仕事を愛せるっていいなぁ。スタバの接客に思わず感動した話
ー惜春の折、スタバの店員さんにおもてなしの心を学んだ話ー
私は最近、専らコーヒーに夢中である。なぜなら、納期2ヶ月のエスプレッソマシンをようやく手に入れたからだ。エスプレッソマシンが我が家にやってきてからは毎日コーヒーの勉強に忙しい。
コーヒーとは大変奥深いものである。豆の種類だけでなく、豆の挽き具合やお湯の入れ方によっても味が変わる、気まぐれなネコのような飲み物だ。そういやネコの糞から採取されたコーヒー豆を使用する高級コーヒーもあるのだとか。なんとなくサラッと学んでみようと思ったが、その情報量の膨大さに圧倒される日々だ。
そんなアラサー会社員の私は、コーヒーチェーンにおいては王道のスターバックスが最も好きなのだが、今回はスターバックスでのハートフルな出来事を綴りたいと思う。
スターバックス、通称スタバは好き嫌いが分かれる店の代表格ではないだろうか。私を含め、アラサー女性はスタバのファンが多いが、私にはアンチスタバの同級生がいる。「スタバはやたら高いのに常に混んでるから嫌い」とのことだ。
彼女は1歳児の母だが、最寄り駅にあるスタバに通う(かもしれない)我が子の未来を想像しては毒を吐く。彼女の言い分は以下のとおりだ。
いとも簡単に描けてしまう未来予想図。彼女は、スタバの沼にハマりかねない我が子の将来を過度に不安視し、贅沢志向になってしまうのではと真剣に悩んでいるのだが、私はそれこそ贅沢な悩みじゃないかと笑えてしまう。言いたいことはなんとなく分からなくもないが、あまりにも先走って頭を抱える彼女の姿は非常に微笑ましい。
アンチスタバの人が、コーヒーを飲みながらノートPCで作業する人を「意識高い系」と揶揄しがちなのは有名だ。
私自身、スタバに限らず普段からWi-Fi環境が整ったコーヒーチェーンでエッセイを書いたり本を読んでいるから、いわゆる”意識高い系”に分類されているのだろう。念のため主張させていただくが、私は”意識高い系”を目指しているわけではなく、好きなように行動していたらたまたま”意識高い系”に属してしまっただけだ。私は”無意識の意識高い系”とでも名乗るべきか。ここに新しい名前が必要だ。
何にせよ、好きな場所で好きな時間を過ごすことに何の罪もない。私は周りの目を気にせず、心豊かにコーヒーを楽しむ。
余談だが、私の旦那は真逆の性格で、過剰に周りの目を気にするタイプだ。カタカナで書かれたメニューを読み上げることが恥ずかしいらしく、季節限定の華やかなネーミングのフラペチーノは絶対に頼まない、いや、頼めないのだ。そもそも彼は1人でスタバに入れない。もしやむを得ない状況で1人でスタバに入ったものなら、最もオーソドックスな「ドリップコーヒー」を小声で注文し、手にはびっしょり汗を握っていることだろう。
彼は1人行動が苦手で、”意識高い系”と思われることをやたら嫌がる。彼が1人で入れる店は、関西圏に展開するホリーズカフェとマクドナルドだけだ。それらの共通点は、①大衆的で、②ある程度広く、③店員の目が追い付かないほど客の出入りが激しい。この3大要素である。そんな私の旦那は”自意識高い系”とでも呼ぶべきか。ここにも新しい名前が必要だ。
1人行動好きの私は、そんな旦那をいつも嘲笑してマウントをとっている。私はとんでもないドジをやらかしまくって、日々旦那に支えられて生きている。旦那は常に計画的で、知的でもあり、特段欠点がない。だから、旦那の情けない部分を見つけるとつい嬉しくなってしまうのだ。(旦那へ、ごめんな。)
それにしても、やはりスタバのコーヒーは他のコーヒーチェーンと比較しても圧倒的に美味しいと思う。私の好きなメニューは「トリプルエスプレッソラテ」だ。私の旦那が絶対注文を躊躇うネーミングである。エスプレッソが通常の3倍量で、トールサイズのみで提供される。ここまでガツンと強めのコーヒー感を味わえるラテは、コーヒーチェーンではスタバだけだと思う。牛乳をアーモンドミルクに変更することも可能だ。後味にしっかりとアーモンドの風味を感じることができ、ナッツ好きにはたまらないだろう。
価格は550円。スタバは、読書やPC作業といった私のカフェの用途にもマッチしている。その居心地の良さや、他店にはないメニューを考慮すれば、それなりに妥当な価格だと思える。
一方、アンチスタバの意見も決して無視できないだろう。横文字だらけのメニューは正直取っつきにくい。純喫茶でシンプルに”コーヒー”を頼んでいる人にとっては、何と言って注文すれば良いのやら、分からないのも無理はない。価格も500円台〜といったところで、味にそこまでこだわりがない人にとっては、250円でアイスコーヒーが飲めるドトールなどの他のコーヒーチェーンのほうが魅力的だろう。次々と新作が登場し、季節や流行を追いかける企業イメージはあまりにもイケすぎているし、旦那のような素朴な人間がスタバに心理的ハードルを感じるのはいたって自然なことだ。
アンチスタバの同級生が言うように、我々アラサーは、学生時代スタバにお世話になった記憶は全くない。もしアラサーで「学生時代にスタバに通っていました」と主張する人がいるならば、間違いなくその人は”意識が高い”。揶揄するつもりはない。むしろ学生時代にスタバの魅力に気づけていたことは賞賛に値する。野暮で庶民の私は、学生時代スタバとまるっきり無縁だったのだ。最近のスタバでは、学生服のお客さんを散見する。新作フラペチーノを飲みながら談笑したり、黙々とテスト勉強をする学生もいる。我々の頃はスタバもスマホもなかったから、プリクラを撮ってマクドナルドやミスタードーナツでだらだらと過ごすのが定石だった。プリクラとやらが廃れつつある昨今、学生達の娯楽はスタバに移行されたのかもしれない。
外で飲むコーヒーももちろん好きだが、家で過ごす時間もより有意義にしたいなぁと思い、コーヒー好きの友人にあやかってエスプレッソマシンを購入した。そのエスプレッソマシンはやたらと人気が高く、2月後半に注文したにもかかわらず、自宅に届いたのはゴールデンウィーク明けのことだった。
コーヒー好きと言いながらもまだまだ無知な私は、ひとまずスタバに赴き、「エスプレッソロースト」という名前のコーヒー豆を購入した。その豆をチョイスした理由は単純明快、エスプレッソに適していそうな名前だったからだ。
当時、まだ自宅に豆を挽くミルを持ち合わせていなかったので、店員に豆を挽いてもらうように頼むと、「内容量は250gですが、全部挽きますか?それとも半分など、お好みの量を挽くことができますよ」と提案してくれた。全量挽くことも考えたが、近々ミルを購入するかもしれないなぁと思い、「半分だけお願いします」とオーダーした。
コーヒー豆の用途を聞かれ、エスプレッソマシンを購入した旨を伝えると、エスプレッソに最も適した細挽きにしてくれた。半分はコーヒー粉、半分は豆のままの状態で商品を受け取ると、「残りの半分もお好きな時にお持ちください。いつでも挽きますので。」と言ってくれたのだ。
私は行き届いたサービスに感銘を受けた。コーヒーに疎いくせに一丁前にエスプレッソマシンを所有しているわけの分からない客に対して、最も適切な挽き方を教えてくれて、その上残りの豆は開封済であっても後日挽いてくれるなんて。スタバ、素晴らしすぎるじゃないか。
翌日から、不慣れながらもエスプレッソマシンを扱い、日々コーヒーの探究に勤しんだ。我が家はスタバのコーヒー粉を消耗する頃に、近所のコーヒー店で新しい豆とミルを購入した。その店は焙煎したての超フレッシュな豆を置いている、ツウな店だ。ツウな店が取り扱うミルは間違いないだろうと、非常に安直な考えで購入に至った。だがこの判断は、ことエスプレッソにおいては間違っていたようだ。前述のとおり、エスプレッソには細挽きと言われる、粒の小さいコーヒー粉が適している。購入したミルは、固い豆だと中挽き程度にしかならず、エスプレッソマシンで抽出するとコーヒーの風味が薄くなってしまうのだ。なんだか小難しい話になってしまったが、特段重要でもないので割愛する。要約すると、購入したミルは我が家のエスプレッソマシンに不向きであり、やむなく買い替えなければならないという、苦い思いをしたのだ(コーヒーだけに)。
かくして自宅にある新しい豆やミルで理想的なエスプレッソを作ることができないことが判明したので、今日は本町のスタバに立ち寄り、前回購入した残りの豆をエスプレッソ向きの細挽きにしてもらうことにした。
昨日の豪雨が嘘のように空気が澄んでいる。今朝のニュースで気象予報士が「雨上がりの日はとくに紫外線に注意」と言っていた。私は清潔感が命のアラサー会社員だ。やれ日焼け止めだの、やれシミ取りだの、美白に関しては人一倍”意識高い系”だ。昨年は営業マン1年目で全国を駆け巡り、手の甲にシミができてしまったから、今年は絶対に日焼けをしたくない。日除けグローブをはめて、大きなハットをかぶってスタバまで行き、ほんのり汗をかきながら入店した。
対応してくれた店員さんは、「こちらにかけてお待ちください」と私をカウンター席へ案内してくれた。そして豆挽きに取り掛かる前に、小さな試飲用カップを私に差し出し、「豆挽きをお待ちの間、本日のアイスコーヒーをお召し上がりください」と言ってくれたのだ。
業務用のミルで豆を挽くのだから、作業時間なんて大したことはない。立って待ってても良いくらいの時間だし、豆挽きは無料だからそれ以上のサービスは何も期待していなかった。まさかコーヒーの試飲をいただけるなんて。このホスピタリティには物理的にも心理的にも脱帽だ。私は大きなハットを脱いで、酸味のきいたアイスコーヒーを一口頂いた。
店員さんは挽いた豆をカウンター越しではなく、わざわざ私の座る席の横まで持ち寄ってくれた。そして「お客様、新商品を1回分お付けしましたので、ぜひご自宅でお試しください」と言ってルワンダの豆も一緒に挽いてくれていたのだ。
繰り返すが、私は今日スタバで開封済みの豆を持ち込み、豆挽きをお願いしただけだ。スタバの無料サービスを利用しに来た、お金を生み出さない客である。にもかかわらず、店員さんは私にアイスコーヒーをもてなしてくれて、お試しの豆もつけてくれた。彼女は、豆だけを持ち込んだ私に対して、商品を購入した別のお客さんと同じ熱量のスマイルを見せてくれた。スタバの接客にはマニュアルがないと言われているが、これほどまでにおもてなしの心を感じることができたのは、今日対応してくれた店員さんがスタバを心から愛しているからだと思う。そして、過去にスタバの豆を選んで購入した私への感謝の思いを、彼女なりの形で伝えてくれたのだと感じた。
仕事を心から楽しんでいる彼女の姿は、とても輝かしかった。私自身もこれまで仕事にやりがいを見出して努力してきたつもりだが、彼女の姿勢は私のバックグラウンドを肯定してくれたように思えた。
只今、時刻は午後5時。シェアオフィスを出なければいけない時間だ。私は吸い込まれるようにスターバックス御堂筋本町店へ赴き、今このエッセイの終わりを綴っている。あれ、スタバでこんな内容の執筆をするなんて、言い逃れできない”意識高い系”ではないか?何にせよ、好きな場所で好きな時間を過ごすことに何の罪もない。私は周りの目を気にせず、心豊かにコーヒーを楽しむ。
お昼に対応してくれた彼女はもういないが、作業をしめくくるのにこの場所を選んだ理由は言うまでもない。