公務員から起業家へ。20年の教員生活に終止符を打ち、私が塾を開校した理由。
「子どもには無限の可能性がある」——。
どこかで聞いたことがあるかもしれないこの言葉の重みを、ある先生は思いがけない場所で見つけました。
20年にわたる小学校での教員生活の末、2024年春に教壇を降りる決断をした「けいちん先生」。彼女は京都で、誰も見たことがない新しい学び場、「けいちん塾」を開校しました。
なぜ、安定した道を離れる決断をしたのか。 どんな「学び」を実現しようとしているのか。 けいちん先生の挑戦の物語をお届けします。
学級担任20年目の違和感「私のために子どもを変えようとしていた」
「早くしなさい」
「今は座る時間やで」
教室に響く自分の声に、違和感を覚える日々——。小学校で20年間、学級担任として子どもたちと向き合ってきたけいちん先生は、クラス運営への迷いを抱えるようになっていました。当時の葛藤を振り返り、けいちん先生はこう語ります。
「やっぱりクラスって集団じゃないですか。私は最初から『クラスをうまく回さないと』って思い込んでいて。一人ひとりの子どもの気持ちより、『みんなと同じように』『まわりに合わせて』っていうほうに重きを置いてしまう。はみ出す子がいると、つい叱ってしまう自分がいたんです」
日々の教育実践や研修を通じて、子ども一人ひとりに寄り添うことの大切さは頭では理解していました。でも実際の教室では、「みんなと同じように」という価値観が優先されてしまう。そんな葛藤の中で、けいちんは気づきます。
「これ、“子どもたちのため”じゃなくて、“私のため”にやってるんちゃうかなって。私が言うことを聞かせたいだけなんじゃないかなって。自分を責めてしまう感じになってきた」
その後、けいちん先生は教育委員会の研究員として3年間、学校を離れる機会を得ます。子どもの社会性や主体性を育てる研究に携わり、さまざまな実践や考え方に触れるなかで、新しい気づきがありました。
「自分は狭い世界で生きてたなって。私にできることは、もっと別のことなんじゃないかな」
そんなとき、特別な支援が必要な子どもたちへの個別指導「通級指導」の話が舞い込んできました。週に1、2時間、通常の学級に在籍する子どもたちを個別に指導する機会です。集団の中での指導に限界を感じていたけいちん先生は、「やりたい」という直感を信じました。
この決断が、けいちん先生の新しい可能性を開くことになります。
「できる」と信じ続けることで、子どもたちは変わっていく
通級指導の2年間で、けいちんは数々の「スーパーミラクル」を目撃することになります。
「普段のテストで20点ぐらいしか取れない子がいても、『まだ小学生なんだから、これからいくらでも変われる』って伝えていたんです。そして、指導を始める前に必ず『本当はどうしたいの?』って、その子の気持ちを聞くようにしていました」
ある日、一人の子に同じ質問をしたけいちん先生。すると最初は戸惑っていましたその子から、少しずつ本音が出てきます。
「最初は小さな声で『80点とか取れたらうれしい』って遠慮がちに言うんです。本音ではないと感じたので、『それでいいの?もっとやりたいことあるんじゃない?』と聞いていくと、『本当は……90点以上』って、その子の心の奥にある想いが、少しずつ出てきたんです」
けいちんは、その子に合った勉強法を少しずつ一緒に探していきました。そして必ず「すごいな!こんなに覚えられた!やっぱりできるわ!」と伝え続けました。
「ある日その子がね、98点を取ったんです。しかも、それで喜んでいるかと思いきや、逆に悔しがっているんですよ。『100点取れたかも』って!その後はもう自分からどんどん勉強するようになって、小学校の算数で一番難しいといわれる割合の単元でも95点を取れるようになったんです」
これは特別なケースではありませんでした。跳び箱が跳べなかった子が跳べるようになり、人前で話すのが苦手だった子が、自分の思いを伝えられるようになり――。
「これって何だと思います?私は『言葉の力』だと思うんです。特別な指導をしたわけではなく、その子を絶対にできると信じて、それを言葉にし続けた。最初は私が『できる』って言ってたけど、そのうち子どもたち自身が『できると思う』って言い出すんです。そうしたら、その子自身が本当に変わっていく」
集団の中では見えにくかった子どもたち一人一人の可能性。それを引き出すのは、特別な指導法でも、厳しい管理でもなく、「できる」と信じ続ける言葉の力。通級指導での2年間は、けいちんにそんな確信をもたらしました。
「それ、本当にやりたいことなの?」10分間のプレゼンが進む道を教えてくれた
2024年3月、けいちん先生はある思いを胸に、20年間務めた教員を退職し起業を目指し始めます。当初は「けいちん塾」とは異なるビジョンを描いていたそうです。
「通級指導をしていた2年間、保護者の方と授業の合間にお話しする機会があって。すると、『子どもへの接し方がわからない』『相談する場所がない』と、悩みを抱えている保護者の方がすごく多かった。その声を聞いているうちに、保護者の方の支援をしたいと思うようになりました」
同時に、心を痛めていたのが、教員の疲弊する姿でした。
「休職される先生が増えていて。私自身、集団指導での葛藤も経験してきたから、先生方の気持ちがよくわかる。この人たちの力になれる場所を作りたいと思って、コーチングの勉強も始めたんです」
しかし、退職後に挑戦したセミナーコンテストへの出場が、「本当にやりたいこと」を見つめ直すきっかけとなります。
「10分間で自分のビジネスをプレゼンするコンテストに参加したんです。最初は保護者支援についてのプレゼンを作ったんですけど、指導者の方に『これが本当にあなたのやりたいことなの?』ってめちゃくちゃ突っ込まれて…。その時間が、自分と向き合うきっかけになりました」
けいちん先生の頭に浮かんだのは、通級指導で見た、子どもたちが成長する瞬間の目の輝きでした。「できる」の一言で、子どもたちはあんなにも変わることができた――。
「自分を深掘りしていったときに、やっぱり子どもと関わりたいって強く思ったんです。そこから方向転換して、決めたんです。『塾をやろう』って」
点数がすべてじゃない。子どもたちの自信を引き出す“最強塾”とは?
「けいちん塾はどんな塾ですか?」と尋ねると、けいちん先生は迷いなく答えました。「前代未聞の最強塾です」
けいちん先生が目を輝かせながら語るその言葉には、長年の教員生活で培った、揺るぎない確信が感じられました。
「正直、受験をバリバリやりたい方は大手の塾に行ってください、とお伝えしています。でもうちはそうじゃない。もちろん成績を上げるっていうのは一つの目標なんですけど、なぜ成績を上げるかというと、それで子どもたちに自信がつくからなんです」
けいちん塾には3つのコースがあります。「コミュニケーション力アップ」「リーダーシップ力アップ」「個別課題解決」です。特に「コミュニケーション力」の育成には強い思い入れがあるそう。
「自分の言いたいことが伝えられる。それだけで、子どもたちは自信を持てるようになるんです。『話すのが苦手』と思い込んでいる子も、練習次第でどんどん上手になっていく。聞く力もつく。そうすると、いろんな人と関われるようになる。その自信があれば、テストの点数は自然とついてきます。
成績を伸ばすのは、あくまでも子どもたちが自信をつけるための通過点。私は、まず『できる』という自信をつけることを大切にしています」
また、けいちん先生が考える「リーダーシップ力」は、ワントップ型の考え方ではありません。
「4人くらいの少人数で、遊びのイベントを企画するんです。どんな遊びが楽しいか、誰を対象にするか、自分はどんな役割を担うか。意見の違いも出てくる。でも、そこで合意を取りながら進めていく。そういうファシリテーション力を育てたいんです」
一方、現在最も問い合わせが多いのは「個別課題解決」コースだそう。
「保護者の方は、どうしても子どもの“課題”に目が向いてしまうんです。『通級指導を受けさせた方がいいのかな』『療育を受けさせた方がいいのかな』と悩みながら相談に来られる方は少なくありません」
けいちんの声が熱を帯びます。
「私は、その『課題解決』という入口から、子どもたちの可能性を広げていきたいと考えています。なぜなら、課題を抱える子どもたちは、誰よりも『できない』経験を重ねていて、自己肯定感が低くなってしまっているから。だからこそ、その子の小さな成長を見つけ、認めていく。そうすることで、子どもも保護者も、“課題”ばかりでなく、“できること”に目を向けられるようになっていくんです」
なぜ「最強塾」なのか。その理由を、けいちんはこう語ります。
「子どもたちは絶対に笑顔になれる。そして、その笑顔は必ず保護者の方にも広がっていきます。私がそうしていくから、この塾は『最強塾』なんです」
夢が育まれていく学びの場「けいちん塾」
10月1日に開校した「けいちん塾」。けいちんの夢は、さらに広がっています。
「子どもたちの発表の場を作りたいんです。まずは自分の夢や想いを、保護者やおじいちゃんおばあちゃんに聞いてもらう。その経験を積み重ねていって、いつか海外の子どもたちとも夢を語り合える場にできたら。以前の旅行会社での経験を活かして、台湾など現地の子どもたちと交流できる機会も考えているんです」
土曜日には、地域に開かれた学びの場も計画しています。
「ゲストティーチャーをお招きしたり、地域の方と連携して学びの場を作ってみたり、新聞記者の方を特別講師にお招きする構想もあります。そんな、みんなで学び合える場所にしていきたいんです」
一人一人の「できる」を大切に育て、そこからつながりを広げていく。けいちん先生が20年かけて見つけた新しい学びの場は、まだ第一歩を踏み出したばかりです。
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