お客様は神様です
この世の中にある殆どの職種は、人間との関わり合いの上で成り立っている。人間との関わりイコール接客。接客とは癒しだと思う。丁寧な接客を受けてイラつく人はほとんどいないだろうし、優しい接客をされると、気分がよくなって嫌なことも忘れてしまう。逆にイライラしてるのにそっけない対応をされたり、逆切れされると、絶望を感じたり、全然関係のない人間に八つ当たりしてしまうこともあり得る。
私が経験した職種のほとんどは接客業だ。高校生の時初めて働くという経験をした時に就いたのが、スーパーのレジのアルバイトだった。そのころから一貫して、私はお客様にはいい気分になってもらいたいが一心で、笑顔プラス丁寧な対応を心掛けてきた。たとえアルバイトだろうが、そこで働いている限り、そこの顔なのだ。イラつく対応をしてしまえば、もうこんな所来るかという気にさせてしまうし、それが仮に全国チェーンとかだったらなおさらだ。接客業で無くとも、店や会社の名前を大きくのせた社用車が煽ってきたり、無謀運転をしているのを見ると心が痛む。ああ、あの人やっちゃてるよ。店の名前堂々と醸して、失態を犯しちゃってるよ。
私は仕事を二つ掛け持ちしているのだが、一つはバリバリの接客業、レストランのサーバーである。そこでこういうことが起きた。そのお客様はまあ、常連で、誰もがサーブしたくないお客様だ。こんな私でも出来れば関わりたくないと思わせるタイプのお客様だ。結局誰もサーブしないので、いつも私がつく。しかし、その日そのお客様が来店された時、たまたま私の休みの日で、ベテランのサーバーがサーブしたらしい。しかしそのサーバーも結構短気な人で、根はいい人間なんだが、態度が結構つっけんどんなので、そのお客様と大喧嘩してしまったのだ。挙句の果てには、もしそんなにここが嫌いなら、来なければいい、と言ってしまったんだと。もう火に油である。
そのお客様、注文がとにかく多い。あれを入れて、これを入れるな、から始まって、もうちょっとこれが欲しい、あれを頂戴。結構である。しかし、態度もでかいのだ。マゾモードにシフト変更して接客しないと心が折れそうである。注文ないなと思ってたら、今度は大声で汚い言葉をしゃべりながら小さなお客様のいる前で大声で電話したりする。あのピーッぶっ殺してやる!とか平気でしゃべる。赤面トーク真昼間から豪快にやられても、こっちは困るだけだ。そのお客様は、なんでこんなにいつもイライラしているのだろうか?なんで周りの関係ない人間まで不快にさせるのだろうか?そう思うとなんだかその人間がとても寂しく悲しい人間に思えてきて、なんでその人間はそうなってしまったんだろうか?とどうでもいいことを考えてしまう。毎日虐げられているんじゃないのか?もしかして売春婦とかでピンプに嫌な扱いを受けているとか?妄想してしまい、止まらなくなる。じゃあここにいる間だけでも私が癒してあげよう、そうなってしまう。
高校を卒業して、私は美容学校の通信科に籍を置き、美容室に就職しアシスタントをしておった。そこは繁華街に近く新店舗であった。当時珍しかったエクステンションもいち早く取り入れ、結構特殊なことにも対応していた。私の髪の毛もピンクだったり水色だったり、もう目まぐるしく変わっていた。夜の街が近いせいか、風俗嬢やホステスたちがよくセットしにやってきた。彼女たちの仕事も接客業だ。夜の蝶にふさわしく、みんな華やかさがあった。だが彼女たちは共通してみんなどこか寂しげで、近寄りがたいオーラをまとっている。そんなお客様たちの中で二人程印象に残っている女性がいた。二人ともえらく激しい人生を送ってきたらしい。毎日知りもしない人間の性の捌け口になっている彼女たち。彼女はそのみず知らぬ人間たちの癒しなのだ。ある意味究極の癒しであろう。そういう人間がこういう体を張った癒しを提供する事に疲れ切ってラーメン屋にやってきて、イライラを店員にぶつけても私はいいのではないかと思う。その店員がお客様を神様だと思うなら、イライラしているお客様を癒すことも可能かもしれない。イライラは伝染する。しかし、笑顔も伝染する。どうせなら笑顔を伝染させたい。その伝染した笑顔で、また頑張ろうと思えるかもしれないし、逆に空しくなってますますイライラが募るかもしれない。でも私は笑顔を振りまくことをやめないと思う。なんであの人はいつもあんなにニコニコしているの?バカなの?と嫌味を言う人もいるかもしれない。でもその理由は誰にもわからなくていい。私がニコニコしていられるのは、暗闇にいたことがあるから。死のうと思っていたことがあるから。世界は残酷で、良い事なんて何もないと思っていた事があったから。だから私と出会う、もしくはすれ違うだけの人間にも笑顔の説得力を知って欲しいからだ。笑顔は伝染するんですよ、お姉さん。だからあなたもちょっと笑ってみたら、何かみんな優しくしてくれると思いますよ?付け入ってくる人がいる?それはもう、訓練だと思いますよ。本能の訓練。そういう人間ってなんかオーラでわかりませんか?そんな感じで脳内完結して、私は抹茶ラテを飲みながら、ちょっと思ったより苦いなと顔をしかめておった。そしたらすれ違った兄ちゃんから、スマイル!世の中はいいこともあるよ!って言われた。不意を突かれたぜ。
とにかく、異国に住みもう十五年近く経つのだが、日本の接客、対応に勝るものはないといってもいい。里帰りを親子二人でした事があった。スーツケースにベビーカーそしてリュックの大荷物である。片手でスーツケースを引き、もう片方の手でベビーカーを押す。神の領域にいるような業である。そんな私を見て様々な場所でいろんな人間が手を差し伸べてくれるのだ。店員だけではなく、本当に一般人が手を差し伸べてくれるのだ。これにはもうすごく感動してしまって、日本に永住したいと心が揺らいだ程だ。どうか日本の皆様、この優しさ、思いやり、おもてなしの心を廃れさせないでください。これは、世界中に伝染します。接客の不評な国に住んでいますが、ここ数年で、店員の対応にも結構ハッとする事があります。優しい人、ケアしてくれる人が、十五年前に比べて増えたように感じます。同じくお客様も意地悪な人が減ってきました。これはもう、インターネットの普及と日本の神対応のおかげだと思います。だから土下座なんてさせないで!今度日本を訪れるとき、日本が変わっていない事を夢見て。あ゛ーもう6年も日本に帰ってない!