英首相を辞任へ追い込んだ、国家の恥とも言えるスキャンダル:パーティーゲート。改めて見ると怒りすら湧いてくるドキュドラマ、その名も『パーティーゲート』。
「パーティーゲート」という言葉をご存じだろうか?
もう正直思い出したくもないが、Covid-19が猛威を振るっていた2020~21年、イギリスは3度のロックダウンを経験、在住者はステイホームを余儀なくされた。ところが実はその間、首相官邸を含むNo10にて、ジョンソン氏の側近たちや官邸スタッフなどが、複数のパーティーを開催。内部告発により、それらの詳細が明るみに出たという政治スキャンダルだ。
チャンネル4のドキュドラマ(ドキュメンタリー+ドラマ)、その名も『パーティーゲート』が良かった。スー・グレイ報告書(※)を元に制作されたこの番組は、ボリス・ジョンソンが首相だった2020年、彼の顧問チームが、Covid-19のロックダウン中、英国にとって過酷な1年の間、パーティーに次ぐパーティーを開いていた様子が詳細に描いており、ジョンソン氏が国民に自宅にとどまるように再三呼び掛けていたにも関わらず、ダウニング・ストリートのナンバー10のドアの向こうで何が起きていたかを暴くことを目的としている。(※スー・グレイは、証拠となるビデオが流出した後、当件の調査を担当した内閣府第二次事務次官)
冒頭にドキュドラマと書いたが、まずドラマの部分を説明すると、主人公であるグレースはイギリス北部ダーリントンの出身。熱心な離脱派で、ブレクシット・キャンペーンにおけるジョンソン氏の演説に感銘を受け、積極的に首相を支持。その経験が高じて、首相官邸で働くことになる。つまり、グレースはこのパーティーゲートが起こっていたまさにロックダウン中、No10の中にいた訳だ。事件が明るみに出たあと、グレースがその内容に関してインタビューを受けており、その回想シーンがドラマ化されている。
まずはこのドラマの部分をもとに、コロナ対策として英政府が掲げた規律やルールとともに、ダウニング・ストリートの中で起こったことを時系列に見てみよう。太字部分は、番組で明記された証拠とその出処である。
2020年初め、コロナウィルスがヨーロッパ中に急速に拡大、イタリアや北欧を含む欧州各国がロックダウンに突入する。当時首相だったボリス・ジョンソンは、当初イギリスはロックダウンをしない、とコメントしながらも、ウィルスの拡大にはあがらえず、3月23日、最初のロックダウンを宣言する。「もし、このルールに従えないのなら、警察が取り締まりにやってきます。そして罰金を課し、集まりは解散を強いられます」と念を押す。
5月15日:首相官邸の庭で、スタッフたちがワインを片手に歓談している。グレースは、「この集まりは”会議”なの?」と、自称ジョンソン氏の”乳母”という首相の秘書を務める、経験豊富な先輩アナベルに訊く。アナベルは「ええ、、そうね。今は飲んでるけど」とだけ言い、居心地悪そうにグレースの元を去る。
5月20日(パーティーNo1):首相首席秘書官マーティン・レイノルズが「”オーガナイズするべきことを議論する”ために、本日6時より、庭で社会的距離を保った飲み会を開催します。飲み物持参でご参加ください(グレイ報告書P11)」という連絡をメールにて送信する。「ドリンク用のテーブルも用意しておいてください(下院調査委員会)」。「ただ、その時間帯、ちょうど記者会見が終わる時間ですので、記者やカメラマンが退出することを念頭に置き、ワインボトルなどを持ち歩く際には、人目につかないようくれぐれも注意してください(グレイ報告書P11)」。アナベルとグレースは、ウェストミンスター近くのテスコでワインやシャンパンを大量に買い込む。グレース「パーティーを開くの?」。アナベル「いいえ、社会的距離を保った飲み会よ」。飲み物を買うときは、スーツケースを持っていくように(Partygate: The Inside Story)。招待されたのは官邸関係者を含む200人。首相官邸の庭に大勢の人たちが集まり、アルコールを片手に談笑している。ジョンソン首相の姿も見える。
6月18日(パーティーNo2):再びレイノルズ氏の呼びかけでパーティー開催(グレイ報告書P14)。倫理担当局長であるヘレン・マクナマラはカラオケ・マシーンを用意した(グレイ報告書P15)。カラオケでパーティーは大いに盛り上がる。官邸の警備室で、その様子を映した監視モニターを心配そうに見つめる警備員の男性。酔ったスタッフ二人による口論があった。酔っぱらって吐く者が一人いた(グレイ報告書P16)。
翌日、散らかったキャビネット・ルームに呼ばれ、公務課のボス、マーク・シドウェルから、お叱りを受けるスタッフ。グレースは、スタッフのひとりに「What Happens No10, Stays in No10.(No10の中で起こったことは、No10の外に出ることはない)」と念を押される。
6月19日(パーティーNo3):特別政治顧問クレオ・ワトソン「今日は首相の誕生日ですので、キャビネット・ルームでサンドイッチとケーキの会を催します。是非ご参加を」(グレイ報告書P17)。再びウェストミンスター近くのテスコ。グレースとアナベルはサンドイッチとともに大量のアルコールを購入する。「今日もパーティーなの?」と訊くグレースに、「違うわよ。首相の誕生日だから、ワーキング・ランチよ」と答えるアナベル。バースデー・ランチで首相は官邸スタッフに感謝の意を込めコメント。スタッフたちはハッピー・バースデーを歌い、祝杯を挙げる。
7月4日:スーパー・サタデー。ロックダウンNo1の解除。
10月31日:感染率と死亡率の上昇により、ジョンソン首相は2度目のロックダウンを宣言(11月5日からロックダウンNo2が開始)。
11月13日(パーティーNo4):リー・ケイン広報部長の退職パーティー。官邸内でグラスを片手に首相の挨拶を聞くスタッフたちは、「これは、英国で最も社会的距離のないの集まりだ、笑(下院調査委員会)」という首相のコメントに大笑いする。挨拶を終えた首相は階上へ。キャリー・ジョンソン夫人の待つ部屋では別のパーティーが催されている(パーティーNo5)。
官邸の警備室では、警備員のマイケル・ポート氏が、日々行われるパーティーに関して、懸念を示す文書を提出する。
11月26日(パーティーNo6):クレオ・ワトソンの退職パーティー。
12月11日:ワイン用冷蔵庫がこっそり官邸内に持ち込まれる(デイリー・ミラー)
「金曜日のチーズをそこに入れておこう。冷えたWTFを楽しみにしています(グレイ報告書P30)」。”WTF”とはWine Time Fridaysの略で、ダウニング・ストリートのカレンダーに組み込まれるようになった。会議中であるにも関わらず、金曜日には夕方になるとボトルを開ける習慣が定着する。さらに、以下のような招待状がスタッフ間で取り交わされるようになる。
「チームのみなさん。プレスオフィス主催のシークレットサンタに参加しませんか?(グレイ報告書P30)」。「12月18日、チーズと(たくさんの)ワインとともにプレゼント交換をしましょう(グレイ報告書P30)」
「ウェルビーイング担当が15日にクリスマス・クイズ大会を催します。(グレイ報告書P22)」。
12月15日(パーティーNo7):クリスマス・クイズ大会当日。首相も出席している。
首相はクリスマスには規制を緩和したいと考えていた。しかし新たな変異種の登場により、死者数は増えていた。
12月17日:スタッフの一人が、二日酔いの薬を飲みながら、一般市民からの質問にメールで回答をしている。「仕事納めの日に、スタッフ・メンバーのみのパーティーを開くことはできますか?」。「仕事場という例外の場所であっても、クリスマス・ランチやパーティーを開くことは許されていません(政府機関の公式ツイッター・フィード)」。
12月17日:この日は3つのパーティーが催された。
(パーティーNo8):スティーヴ・ハイアムの退職パーティー
(パーティーNo9):市民課のボス、サイモン・ケイス主催のクイズナイト
(パーティーNo10):COVID対策本部長、ケイト・ジョセフが自身の退職飲み会に「その意図は、一方通行システムやソーシャルディスタンスの取り方、その他の予防的措置を守ることによって、ガイダンスに従うことを目的としています(グレイ報告書P28)」という言葉を添えて40人を招待。(ソーシャルディスタンス)は行われていなかった。ピザを注文する人もいた」(グレイ報告書P28)。
12月17日(パーティーNo11):クリスマス・プライズ・ギビング(表彰式)。シャンパンを片手に踊り狂うスタッフたち。しかし誰かが間違えてパニック・アラームを押してしまい、当直の警備員が到着する(グレイ報告書 P28)。警備員を無理やりダンスに誘うスタッフ。「警備員や清掃員に対する敬意が欠如し、彼らが粗末に扱われていることが何度かあったと感じていました(グレイ報告書P30)」。アラームに対応して警察官が到着(グレイ報告書P31)。
スー・グレイはその後どうなったかを語っていないので、警察官が何をしたのか、何を言われたのかは分からないが、国会議員と外交官保護ユニットの警官は、ロックダウン中、24時間体制でダウニング・ストリートにいた。そしてダウニング・ストリートの室内には監視カメラが設置されており、スー・グレイが警察に渡した証拠として、様々なパーティーからの写真、300枚以上をがあったと言われている。
このパーティーは6時間以上も続いた。赤ワインをこぼすも者もいた(グレイ報告書P32)。
12月19日:ジョンソン首相はクリスマスのキャンセルを宣言。
12月22日:広報部のアレグラ・スタットンは、記者会見本番に備えて、同僚の前で模擬リハーサルをする。「金曜日にダウニング・ストリートでクリスマスパーティーがあったということですが、これについて何か知っていることはありますか?」という予想質問に、笑いながらふざけて「なんて答えるのがベストなの?パーティーじゃなくて、チーズとワインの今宵だったら大丈夫?これって今録画してるの?フィクションのビジネス・ミーティング(笑)しかも、社会的距離も保ってないし(笑)」。
2021年1月4日:70%以上の感染力をもつ新しい変異株の急速な蔓延により、ジョンソン首相は3度目のロックダウンをアナウンスする。
1月14日(パーティーNo12):度重なるパーティーに疑問と疲れを感じたグレースにアナベルは言う。「お酒を飲んでもいいのよ。私たちには気晴らしが必要でしょ?毎日ここにいて、汗水たらして働いているんだから。恩着せがましい言い方はしたくないけど、人には境界線が必要なの。そして彼らは境界線によく反応する。その境界線を与えるのが私たちの仕事なのよ。ルールを作るのは私たちの仕事だけど、そのルールに従うのは私たちではないの。だって現実的ではないでしょう?」。
4月9日:プリンス・フィリップ死去。
4月16日:フィリップ殿下の国葬の前日、2つのパーティーが行われる。
(パーティーNo13):上階ではジェームス・スラックの退職パーティー。
(パーティーNo14):地下では首相の事業本部長、シェリー・ウィリアムス=ウォーカーがDJセットパーティーを開催。スー・グレイ報告書には記載がないが、ダウニング・ストリートではDJ.SWWと呼ばれ、音楽を担当。本人はコメントを出していない。盛り上がったカップルは、お互いに触ったり抱き合ったりしていた(Partygate: The Inside Story)。
あまりにも室内に密集しているため、心配した警備員はスタッフたちに外に出るように促す。彼らは、庭でも飲み続けるが、ふざけてスタッフの一人は首相の息子用の幼児ブランコに乗り、壊してしまう(デイリー・テレグラフ)。
スー・グレイ報告書には記載がないが、No10でロックダウン・パーティー中に性行為を行ったスタッフメンバーがいた(ザ・タイムス)ことは広く伝えられている。
アナベルはグレースにLeaky Hugh (密告屋ヒュー)のことを話す。「忠誠心がなかったせいで辞めなきゃいけなくなったの。間違ったジャーナリストと話す人間は、ここでは二度と働けなくなるの。もし逆らえば、代償を払わされるだけ」。グレースは「No10の中で起こったことは、No10の外に出ることはない」と理解を示すが、「なぜなら、私たちの誰かが話せば、人々は私たちの正体を見抜くだろうし、 私たちがただ彼らを馬鹿にしているだけだと気づくから。実際にルールに従う人々は、同じルールが私たちのような、実際にはあなたのような人々には適用されないのだということを見抜くだろうし、そうすれば、おそらく彼らはなぜそうなのかと不思議に思うだろうから」と告げてアナベルの元を去る。
グレースは、ジャーナリストの質問に答えている。
「これらのパーティーに関する事実がどのようにして暴露されたのかを知ってますか?」。グレースは「私はもうNo10では働いていません。それ以上何も言うことはありません」とだけ答える。
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ドラマは以上で、スー・グレイ報告書やメディアの報道をもとに作られた再現ドラマとはいえ、本当にこのようなことがダウニング・ストリートで行われていたのかと思うと腸が煮えくり返る思いだ。しかし、この番組で人々の心を乱すのは、実はドキュメンタリーの方だ。上に挙げたパーティー(ドラマ)の間あいだに、首相や担当顧問の記者会見、逼迫した病院の様子や感染者数と死者数を連日放送するメディア、さらに、そのときに市民たちがどのような規制にさらされていたか、実際の映像を織り交ぜている。当然ながら、当時私自身も毎日ニュースで伝えられる報道を観ていたし、ロックダウンに入れば落ち込み、規制が緩まれば、できるだけ人に会うことを望んだものだった。
だが、観ていて一番心に突き刺さったのは、No10でパーティーが行われていたまさにその日に、政府が決めた規制、破れないと思っていたルールによって台無しにされた、特別な日を希望通りに遅れなかった人たちのインタビューだ。
15歳でこの世を去ったルビーは、小児がんが再発した際、親戚や友人と最後のお別れをすることを家族が提案したにも関わらず「ルールには理由があってのことだから」と頑なに拒否し、Zoomでお別れをして亡くなった。まさにNo10でガーデンパーティーが行われていたその日だった。また、官邸でボリス・ジョンソンのバースデー・パーティーが行われていたその日、元英国陸軍ベテランのアルフレッドは、100歳のバースデー・パーティーを計画していたものの、キャンセルを余儀なくされた。彼は前庭に置いた椅子に一人で座り、社会的距離をとった場所から、人々が祝辞を述べるのを受け、バグパイプの演奏を聴いた。さらに、父親を亡くした息子が、その葬儀にて、母親を慰めようと2メートル離れた椅子を動かし傍らに移動したところ、葬儀場のスタッフに慌てて椅子を戻すよう、注意を受ける動画もあった。
また、ある男性は、仕事から戻ると自宅の庭に警察がおり、姪が庭の離れ小屋に友人たちを招いていたため、£14,300(約260万円)の罰金を課された。「そんな大金、今まで生きてきて見たこともないし、もっと悪いことには、3か月の禁固刑もありうると言われた」と声を震わせた。その最中もNo10ではパーティーが行われていた。
ドラマの方に話を戻すと、ここにはもう一つ重要なポイントが描かれている。実はメインキャラクターのグレースとアナベルは架空の人物なのだが、かれらは、実際にいるスタッフ(達)をモデルに作成したキャラクターである。冒頭で述べたように、グレースは、英北東部ダーリントン出身で、祖父は製鉄所で働いていた。片やアナベルを含むNo10のスタッフたちは、そのほとんどが、イートン、ウェストミンスター、オックスフォード...のエリート出身。私立校出身でない唯一のスタッフであるグレースは、この場に溶け込むのに苦労していた。グレースが働き始めのころ、アナベルはグレースに、誰の紹介で?と訊く。「誰の紹介でもない」と答えると、アナベルは「誰も知らないでどうやってNo10にいるわけ?」といぶかしがる。そして、クリスマス・キャンセルの話が持ち上がった際、「クリスマスは実家に帰るの?」と訊かれたグレースが「両親に移すといけないから、帰らないと思う」と答えると、他のスタッフは「うちの実家は豪邸だからその心配はないわ」と笑い飛ばす。つまり、このドラマで最も吐き気を催すのは、ナンバー10の特権階級ぶりが描かれていることだ。恵まれた中産階級出身の者たちがなんの苦労もせず、紹介と言う世襲制にのっとってNo10に入り込む。ところどことに出てくる"People like us(私たちのような人間)"という表現は、一般市民とは一線を画した、特別な私たちという意味だ。「ルールを作るのは私たちの仕事だけど、そのルールに従うのは私たちではない」。このセリフがすべてを物語っている。
では、誰がどのようにしてNo10パーティーの内部告発をしたのか。実はまだこれは明らかにされていない。しかし、このドラマでは、グレースがアレグラ・ストラットンの模擬記者会見のビデオをフラッシュドライブにコピーする様子が映し出されている。これは典型的な良心的内部告発者の行動だが、彼女がキャリアを危険にさらしてこのような行動に出たことは、最後のセリフ、「私はもうNo10では働いていません」が表している。
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パーティーゲート・スキャンダルに関しては、連日TVや新聞などのメディアが報道していたこともあり、この番組には何ら新しい情報はないのだが、このように、報告書に基づいた再現ドラマと実際の映像とを交ぜて観ると、ことの重大さがいまさらのようによみがえってくる。実は私たち家族は、2021年の夏にマヨルカに旅行した際、帰りの飛行機の中から感染者が出たとかで、track and trace に引っ掛かった。あの当時はホリデー最終日に、チェックアウトとともに滞在したホテルでテストを受け(有料)、陰性だった者だけが、ホテルから出ることができるというシステムだった(実際、陽性者のための隔離ルームというのがホテル内に用意されていた)。家族全員陰性だったので、安心して飛行機に乗ったものの、イギリスにもどって3日目に、「これから5日間、家族全員自宅から一歩も出てはいけない」という連絡を受けた。幸い(?)連絡がメッセージで来た前日に冷蔵庫をパンパンにしていたので、食料はなんとか乗り切ったが、あの5日間は本当にキツかった。しかし、家族や親せき、友人が亡くなった人たち、多額の罰金を課せられた人たちからすると、No10のドアの向こうで行われていたことは、到底許せる訳もなく、皆が口を揃えて、「知っていたら、従わなかった」と言っている。この事件は最終的にジョンソン政権を崩壊させたが、そこが問題ではないと思う。おそらく、このようなスキャンダルが出た今、もしまた何らかのパンデミックが国中を襲ったとしても、恐らく国民はもう政府の課する指示やルールには従わないであろう。我々は彼らが特別な存在であるとは微塵も思っていないのだから。
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模擬質疑応答でパーティーの存在をごまかそうとしたアレグラ・スタットンの動画はこちら。のちに、スタットンは涙ながらに謝罪を公表。ジョンソン政権の広報担当を辞職した。
『パーティーゲート』の公式トレイラーはこちら。