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『The Serpent(ザ・サーペント)』ドラマの感想と制作者インタビュー、他メディアとの比較をまとめてみました。(前記事の「あらすじ」を先に読んで頂くと、分かりやすいかと思います)。



BBC『The Serpent』オフィシャル・トレイラー。

BBCによると、3月の『Normal People』以降、最もBBC iPlayerで視聴の多かったドラマだそう。

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あまりの恐怖で第1話で脱落した友人3人いた。

私は、というと、自身のインスタにも書いたのだが、やっとの思いで第3話まで観終わったところで、怖すぎて全8話を全視聴するのは無理かも、と思った。

しかし、終わりがどうしても気になる。かといって、もう既に観終わった人に訊くのは嫌だ、というのも、BBC iPlayerでは全てのエピソードが一気に視聴できるようになっており、先に全8話を視聴した友人からは、「very very good. but I wish it didn't happen」という感想をもらっていたからだ。(正直終わりが知りたくても、全8話を一気に観ることは私には不可能だった。観終わった後の動揺が半端じゃないし、恐ろしくてその夜は寝付けないのに)。

前記事の冒頭で書いたように、チャールズ・ソブラジはもう自由の身となっている。その絶望を抱えながら、次々に何の罪もない若者たちが殺されていくのを見続けなけばならないのか?それがすべてなのか?

恐らくこれらの連続殺人事件およびチャールズ・ソブラジという男に関しては、日本ではあまり知られていないように思う。筆者もこのドラマを観て、初めてこのようなおぞましい事件があったこと、そしてこの殺人犯がいまだ存命であることを知り、背筋が凍った。

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ドラマ全体の感想として。

事実に基づいたドラマなので、ストーリーの大まかなラインは元々あったものの、よりドラマティックにするためか、構成が時系列ではなく、1975年と76年をまたぎ〈2か月後〉〈4か月前〉〈2か月前〉などとシーンごとに変わるので、内容を追うのが大変だった。特にこの手のスリラーは少しのセリフや描写でも見逃すと、後で繋がらなくなってしまうので、注意深く視聴したつもりだったが、この記事を書くにあたり、少なくとも4回は観直したところ、ああ、そうか!という新しい発見が常にあって、構成・脚本の精密さに驚いた。

特筆すべきは、チャールズ・ソブラジを演じたアルジェリア系フランス人の俳優タハ―・ラヒム(Tahar Rahim)の演技だ。ラヒムは、10代の頃に、チャールズ・ソブラジに関する本、Richard Neville 『The Life and Crimes of Charles Sobhraj』を読み、このシリアルキラーを演じてみたいと思っていたそうだ。ソブラジのニックネームが「the Serpent("毒蛇"の意)」だったことから、コブラを想像して演じたという。親切を装い、ナイーヴなバックパッカー達に近づき、親しくなったところで、薬を与え、パスポートや貴重品を奪った後、無慈悲にも殺害するという冷淡な二面性をもつこのシリアルキラーを淡々と演じる彼の語り口調(フランス語訛りの英語)が頭から離れない。サングラスの奥に隠された彼のこの冷徹なまなざしと、スムーズな語り口調が、視聴者を混乱させ、さらには恐怖に陥れる。

興味深かったのは、ドラマの中で割と頻繁に詳細として出てきた、肌の色に関する描写だ。

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オランダ人のヴィムに近づいたのは、彼がチャールズと同じハーフだったから。ヴィムの父親はインドネシア人で、肌の色で判断されないためにも、ビジネスで成功するのを助けたいと申し出る。


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フランス人宝石商とビジネスを交渉する際に、「実は初めて君を見た瞬間、少し驚いたんだ」という宝石商に、「それは私の肌の色ですよね」というセリフがある。

ソブラジは、1944年、インド人の父とベトナム人の母の間に生まれた。父が家族を捨てた後、母がフランス人の軍人中尉と結婚したためパリに移り住んだが、ずいぶんと長い間国籍が与えられず、身分を証明するものがなかったという。ドラマの中でも「全寮制の学校に入れられたが、ずいぶんいじめられた」というセリフがある。このような人種や肌の色に関する描写は、ソブラジ自身が受けた差別やいじめのトラウマを反映したものだと思われる。

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BBCのポッドキャストで、プロデューサーの一人である、ポール・テスラ―が語ったところによると、構想から始まり制作に着手したのが2013年のことだったという。しかし、約45年前に起こったこの一連の事件に関わった人々で、まだ存命の個人たちもいるわけで、そこに関しては十分に配慮をしながらの制作だった。

チャールズ・ソブラジは現在、2つの殺人と窃盗、強盗、薬物使用法でネパールの刑務所にて服役中だが、テスラ―が語るには、ソブラジは、インタビューされるごとに、自分をヒーローに仕立てるような物語にし、自分を歪んだ社会構造の被害者するため(実際に反体制派のソブラジ・ファンなどもいるらしいので驚きだ)、このソブラジのスムーズでチャーミングなキャラクターをどのように神聖化せずに描くかが、ある意味チャレンジだったと。ソブラジは少なくとも12人の若者を殺害したと言われている。被害者や犠牲者、その家族にとっては、愛する人の命を奪った残虐極まりない殺人鬼なのだから。

このドラマを作成するにあたって、キャストを含め制作陣は誰一人としてソブラジ本人には面会しなかったらしい。理由は、ソブラジがインタビューにあたって多額の権利を請求してきたこと、またインタビューが行われたとしても、本人の口から真意や真実が述べられる可能性が少ないこと、などがあったという。チャールズ・ソブラジを演じたタハ―・ラヒムは、もし彼がソブラジに会いたいとすれば、どのような語りで人を騙すのか、そのお手並みを拝見したい、と言うところだけだったと語る。

このソブラジへのインタビューに関してだが、興味深い記事が英紙『The Guardian』にあった。1977年に、ソブラジにインタビューをしたという、ジャーナリスト、ジュリア・クラークの回顧記事だ。ソブラジは、インドで逮捕された後、自分へのインタビュー(及び、出版)の権利をバンコクのビジネスマンに(多額で)売り、それを買ったRandom House(アメリカの出版社)の要請を受けて、リチャード・ネヴィルとジュリア・クラークはインドへ飛んだ(当時カップルだったリチャードとジュリアは後に結婚)。彼らが滞在したホテルの一室にソブラジからのメッセンジャーが現れ、賄賂を要求してきたという。ジャーナリストとして経験の多かったリチャードは、正式にインタビューをアレンジし、彼らはデリの刑務所へ向かった。ソブラジは愛想良く彼らを迎え(ジュリアは「握手をするべき?何人もの人を殺めたその手を握るべき?」と思った)、すべての殺人に関して、詳細に渡るまで、よどみなくしゃべったという。面会後は、2人して悪夢に悩まされ(ソブラジが突然ホテルの部屋に現れ、追いかけられるという夢)た。というのも、ソブラジからの遣られたという気味の悪い使者とやらが、昼夜を問わず現れ、手書きの信書を次々と持って来たからだ。ある夜には、ホテルのドアがドリルで開けられるということがあり、確実にソブラジの手下に監視されていたという。役目を終え、彼らがデリを去ったときの安堵感が、ソブラジに対するインタビューがどれほど緊迫し、多大な心理プレッシャーの元で行われたものであったかを表していた、と語っている。

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その後、リチャード・ネヴィルとジュリア・クラークは『On the Trail of the Serpent』を上梓。リチャードは4年前に死去した。

この記事を読んだだけでも、チャールズ・ソブラジという男が、恐ろしく巧妙に人の脳や心理に侵入してくるか、が見て取れる。まさに毒蛇だ。

また、The Times 紙によると、インドでの服役中には、看守に賄賂を渡し、独房にテレビを入れさせたり、ファンに豪華な食事を差し入れさせたりしてセレブリティまがいの生活をしていたという。そして今でも訪問者は絶えないと。


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2003年に、カトマンドゥへ戻ったソブラジは地元の新聞に載り、それを見たネパール警察に逮捕される。ドラマの中では、ハーマンとアンゲラが、なぜソブラジが今頃またメディアを騒がせることをするのか(「ずいぶん長い間、誰も彼のことなど話題にしていない」と)、という疑問を問いかける。そして答えは二つ。一つは、今でも悪名を馳せたいから。そしてもう一つは、捕まっては逃げるというゲームが好きだから、という結論を出している。

ドラマの最後では、ソブラジがカトマンドゥに戻った理由は分からない、と述べていたが、世間に忘れ去られるのを恐れて、わざと再びスポットライトを浴びるための行動だとしたら、彼の自己顕示欲の強さは私には到底理解できない。


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モニーク(マリー・アンドレ・レクラーク)を演じた、ジェナ・コールマンは、マリー・アンドレの日記と彼女が独房の中からソブラジに宛てた手紙を読んだ。マリー・アンドレは死ぬまで(1984年に故郷カナダ・ケベックにて卵巣ガンの為死亡)、ソブラジに対してロイヤルで(手紙には「今でもあなたを愛しているわ」と書いてあった)、独房内でも本名のマリー・アンドレではなく、モニークを使用していたと。

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WikipediaのCharles Sobhrajのページを確認すると、元妻の名前は Chantal Compagnon(シャンテル・コンパニョン、ドラマ中ではジュリエットとなっている)で、ソブラジと結婚した後、アジアに渡り、インドにて女児を出産。そしてソブラジと共に文書偽造、略奪、強盗などを犯している。インドのアショカホテルでの宝石強盗の後、逮捕され投獄されたソブラジの脱獄を助けたのはほかならぬシャンテルだったという。ソブラジの脱獄後二人はアフガニスタン、東ヨーロッパなどで再び略奪、強盗を繰り返し、再度逮捕されるが、ソブラジが脱獄した後、家族を捨てたため、シャンテルは娘を連れてフランスに戻り、二度とソブラジに会うことはなかったという。

ここは、ドラマとずいぶん違うところ。あくまでもWikipediaの情報なので、どちらが本当なのか(もしくはどちらも本当でないのか)、は分からない。(誰か知っていたら教えてください)。

また、インドのボンベイで大量に薬を持ったのは、ドイツではなくフランスの学生達だったようだ。「赤痢防止」と称して渡した薬だったがどうやら盛る量を間違えてしまったらしく、以前からソブラジを怪しく思っていた学生数人に取り押さえられ、警察に突き出されたようだ。

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前述のプロデューサーの一人、テスラ―氏が語るには、ソブラジが西洋からの若者"ヒッピー"をターゲットにしたのは、まず彼らが金を持っていたこと、故郷から遠く離れたところを旅しているので、消息が分からなくなっても、家族には分かりにくいこと、そして何よりもヒッピーは社会のお荷物でいなくなっても何ら損害はない、と理解(判断)していたことがあるという。テスラ―氏が付け加えるのは、それは全く間違いで、これらの旅行者の中は、高度の教育を受け、安定した仕事に就く前に世界を知りたいという、野心的かつ希望を持った若者たちだった。

筆者も故郷を離れ、英国にて生活して今年で22年になるが、若い時は夢を持ってきたし、とにかく経験を積みたい、見聞を広めたいの一心だった。イギリスのいいところ、悪いところにも一喜一憂し、時にハッピー、時に泣きながら(ハンドバッグや財布を盗まれたのは数回、また住宅詐欺にあって現金をとられたこともある)、過ごしたこともあった。

同じような気持ちで、故郷を旅だった若者たち、こんな無残な殺され方をして、二度と故郷の土を踏めない、なんて本人も家族も想像していなかっただろう。そして、何よりも希望ある若者の未来を奪ったこのチャールズ・ソブラジという男が許せない気持ちで一杯だ。



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