白人富裕層への痛烈な皮肉をブラックユーモアたっぷりに描いたドラマ『The White Lotus』。マウイ島へ1週間のホリデーに訪れたスーパーリッチ達の驚くべき行動とは?
ハワイの空港。出発ロビーで搭乗を待つ男。フレンドリーな老夫婦に「ハワイへは何をしに?」と話しかけられて、「ハネムーンで」と答えるも妻らしき女性は見当たらない。「どこに滞在したの?」と訊かれ、「The White Lotus」と答える。一瞬凍り付く老夫婦。「あそこのホテルでは人が死んだって聞いたけど本当なの?」。男はイラついたように「悪気はないんだが、ほっといてくれないか」と叫び席を立つ。窓の外には搭乗予定の飛行機が待機している。そして今まさに機内に運び込まれようとしているのは「Human Remains」と書かれた、死体の入った箱だった。
このように始まったのは、HBOドラマ『The White Lotus』。この時点で、私たち視聴者はまだ見ぬ登場人物の誰かが死亡するのだということを知らされる。
時は遡って1週間前。
1隻のボートがハワイのラグジュアリアスなリゾートへ到着する。乗客はいわゆる「スーパーリッチ」と呼ばれる人たち、全員が裕福な白人だ。ボートから浜辺に降り立つ彼らを迎えるのは、マネージャーのアルモンド、スパ&ウェルネス担当のベリンダ、そしてこの日が仕事初日のラニを含む「The White Lotus」のスタッフ。こちらはハワイの現地人含め、明らかに人種のダイヴァーシティが見れる。満面の笑みで客を迎えるアルモンドはトレイニーのラニに「心を込めて手を振って」と指導する。アルモンドは続ける。「ここではゲストは欲しいものは何でも手に入れることが出来る。ただ、彼らは自分が欲しいものが何なのか分かっちゃいないのさ。特別待遇。それが彼らの必要としているものなんだよ」。
到着したゲストを迎える、リゾートマネージャーのアルモンドと新人のラニ。
移動用のボートには3組の客が乗船している。
1組は、モスバッチャー・ファミリー。家族旅行。マークとニコール夫妻とその子供達、オリヴィアとクイン。そしてオリヴィアの親友ポーラの5人。
2組目は、シェインとレイチェル・パットン。ハネムーン。
3人目は、タニヤ・マクオッド。個人旅行者。
この3組のゲストはWhite Lotus ホテルで、どのような行動を繰り広げるのだろうか。
ネタバレあります。
《モスバッチャー・ファミリー》
マークとニコールは結婚22年目のミッドライフ・クライシス夫婦。
ニコールはテクノロジー会社のCEOで自ら富を築いた女性。マークは典型的ベータ・メールで、常に子供のことを心配している。長女オリヴィアは大学生2年生。アッパーミドルクラスの自分の家族のことを冷笑的に見ており、自分はリベラルな反逆者だと思っている。長男クイン、16歳。携帯に、iPadにニンテンドー。スクリーンばかりを観て過ごすティーネージャー。そのせいか社交スキルに絶望的に欠けている。ポーラはオリヴィアの大学の同級生。
オリヴィアと'親友'ポーラ。ドラマでは読書シーンが多いが実際には本など読んでいない。ちなみに彼らの手元にある本は、ニーチェやフロイド、フランツ・ファノン。
片時もディヴァイスを離さないクイン。マークは一緒にスキューバダイビングの講習を受けよう、とクインを説得する。
マークは自分が睾丸癌を患っていると信じている。ホリデー前に検査を受けたものの、現在は結果待ちの状態。実はマークは父親を癌で亡くしており、その時自身が現在のクインの年齢だったことから、このホリデーではできるだけ息子といろいろな時間を過ごそうと計画する。翌日検査結果が出たが、癌ではなかった。狂喜のあまり小躍りするマーク。「ところでお父さんは何の癌だったの?」とニコールに尋ねられ、実は何の癌だったか知らなかったマークは伯父に電話し確認する。しかしそこから分かったことは、父親は癌ではなくエイズで亡くなったという事だった。父親は家庭を持ちながらも、ホモセクシャルな面も持っていたというのだ。想像だにしなかった父親の別の顔を知ってしまい、ひどく動揺するマーク。
《シェイン&レイチェル・パットン》
自分たちが予約したはずのパイナップル・スイートが与えられず、怒り心頭のシェイン。ホテルのマネージャー、アルモンドに何度も確認させ、「自分たちが(実際は母親が)払った部屋を与えるべきだ!」と文句を言うが、パイナップル・スイートには別のハネムーン客が既に宿泊しているため、どうすることもできない。新妻レイチェルは「今のスイートでも十分素敵よ。文句を言うのは止めて、ハネムーンを楽しみましょう」と諭し、一旦はシェインも同意し、せっかくのハネムーン自体を台無しにしないためにも部屋にはこだわらないと約束するが、アルモンドを見るたびに、文句を言ってしまう。そして、どうしてもパイナップル・スイートが欲しいシェインは、ホテルを予約をした母親に電話を入れ、母親を通してホテル側に何とかするように要求する。
《タニヤ・マクオッド》
亡くなった母親の遺灰を海に撒くためにやってきた傷心旅行。幼少の頃から精神的虐待を受けていた母親が亡くなり、気持ちの整理がつかないまま、遺灰を持ってこのホテルへやってきた。自身を「アルコール依存症」と診断し、孤独で精神が安定することはない。ホテルに着いてすぐ、自分はマッサージが必要だ、とスパ・マネージャーのベリンダに掛け合うが、あいにくこの日は予約で満杯。そこでベリンダはタニヤにスピリチュアルなセレモニアル・チャントを施す。気持ちが解放されたように感じたタニヤはいたく感動し、ベリンダに「あなたには才能があるわ。こんなホテルのスパで働くよりも、自分でビジネスをはじめるべきよ」と激励する。
これをきっかけにタニアはベリンダに精神依存をするようになる。
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一方、モスバッチャー・ファミリー。姉のオリヴィアに邪魔者扱いされたクインは、浜辺で寝ることにする。母親のニコールはオリヴィアに言う。「弟をもっと思いやってあげなさい。"若く"て"ストレート"な"白人"の"男性"にとって、今の時代って本当に生きにくいのよ」。オリヴィアの傍らでぐるりと目を回して、「クインは大丈夫ですよ」という友人のポーラは有色人種だ。
浜辺にデッキチェアーと掛布団で寝泊まりするクインだが、朝目覚めると、持参したすべてのデヴァイス機器が海水で流され、使い物にならなくなっていた。ホリデー中にやることが無くなってしまったクインだが、ある朝、カヌー・レースの早朝トレーニングのため、海へ出る現地の住民たちと出会う。最初は見ているだけだったが、その内、声を掛けてもらい、クインもトレーニングに参加するようになる。
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この3組のゲストの滞在の様子を別個に(時に登場人物を絡ませながら)追うような形でストーリーは進むのだが、このドラマは、視聴者をスーパーリッチのゴージャスなリゾートホリデーに招待しようとしているのではない。
新人のラニは仕事初日にも関わらず、勤務中に腹部の激痛に襲われる。痛みを笑顔の下に隠しながら仕事を続けるが、ホテルロビーで破水。そのまま、アルモンドのオフィスで出産することになる。実はラニは妊娠していたのだ。アルモンドは「妊娠していたなんて気付かなかった」と困惑するが、何故(妊娠を)言わなかったんだ?とラニに訊くと「お金が必要だったから」と答える。
『The White Lotus』で描かれているのは、社会的不平等だ。私たちの世界の根本にあるにもかかわらず、見過ごされている力関係の構造、そしてそれは時として、意図しなくとも、残忍に人を傷つけてしまうことがある。その様子が、回を追うごとに顕著にそしてあからさまになってくる。
タニヤとベリンダの場合がそうだ。タニヤはベリンダの才能を無駄にするべきでないと説得し、独立してビジネスとして成功させる手助けが出来ると提案する。一言付け加えておくと、タニヤは孤独で情緒不安定だが、自分にお金があるからといって、ベリンダをコントロールしようと目論んでいるのではない。しかし、ベリンダにとってこの話は千載一遇のチャンス。絶対にこの機会を逃したくない彼女は企画書を書き上げる。ところが、タニヤはホテル滞在中にグレッグという男性と出会い、次第に彼に心を寄せていく。つまり、タニヤにとってベリンダはもう必要ないのだ。タニヤはホテルを去る日、嬉々として企画書を渡そうとするベリンダに向かって言う。「例のビジネスの件なんだけど。やっぱり少し考える時間が必要な気がするのよね」。申し訳なさそうにタニヤがベリンダに差し出したのは現金の束が入った封筒だった。せめてもの償いだろう。しかし、ベリンダが欲しいのは現金ではない。今ある場所から脱出するためのチャンスなのだ。ベリンダは笑って「問題ないわ」と言うが、心で泣いているのが手に取るようにわかる。そして彼女は自分の未来の詰まった企画書をゴミ箱に捨てるのだった。
ただ単にホテルのゲストとスタッフという関係だけでなく、金持ちの白人女性とスパで働く黒人女性という社会的そして人種的な構造アンバランスが根底にあることが、問題なのである。
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ポーラは滞在中に、ホテルで働くカイというスタッフと仲良くなる。カイは、現地人スタッフの一人で、ポーラはカイから、白人によるハワイ島の土地略奪からその商業化の話を聞かされていた。僕にはどうすることもできない、と落胆するカイ。カイはポーラに島に残るように説得するが、ポーラにはそれが出来ない。そんな時、ポーラはニコールの$75,000のブレスレットがスイートルームのセイフティーボックスに保管されていることを知る。暗証番号がオリビアの誕生日だと分かり、スキューバダイビングのため、家族全員が沖へ出る日を選んで、カイにそのブレスレットを盗み、弁護士費用に充てるように持ち掛ける。
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パイナップル・スイートにこだわり続けるシェインは、そこに宿泊しているドイツ人新婚夫婦に話しかけ、彼らのチェックアウト日を探り当てる。そして、彼らが去った後はすぐに自分たちがチェックインできるようにするよう、アルマンドに掛け合う。結婚後もジャーナリストとしての自分のキャリアを築きたいレイチェルは、ハネムーン中に仕事のオファーを受ける。レイチェルが働く必要はない、と考えるシェインは、仕事を受けたいレイチェルに「君にその仕事の報酬の2倍払うよ」と理解を示さない。そんなこともあって、レイチェルは仕事のオファーを断ってしまう。そして、不機嫌なシェインのもとにマネージャーのアルモンドが「ビックリするご褒美」を持ってやってきた。なんとシェインの母親キティが訪ねてきたのだ。息子夫婦のハネムーンであるにもかかわらず。別のリゾートへ行く途中に寄ってみただけというキティ。当惑するレイチェルだが、シェインは大喜び。キティの計らいもあり、シェインとレイチェルはパイナップル・スイートへ移る。キティは「自身が企画した」息子の結婚式がいかに素晴らしかったか、レイチェルがどれほど美しかったか、そしてレイチェルがどんなに幸運かを延々と話し続ける。そして、レイチェルに「仕事なんかせずに、あなたはチャリティ・パーティーを主催すればいいのよ」と励ます。ほらね、と得意げのシェイン。レイチェルは自分が大きな間違いを犯したことに気付き始める。
「数ある候補の中からあなたは"選ばれた"のよ」とレイチェルを諭すキティ。
そして、リゾート・マネジャーのアルモンド。ワガママなホテルゲストの無理難題ともとれるリクエストを、表面上は「お客様は神様です」の出で立ちでもって、対処していく。サービス業に徹するその姿勢はまさにプロフェッショナルなのだが、落とし物として届けられたバッグの中にあった、ドラッグの数々を目の前にし、その姿勢は崩れていく。しかし実はドラッグが原因なのではない。ポイズネスなゲストのふるまいや横暴からくるストレスが彼をブレイクダウンへと導いていってしまう。そして、完全に薬でイってしまった彼は、復讐の意味を込めて取り返しのつかない行動に出る。
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「スーパーリッチ」。その存在は分かりやすいし、その生態をドラマ化するのは、決して新しくもないテーマなのだが、ここまで彼らとその周りの人々の心理と行動を繊細表現した作品が他にあっただろうか。
脚本・監督を担当したのは、『スクール・オブ・ロック』のマイク・ホワイト。ホワイトがここで表現しようとしていることは、他のドラマや映画でも幾度となく取り扱われている永遠のテーマであり、なんら新しい取り組みではない。だが、彼はこのドラマを通して、説教じみたところを一切見せずして、明確な問題提起しているのである。恐らく、人々の心理やうやむや、悶々とした気持ち、そして、表面には見えない他人の問題などを描かせたら右に出るものはいないのではないだろうか。1997年の作品『47歳 人生のステータス(原題:Brad's Status)』でも、若いころに思い描いた希望溢れる未来と現実の不一致、そこから生まれる絶望と不安、そして他人への嫉妬などが、事細かく表現されている。
脚本・監督のマイク・ホワイト
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「White Lotus」で1週間のホリデーを終えたゲストそしてスタッフたちに何か良い変化が訪れただろうか。状況は変わっただろうか。残念ながらそれはない。スーパーリッチ達はまたスーパーリッチとしての日常を送り、「White Lotus」のスタッフたちは、また入れ替わりやってくる別のスーパーリッチたちに満足のサービスを提供するのだ。彼らが日常で関わることは一切ない。一人を除いてーーーーモスバッチャー家の長男クインは、マウイ島に残って、カヌーレースの大会に出たいと家族に打ち明ける。しかし、両親はクインの願いをまともに、受け止めてはくれなかった。さて、ハワイの空港。復路の搭乗口。クインは家族全員が機内へと案内されるのを見届けると機体とは反対方向の出口へ向かうのだった。きっとクインは大丈夫だ。
私としては、良い終わり方だと思ったのだが、なんとシリーズ2の製作が発表されている。正直、観ていて決して心地よい物語ではない。しかし、このような作品が世に出ることによって、人々の心の中に少しでも、「格差」という概念が残り、エンパシーを感じるようになれたら、と思うのだ。
トレイラーはこちら。
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