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変われない僕と変わった女の子

僕がアパレル店でアルバイトを始めたのは大学一年生の七月のことだ。その頃お店で学生は僕一人だけだった。
翌年の四月にそのお店の先輩が一人退職し、新たな学生アルバイトが二人加わった。一人は年上の大学生の男の子で、もう一人はもうすぐ芸大に入学するという女の子だった。

男の子のほうはごく普通だったが、女の子のほうはそうではなかった。それは初めて挨拶をしたときから感じていた。
どこか僕と同じ感じがすると思った。

数日後、その女の子と退勤時間が同じ日があった。帰る方向も同じだったので途中まで一緒に帰ることになった。
帰り道でその女の子は「わたし友達いないんですよ」と呟いた。なんの違和感も感じなかった。むしろ、そうだろうなと思っていた。
僕はそれに対して同じだと答えた。僕も中学の頃から深刻に友達がいなかった。
人付き合いで困る場面は僕とその女の子で共通していて、話を聞いていると僕も感じたことのある精神的な辛さや痛みばかりだった。その女の子は通信制の高校に行っていた。もうすぐ大学生という大きく変わる生活に耐えられるだろうかと僕は勝手に人の心配をしていた。

家に帰るとその女の子からLINEが入った。そして日曜日に一緒に美術館に行ってほしいと言われた。特に断る理由もなかったのでOKした。

美術館で作品を見終わると、同じ建物中にある飲食店で昼食を食べた。そのときの話で自分の病気のことが話題になった。その女の子は「強迫性障害」と口にした。驚いた。僕を中学一年生の頃から苦しめている病気と同じだった。ただ、その女の子は既に病気からは回復して今はなんともないと言っていた。それでも普段の辛そうな表情や雰囲気を見ると放っておくわけにはいかないと思った。
友達がいなくて精神的に不安定なのは僕と同じだった。僕はなにか助け合えるのではないかと思った。これが間違いだった。

その女の子は僕におすすめの本や他の美術館のポストカードをくれた。そして写真や本の感想をLINEで言い合ったりしていた。ただのバイト先の人にいきなりここまで関わろうとするなるて本当に友達がいないんだなと思った。
僕もずっと友達がいなくて、病気で精神的にも辛かったから、その女の子の「友達がいない」という言葉や辛そうな表情が本当であるということはよくわかった。

僕は大学が忙しいことと、精神的理由で二ヶ月後にアルバイトを辞めた。

美術館に行った日の昼食代はその女の子が出してくれたのでせめて何か返そうと、僕は数週間後ランチに誘った。前出してくれたからと、僕がお金を払おうとすると、その女の子は「自分が払うのはいいけど人に出させるのは嫌だ」と言った。もちろん僕はそれを聞かなかった。

そして色々な話をした。でも。
その女の子は以前は友達がいないと言っていたのに、いつの間にか大学で友達を作っていた。僕はそのときでも友達がいないままだったのに。
その女の子は大学での友人のことを楽しそうに話しだした。
そして、その女の子は僕に対して「友達を作ればいい」なんてことを簡単に言ってきた。
僕は目の前の女の子が別の世界の人間のように見えてきた。
つい最近まで友達がいないと嘆いていた人がこんなに簡単に変わってしまうのかと衝撃を受けた。
この女の子はもう僕と同じ場所(状況)にはいてくれないんだと思った。この人は既に歩き出しているから、この人を同じ場所に引き止めてはいけないと思った。だから、僕はもう二度とその女の子と会うのはやめようと思った。

どんどん精神的に前に進んでいくその女の子を見たくなかった。だから交換したインスタをブロックした。
でもなぜかLINEのブロックは忘れていた。

そして今日たまたまその女の子のLINEのアイコンに設定されていた写真を見てしまった。すぐにブロックしておけばよかったと後悔した。
写真には、その女の子と彼氏に見える人が二人で並んでいた。体の密着具合からして恋人でないとありえないくらいの距離。二人で鏡に向かってスマホを向けて写真を撮っている写真だった。

僕がその女の子と初めて話した頃からは想像もつかないレベルとスピードで前進しているようだった。
ずっと変われなかったはずの人がたかが一年程度で恋人を作るレベルまで行ってしまった。そして僕は今日も変われていない。変われない。僕の周りの環境は変わらない。中学一年生の頃からずっと。何も変わらない。僕は変われない。変わりたくても変われない。
だけど、その女の子は簡単に変わってしまった。
僕には追いつけないスピードで変わってしまった。
僕はずっと変われないのに、その女の子がすぐに変われたことが単純に羨ましいと思った。
羨ましい。違う。嫉妬だ。
アルバイト先で会うまでお互い知らなかっただけで、僕とその女の子は精神的にはずっと同じ場所にいた。それなのに、その女の子は大学に入学すると簡単に前へ進んで行ってしまった。僕を置いていった。僕は、その女の子も僕と同じでずっと変われないと思っていた。それでいいと思っていた。でもその女の子は変わった。
自らの力で変わっていくその女の子がどうしても羨ましくて仕方がなかった。僕はその女の子自体に激しく嫉妬していた。気分が悪かった。

僕はそこでLINEをすぐにブロックした。

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