ育っているので、学校に行かずに職業・料理人で見習い(腕前は一級品だが)をやっている。
ところがどっこい、小此木は「家」の描写がないキャラクターなのだ。
物語冒頭から、仕事のできないマヌケな見習い、というポジションで描かれていて、かつ学校だの何だのという描写がほぼ無く進行していくため、誰も触れることはなかったが、腕もなく家柄もなく、身一つで五番町飯店の見習いをやっていたのだ。
マジでコイツ何モンだ?
なお、登場人物の年齢に具体的に言及されるのは湯水スグル編で、明確に彼らが16歳だと示される。
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大検に受かって大学入学までヒマ、など学校に言及されるのもここだ。調理場をウロウロするスグルに、からかってやろうと「学校はどうした?」と投げかけられ、いけしゃあしゃあと答えたのがコレ。態度はどうあれ、スグルはマジモンの天才である。
この段を書いていてふと気づいたが、現行の電書版は出版元が秋田書店ではなくなっている。
うろ覚えだが、秋田書店の単行本の時は、どこかに五番町飯店の役職と名簿みたいなのがあったと思うが、どこにあったかがサッパリ思いつかない。
そこでも、全員が16歳となっていたと記憶しているんだが…
さて、となると小此木はどういう生活をしているのか?ジャンと同じくバイクに乗っているので、免許はある。
ただ、家の描写は一切なく、ジャンの家に泊まり込みで研究していた時も、時間を一切気にしていなかった。
そして、「昔ちょっとね」という闇。
ジャン以上に謎な男、小此木。話を転がす役割以上に、コイツが謎で仕方ない。