
これが「103万円の壁」騒動の本質~「将来世代に負担を残すな」といいながら将来世代を食い潰す国
■自民、立憲の顔はどっちを向いている
今年(2025年)2月、NHKが直近の政党支持率世論調査の結果を発表しました。主なところを見ると、自由民主党31.3%、立憲民主党9.2%、国民民主党6.8%、日本維新の会3.2%、公明党2.5%……。これだけ見ると、野党第二党に国民が躍進していることが目立つぐらいですが、さらに年齢層別に分解すると、別な姿が見えてきます。
▼18~39歳:自民16.2%、立憲3.5%、国民16.2%▼40代:自民24.0%、立憲2.4%、国民11.2%▼50代:自民23.5%、立憲:7.1%、国民10.6%▼60代:自民35.9%、立憲11.0%、国民6.2%▼70代:自民35.3%、立憲13.5%、国民3.2%▼80歳以上:自民48.5%、立憲13.6%、国民2.1%。
39歳未満では、国民民主党が自民党と並んで支持率第一党、40代でも自民党に次ぐ位置です。野党第一党であるはずの立憲民主党は社会の現役層といえる59歳までですべて一桁、各年齢層で国民民主党に圧倒されています。立憲民主党が国民民主党を上回っているのは、60歳以上のいわゆる老齢層。年寄りに強いのは自民党も同じ傾向が見て取れます。
この傾向、昨年12月発表の調査から続いています。
何で? といった疑問に対し、「ネット、SNSの影響が強い年齢層と従来のメディアへの信頼度が高い層」という解説がもっぱらです。確かにその傾向は否定はしませんが、しかし、60歳を境にこうもきれいに、ネット、SNSの使用度が入れかわるものでしょうか。ちなみに私は現在65歳、仕事でもwebマガジンに関わり、私生活でも中毒といえるYouTube・配信動画マニア。職業柄、新聞・雑誌には目を通しますが、地上波テレビなどには全く関心がありません。周りの人間も似たようなものです。
昨年の東京都知事選挙、総選挙、兵庫県知事選挙と、選挙のプロたちの見込みはことごとく外ずれ、SNSで人気の候補が躍進しました。「顔をつぶされた」形の新聞・テレビといった既存メディアは、「SNSによって『正しい』情報が歪められた」と、大騒ぎを繰り返し、規制の必要性まで叫んでいます。しかし、SNSというのはどこまでも不特定多数の参加者による伝言ゲーム。伝えるべきと思ってもらえる内容でなければ決して拡散しません。要は、政策や政治姿勢が評価されているか否かなのです。新聞・テレビにとってみれば、自分たちが支配・統制している情報の外で、まったく新しい形で情報の広がりが発生し、支持されたのです。面白いわけがありません。が、このようなみっともない連中のいうことを聞いていては物事の本質を見誤ります。
■石破・自民が結局、背を向けたもの
この年齢別支持率を読み解くには、50代と60代で立憲と国民の支持の境目があることに注目すべきです。この境目は、一般の勤労者にとって、現役と定年後を分かつ、人生で最も重要な意味を持つ分断線の一つです。
こう見れば、わかりやすくなります。国民民主党は、総選挙の公約として、所得税の非課税枠を年収103万円から178万円に30年ぶりに引き上げようと主張しています。一方、立憲民主党の野田佳彦代表は、以前から増税論者です。これ以上、国債の増発を行わず、将来の社会保障費の増加を賄うためには、国民の社会負担率を上げるしかないという考えです。国民民主党の非課税枠引き上げは低所得者層に焦点を当てた減税策で、ざっくりいうと、社会保障への依存度が高い高齢層から、低所得の多い若年現役層に再配分のベクトルを振り向けようというものです。
自民党はというと、国民民主党との協議で強く抵抗するなど、減税には否定的。自公政権は結局、高校授業料無料化という、「小っさな」エサで日本維新の会と手を握り、予算案を通そうとしています。
ちなみに昨年10月15日の総選挙の結果、各党の議席は、自民党:196、公明党:24、立憲民主党:148、日本維新の会:38、国民民主党:28。有権者の支持の実態と、議席配分が大きく食い違ってしまっています。
■団塊老後シフトとしての2001年体制
もう24年も昔のことになります。2001年の年が明けたころ、自民党は今と同じく低支持率に悩んでいました。森喜朗内閣の評判がいたって悪かったのです。そこで、森総裁辞任の上、乾坤一擲、総裁選挙で刷新を図り、「構造改革」を掲げた小泉純一郎氏が当選。その勢いで解散、総選挙に打って出て、自民党は大勝しました。
で、「構造改革」っていったい何をどうすることだったのでしょうか。このとき、政府だけではなく、民間のエコノミストらが一斉に騒ぎ出したモットーが「将来世代に負債を残すな」でした。田中角栄政権以来の「聖域」公共事業を縮小し、政府債務の抑制を図るという趣旨でした。そこで、道路公団民営化などの大胆なメスが入ったのは確かです。では現実に結果はどうなったのでしょうか。
平成13年度、日本の一般会計予算(当初)は、全体で82.7兆円、うち公共事業費は9.4兆円、これに対し令和6年度は、全体で112.6兆円、公共事業費は6.1兆円に縮小しています。それでは、この差額分は、「将来世代」のために振り向けられたのでしょうか。ところが文教及び科学振興費は6.6兆円から5.5兆円に削減。この間、日本の財政を食いつぶしたのは社会保障関係費で、17.6兆円から、なんと37.7兆円に跳ね上がっているのです。
この間、社会保障費の抑制努力がなされたかというとそうは思えません。日本で最大の人口集団である団塊の世代が、まだ現役層であるという、保険料負担の最後のチャンスであった2005年の年金財政再計算での小泉政権の改革は不十分なものでした。後期高齢者医療制度で高齢者の負担優遇を行い、混合医療もいまだ解禁されていません。
公共投資、教育投資は、現役世代、将来世代のための投資です。結局、この四半世紀の構造改革とは、それを削減し、それでも足らず国債を増発し、「将来の」年金受給世代のための財源を確保したわけです。そしてまた今回、予算規模の史上最高を更新しながら、財政を悪化させるわけにはいかないので財源を提示できない政策をとらないとして、「103万円の壁、撤廃」という若年世代、現役世代向けの資金配分に背を向けたのです。
これが「シルバー民主主義」の実像です。自民党、そして「福祉」に特化した立憲民主党は、大票田の年金受給世代に「不安」を抱かせないようなサービス合戦を続け、その原資を現役層に負いかぶせ続けたのです。犠牲にされたものは、一度その構図を知ると抵抗の姿勢を改めません。もはや始まってしまったのです。SNSに責任を負い被せているようでは、既存二大政党の命運も極まったといえるでしょう。
(newleader2月号を改変)