3分で読める超短編小説17 『五階と十階のあいだ 垂直と円環の物語』
はじめに
この短編小説は僕の書いた原文を元にChatGTPとClaudeに加筆修正してもらい、さらに僕自身が加筆修正をして完成したものです。文体と作風は村上春樹というプロンプトを入れました「僕 x ChatGPT/Claude x 村上春樹の文体・作風」を楽しんでいただけると嬉しいです。
『五階と十階のあいだ 垂直と円環の物語』
イギリスの大学に留学していたとき、夕食はいつも彼女が作ってくれた。
その頃の僕の記憶は、まるでモノクロフィルムの中の一場面のように、どこか距離を置いて見ることができる。でも、彼女の作る夕食の匂いだけは、肌に感じるぬくもりのように距離感なしに鮮やかに蘇ってくる。そして、その匂いは、時として、意識の表層と深層の境界線を、まるで線香花火のように照らし出す。
その大学はローマ時代の遺跡が残る古い街の外れにあった。キャンパスは田園の中に突然広がっていた。夜になると、街灯の光が霧の中に溶け込んで、オレンジ色の幻想的な空間を作り出す。その光は、誰かの記憶の断片のように、どこか懐かしく、でも決して手の届かない場所にあった。僕はよく、寮の大きな窓からその光景を眺めながら考えていた。人は何かを失うことなしに、本当の意味で何かを得ることができるのだろうか、と。
当時の僕は英文学の研究に没頭しているように見えたかもしれない。でも、実際には、英語で書かれた小説や詩の中の言葉の向こう側にある何かを探していただけだったような気がする。それは、霧の中に溶けた街灯の光のように、確かに存在するけれど、手の届かないメロディのようだった。
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彼女は僕と同じ大学からの交換留学生で、留学前の英語研修で顔見知りになった。キャンパスには15階建ての寮が6棟あり、僕たちはたまたま同じ棟のエディントンに住むことになった(寮の名称には、大学の関係者で業績を残した人の名前が使われていた)。僕は5階、彼女は10階。僕たちの関係と同じように垂直の位置関係だった。
スーパーやレストランがある街に行くには車かバスが必要だったから、寮に住んで勉強に追われている交換留学生の多くは自炊を選んでいた。成り行きは忘れてしまったけれど、いつしか彼女と僕は一緒に夕食を取るようになっていた。彼女は言語学、僕は英文学を専攻していたが、慣れない海外生活と学業のプレッシャーで、僕たちは互いを必要としていた。英語が主流の環境の中で、日本食を味わいながら日本語を話せる空間と時間は憩いのひと時だった。
エレベーターで10階に上がるたびに、僕は微かな期待感を抱いていた。それは、コンサートの開演直前の緊張感に似ていた。ドアが開くと、懐かしい日本食の香りが異国の空気を静かに押しのけて、漂ってきた。
僕は料理が全くダメだったし、正直言えば、興味すらなかったが、彼女は違った。包丁を持つその手つきには確かな技術と穏やかなリズムがあった。まるで、言葉にならない何かを料理で表現しようとしているかのようだった。
週末以外は彼女が料理を作り、僕たちはそれを食べ、僕が片付けた。彼女にとっては、大学生の子供が突然1人できたようなものだったと思う。毎日献立を考えて、食材を調達して料理する。それは大きな負担だったはずだが、彼女は静かに笑って「いいのよ」と言った。僕も彼女の笑顔と言葉に甘えていた。
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冬休みには彼女とドーバー海峡を渡ってフランスに入り、スペインまで旅行した。学生でお金もなかったし、お互いに付き合っている人が日本にいたから奇妙な信頼感と安心感があり、自然な感じで一つの部屋に宿泊した。同い年の兄妹(姉弟)が旅行している感じだ。それでも、彼女がシャワーを浴びている時は僕は部屋の外に出て待っていた。
クリスマスはスペインのトレドにいた。街灯がゆるい光を投げかけ、通りにはクリスマスを祝う家族たちの笑い声が響いていた。家族から遠く離れている僕たちは、安宿の一室で、互いに小さなプレゼントを交換した。交換しようと約束したわけでもないのに、お互いにいつの間にか購入していたのだ。その静かな時間は僕たちの間にある「つながり」を象徴していたのかもしれない。
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留学が終わり、日本に戻り、それぞれの人生が始まった(もっとも、最初からそれぞれだったが)。僕たちはお互いの結婚式にも出席したし、僕が仕事で海外に派遣された時には、グランドスタッフとして航空会社に勤務していた彼女が僕の搭乗手続きをしてくれた。その時、数年ぶりに会った彼女が「ビジネスクラスにアップグレードしておいたよ」とウインクしてくれた。
彼女と会ったのはそれが最後だった。仕事の関係で沖縄に引っ越したと手紙で知らせてくれたが、いつの頃からか音信不通になった。そして、僕がニュージーランドに移住して20年以上が過ぎた。その間、時折、インターネットで検索してみても、何の手がかりも得られなかった。
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ある日、思いがけない偶然が僕を彼女につなげた。ニュージーランドに仕事で滞在中の日本人と話をしていた時のことだった。沖縄に拠点を置き、ニュージーランドに進出しているビジネスマンの話題となった。その苗字を聞いた時、心の中に微かな光が灯った。すっかり忘れていたが、それは彼女の夫の名前だったのだ。
僕はその会社を調べ、しばらく迷った後で、思い切って国際電話をかけた。彼は不在で、電話に出たのは彼の秘書だった。「社長の奥様と連絡を取りたいんですけど」と戸惑いながら伝えると、秘書は怪訝そうな声で、彼にメッセージを残してくれると言った。
数日後、彼女からの電話を受けた。午後3時を少し回った頃だった。外では冷たい雨が降っていて、古びた雨樋を伝う水の音が、どこか懐かしい記憶を呼び起こすようだった。受話器の向こうの彼女の声は、まるで時間が止まっていたかのように、あの頃と変わらなかった。
「私たちの物語、まだ終わっていなかったみたいね」
彼女はそう言って、ふっと笑った。その後に訪れた沈黙は、満月の夜に広がる雲の切れ間のような、豊かな余白を持っていた。まるで、誰かが古い図書館で一冊の本を静かに閉じた後の空気のように。
その沈黙の中で、僕は何かを悟った気がした。意識の表層と深層が交わる境界線上の、かすかな振動。それは、手の届かない場所にあるが、古い写真の中の微笑みのように確かなものだ。彼女と僕は、時間のない場所で、ずっと出会い続けていたのだろう。
霧の深い夜になると、僕はよく考える。人生とは結局のところ、失うことと得ることが同じ意味を持つ不思議な円環なのかもしれない。それは遠い森の中で見かける迷子の鳥のように、突然現れては消えていく。でも確かにそこにいる。そんな夜に限って、僕は不思議な夢を見る。誰かの記憶の中の風鈴が、僕の心の中でかすかに鳴っている。その音色は、古い街並みの街灯の光のように、静かに、でも確かに、永遠に消えることはないのだろう。
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