曲からストーリー『Time After Time』
*シンディ・ローパーの曲を思い出す方が多いと思いますが、フランク・シナトラが歌った往年のJazzの歌をモチーフにしました。
Time After Time
time after time =「何度も何度も」
Time after time
I tell myself I’m so lucky
To be loving you
I’m so lucky to be
The one you run to see
In the evening
When the day is through
I only know what I know
The passing years will show
You kept my love so young
So new
And time after time
You’ll hear me say that i’m
So lucky to be loving you
55才の花嫁
故郷に向かう飛行機の中で、私は顔がニヤけてしまうのを堪えきれなかった。マスクを付けていて本当によかった。
この歳で友人の結婚式に出席することになるとは。しかも高校の同級生同士。格好のネタだ。結婚式だか同窓会だかわからなくなりそうだ。
つい張り切って、ペールブルーのワンピースを買ってしまったから、今日の飛行機はLCC。でも快適だ。ノープロブレム。
明恵から電話で話を聞いた時には、「うっそぉ⁉︎」とのけ反って大声を出してしまった。もちろん、すぐに心から「おめでとう!」も言ったけれど。
冬に仲良し4人組でzoomを繋いだ時は、娘の大学卒業と共に自分も家を出ると言っていたが、結婚のワードは出なかった。まあ、それもそうだろう。大人には事情がある。慎重にならざるを得ない。
彼女のモラハラ系の夫は地方局のテレビマンだった。出張や会食も多く夜は遅い。週末も仕事かゴルフ。「子どもと遊んであげて」と頼む機会すらなかった。子育てをしながら働く選択をした明恵は完全なワンオペだった。2人目が生まれて、正社員から派遣にかわって経理の仕事を続け、地道に15年かけてまた正社員になった。
「直子は仕事しないの?自由が欲しいって言うけれど、経済的に自立しないと現実味がないっていうか‥」
2年前、明恵に言われた時にはズンと心を殴られたようで何も言い返せなかった。
直子が思うに、専業主婦の肩身の狭さは年々増している。だが、いまさら自分にはフルタイムは無理だろう。成人した子ども達も自立する気配はないから、家事に皺寄せが行くのは問題だ。パートで働いても収入は夫の20分の1程度と思うと、わざわざ生活を変える気が起きない。今に満足しているわけでもないが‥努力する気力もない。どちらかと言えば恵まれた環境で暮らしている自覚はある。何か満たされない気持ちがあるだけ‥‥ふだんはフタをしている事を急に考えてしまい、浮かれた気分がすっかり失せた。
翌日は快晴だった。
早めに会場に着いたが、すでに結構な数の同級生達が輪を作っていた。体型や頭髪がすっかり中年の男子達、昔の面影のないオッサンもいる。卓球部で一緒だった野村もいる。部活の集まりは今もあるから間違うことはない。
「ノムっち、久しぶり。」
「お〜鎌倉マダムのお出ましか。フットワーク軽いな、直子さまは。」
「そりゃ、明恵の友人としては来ない選択はないでしょ。まるで同窓会状態になるのは目に見えているし。めでたいよね。」
「めでたい‥いろいろあったらしいけどな。
清水は裁判でやっと決まったって。」
「大人だもんね。身軽になるのタイヘン。」
「この歳で本気になれるのも大したもんだけど。俺には想像つかないよ、うちはまだ中学生の息子がいて、夫婦で部活応援が忙しい。恋愛なんて遠い昔の話さ。」
「いいじゃん、それも愛の形だよ。安定だね。私なんか1日のうち30分くらいしか会わない。夫婦円満の秘訣(笑)」
「お、そろそろ時間だ。」
結婚式専用に建てられたチャペルに通された。間もなく、新婦がバージンロードに現れた。手を引いているのは‥長男くんか!
大きくなったね。お母さんを支えてくれてありがとう、と言いたくなった。
明恵のほうは親戚もけっこう列席している。
あ、明恵のお母さん。歳とったけれどお元気そう。嬉しそうにしている。今日の明恵は本当に幸せそうに笑っているものね。
清水くんのほうは、同級生ばかりだ。
結婚式をするかどうかも迷ったに違いない。けれど、県庁所在地でもない地方都市で、面倒な噂になるくらいなら、正式に式を挙げて周囲に一度に報告したほうが賢明だ、と私は思う。
実際に、この場は祝福の嵐だ。幾つになっても結婚式はいいな。むしろ、この歳だからこそ純愛が尊く感じるのかもしれない。
見つめ合う新郎新婦。照れているところにアテられる。仲良すぎだって。見ているこっちがこそばゆい・・・
肩を出した純白のドレスが細身の明恵によく似合う。肌もスタイルも抜群にキレイ。
「恋愛したくなっちゃうね。」
隣で陽子が物騒なことを言っている。たしかに恋は女を美しくする。私も似たようなことを考えていた。
仕事探そうかな。20分の1の収入でも、自由への第一歩だと思うとワクワクする。
損得勘定ばかりしていた自分に嫌気が差した。恋愛うんぬんじゃなく、私がキレイに輝くために自分の道を切り拓くんだ。このままの私じゃ納得できない。自分で稼いだら、習い事を始めよう。何十年も弾いていなかったピアノで弾き語りしたい。ずっと憧れていたんだ。小さな一歩で充分じゃないか。自分のことが好きな自分になりたい。
頭の中に甘い歌が流れている。
『Time After Time』
フランク・シナトラが歌うジャズの名曲。私は若き日のチェット・ベイカーが歌ってトランペットを吹いているのを好んで聴いている。
明恵と清水の晴れ姿に、20年後の2人の姿が想像できた。
天気のいい日は、川沿いの道をゆっくり体を支え合いながら散歩する2人。景色の移ろいを確かめ、言葉少なに同じほうを指さして微笑む。映画のワンシーンのようで、見ている誰もが優しい気持ちになれる。
今のままの私には手が届かない、愛に満ちた幸せ。
ただ穏やかな日々、最後の日々を好きな人と手を取り会って過ごす。幸せがそこにあることを知っていて、二人つつましく生きている。感謝が溢れてくる。ずっとこのまま生きていたい気持ちと、いま死んでしまっても構わないと思えるほどの満ち足りた気持ちが、同居している。お金も健康も欠けているものはいろいろある。けれど、この人の隣にいられて良かったと心から感じている。陽だまりのような愛で満たされた静かな時間。
明恵のドレスの長い裾に見惚れながら、私は幸せの結末を夢想した。
And time after time
You’ll hear me say that i’m
So lucky to be loving you
〈fin.〉
あとがき
PJさんがJazzの名曲「いつか王子様が」でストーリーを書いていらしたので、私も古いJazzでストーリーを書きたくなりました。せっかくだから大好きな「Time After Time」がいいなと思って題材を探していました。
タイミングよく、友人とランチした時に素晴らしいエピソードを聞きました。「これだ」と思い、友人が同級生の結婚式に出席した話を使って(パクって?)勝手に肉付けして書いてみました。
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