サディズムとマゾヒズム
私がついに書き終えた小説、「神々の嫉妬、無責任な母性」のテーマは母性と、サディズム・マゾヒズムだ。私は、殆どの物事に寛容だ。性的嗜好で理解出来ないのは、ペドフィリア、スカトロジーと、獣姦ぐらいだし、(ネクロフィリアは理解出来るが、したいとは思わない)地味に好奇心旺盛で、食わず嫌いはした事がない。知りたい事は率先して知ろうと思うし、気になる事は何が何でも食いつく。興味が無い事にはまるきり無頓着だが、目の前に出されたら、手を付けると思う。来るものは受け入れるし、去る者は追わない。(たまに追う)あえて恐怖に立ち向かうし、それを楽しむ。暗いものが大好きだし、精神的に病んでる人に惹かれる。美しくて、毒があるものが好きだし、みんなから嫌われるような人間に興味を持ったりする。あえて危険なものに手を突っ込もうとする。小さな頃から、思い込みが激しかったせいか、思ったことが現実になったり、夢が叶いやすかったり、欲しい物がすぐ手に入ったりした。
人間でよかったと思う。私でよかったと思う。もう一度生まれ変わったとしても、私として生まれ変わりたい。たとえその人生が今と同じようなものでも、私は嬉しいんだと思う。私を作ったすべての物事、人間、事件、食べ物、読み物、映画、音楽、流行、匂い、そんなもの全てが愛しい。今までの時間が、ポエティックな映像のように、少し美化されて私の脳内で再生される。そう、私の生きていた場所、空間って、私だけの思い出で、どんなふうにでも昇華できるんだ。それがちょっとダークなものだったって、ドラマティックなフィルターをかければ、たちまち美しい思い出になる。そんな風にして私は物語を作り上げる。
セクシャリティ・性的嗜好、それはいつ目覚めるのだろうか?私の育った八〇年代、九〇年代は、割と性に開放的で、テレビなんかで、女だらけの水泳大会とかいうけしからん番組が、夜のまだ子供が起きているであろう時間帯に放送されていた。それを何の躊躇もなく見る父親のいる家で育った。それを別に咎めるでもない母親が横にいた。性的な事に寛容で、開放的な両親のもとで育った私は、なんとなく性的な事に開放的になれなかった。恥ずかしい事だと思っていた。いつからそういう風に考えていたのかは、よく思い出せないけれど、性的な事に興味はあったが一歩踏み出すのに躊躇してしまう、そんな感じだった。
小学生のころ、小学何年生と言う類の雑誌の中で、スーパーヒーローものの読み物があった。フラッシュマンとか、パワーレンジャーとかそういう戦隊ものの写真に簡単な文章で物語が綴られている。物語の終盤いつも誰かがピンチに遭遇するのだが、私がすごく印象に残っている回は、髪の毛の長いヴィランにその髪の毛で首を絞められているスーパーヒーローが苦しんでいる、というものだった。なぜかそれがとても素敵に思えて、いつもスーパーヒーローごっこするときは率先して拘束された。そんな子供だった。
そしてもう一つ甘美な夢のような思い出がある。これも小学生の頃だと思う。近所の少し大きいお姉さんと目を瞑り、解剖セットに入っているナイフの刃を当てているか、当てていないかという不思議な遊びをやっていた。目を瞑り、ナイフの冷たい、もしかしたら皮膚が切れるのではないか?という恐怖にも似た感覚、それをなぜか私はドキドキしながらも楽しんでいた。
それに加えて、父の所有していたSM写真集の類をこっそりと読んでいたりした。それは美しく、意味の分からぬ恐怖で、同時に憧れでもあった。そういう風にして、人生の随分早い段階から私はサディズムとマゾヒズムに触れ合い、必然的に興味をそそられていったわけだ。
では私はサドとマゾどっちなのか?そう問われたら、とても困る。私はどっちも理解できるのだ。欲張りな私は、いつもどっちとも欲しいのだ。首を絞められたりするのはもちろん好きだけれど、苦しみに歪む心を許した人間の顔を見るのも好きだ。こっちの世界(BDSM)でそういう人間をスイッチと呼ぶらしい。
ほとんどの人間が、性的行為は気を許した人間としか行わないように、BDSMの世界では主従関係を結んだ相手か、パートナーと行う行為だ。私も、見ず知らずの相手に痛めつけられたら、何も愛情を感じないし、理不尽な感じさえする。逆に全く知らない人間に踏んでくださいと言われて、顔をゆがめられても、気持ち悪さしか感じないだろうと思う。愛情があるから、痛めつけたい、もしくは痛めつけられたいと思うのだ。かわいいと思えるのだ。そして心の内を知っている相手なら、自分の限界やNG行為が何なのかよく把握しているだろうし、安心して任せられる。
SMの世界でも、お国柄が現れるようで、日本はしっとりしている感じがあって趣がある。私の住む国ではポルノに規制があるらしく、痛めつけられているねーちゃん達は、痛そうな顔をしたらアウトなのだ。みんな笑顔な事が多い。なんか体育会系に感じてしまう。豪快で、スポーツの一環みたいな感じだ。やはり私は日本のしっとりした感じが好きだと思うが、こちらの女王様のお母さんぽさって好きだ。優しい女王様にお尻ペンペンとかされてみたい!マゾってこの世で一番我儘な生き物だと思う。それをはいはい、いですよって、痛めつけてくれる人間ってやはり実は一番マゾなんじゃないかと、精神的に。
サディズムのもとになっている、マルキ・ド・サドの小説はいくつか読んだことがあるが、昔の物なので、良さそうな所が省かれているのだ。しかし、彼の小説を読む限り、彼もまたスイッチだったのではないのか?と思えてしまう。しかも相当の女好きである。困ったもんだ。それをしっかりと支えてきた彼の妻は本当にすごい人間だったのだと思う。あんなに女遊びをしていたサドが投獄中、彼に友達との関係を疑われた彼女は潔白を示すために修道院へ入ってしまう。
いつの世にも自らを犠牲にし、男に尽くすという女はある一定数存在するが、どういう境地でそういうことができるのであろうか?今の私には全くもって謎であるが、一種母親のような感覚なのだろうか?しかしそれでもないような気がする。私はめんどくさがり屋なので、尽くすことはできない。自分の好きな事をやりたい。それが奪われるなら、そんな人間とは一緒にいたくない。逆に尽くされることも苦手だ。なんというか、心が疲れてしまう。何か申し訳なくなるし、相手も何かを求めているのではなかろうかと思ってしまう。まったくもって、めんどくさい人間だ、私は。
何度か「神々の嫉妬、無責任な母性」の中で書いているように、SMの世界において究極のプレイとは、愛奴を死に至らしめてしまうこと、もしくは主の死による理不尽な、永遠の置き去りではないかと思う。大切な者の死はどんな人間にとっても衝撃であるし、そこには永遠という越えられない壁がある。死後の世界が存在する保証はないし、死んだら生まれ変わるのだとしたら、三途の川で先祖が迎えに来てくれるのは矛盾していないか?だから、死んでしまった人間とはもう永遠に会えない気がしてならない。ただ心の中で思い出として生き続ける、それが一種の精神的交流なんだろう。その人を思えば、私の中にあるその人の魂が動く。それは私の一部で、完全なその人ではないけれど、その人のようなものだ。それを思い出と呼ぶ。私が死んでしまえば、その人の思い出も一緒に滅びてしまう。その人の思い出話を聞いていた私の子供たちの中で、また少し違ったその人の魂が生き続ける。
精神的呪縛。それもある意味SMの世界に於いて重要な役割を示していると思う。私の精神的呪縛は母からのものだった。母と娘。母の言うことは絶対だと信じてやまなかった。母は、魔法使いとか魔女とかなのではと思えるくらい、正しかった。でも一人暮らしをして初めて、母も人間だったのだと徐々に気付くのだ。母の呪縛から逃れられない世の中の女の子たちは、一人暮らしをしてみれば、世界が変わって見えるかもしれない。つらかったし、怖かった。でも私、という人間に初めて出会えた気がした。私はパートナーに精神的繋がりは求めても、呪縛は望まない。私が仮に今突然死んだとしても、ちゃんと生き抜いてほしいし、精神的に自立してほしい。一方呪縛されると、パートナーの死により、自分も死を選んでしまうかもしれないし、精神的に立ち直れなくなるかもしれない。空っぽになってしまうのだ。だから呪縛は本当に恐ろしい行為だと思う。
最後に、余談だが私の亡き父は相当のエロ雑誌好きで、様々な写真集を置き去りにして死んでいった。中にはエマニュエル夫人の写真集のような貴重なものもあったが、皆さんいつ死ぬかわからないので、周辺整理は常日頃きちんとしておきましょう。