ブリンクス・マット強盗事件をドラマ化したBBC『The Gold』。消えた金塊は一体どこに...?
英BBCで放送された、『The Gold』(全6回)が、なかなか興味深かった。1983年のブリンクス・マット強盗事件に端を発する、事実に基づいた出来事のドラマ化だが、強盗そのものだけに終始していない。
実は、6人の武装強盗団は、約300万スペイン・ペセタ(1983年で約13,000ポンド)を狙って同倉庫に押し入ったのだが、そこにあったのは、76個の段ボール箱に入った6840本の純金地金。地金はJohnson Matthey Bankers Ltd.の所有物であり、金塊は一晩倉庫に保管され、翌日香港に移送される予定だった。思わぬ収穫を掴んだ強盗団だが、金塊の扱い方が分からない。主犯のミッキー・マカヴォイ(アダム・ナガイティス)とブライアン・ロビンソン(フランキー・ウィルソン)は、ケント州の盗品故買者、ケネス・ノイ(ジャック・ロウデン)に相談・交渉する。ノイは、ブリストルの金買い取り業者かつ製錬業者ジョン・パルマー(トム・カレン)にこの話を持ち掛ける。金の純度が高すぎるため、このまま流通させることはできないからだ。パルマーは、純金を溶解し、銅などの不純物と混ぜ合わせることによって、シリアルナンバーを消し、出所を分からなくする。それを流通させることによって、はじめて利益を得ることができるのだ。
警察は、ブライアン・ボイス警部補(ヒュー・ボネヴィル)、ニッキ・ジェニングス(シャーロット・スペンサー)、トニー・ブライトウェル(エマン・エリオット)を中心に、「フライング・スクワッド」と呼ばれる、特別捜査本部を立ち上げる。そして、事件発生時、当倉庫で警備員をしていた、アンソニー・ブラックがこの強盗に加担していたことを突き止める。ブラックは、入り口ドアの鍵の型を提供し、セキュリティの詳細を教え、強盗団を幇助していたことを自供したが、実は、ブラックの妹がブライアン・ロビンソンと暮らしていることが発覚。芋づる式に、ロビンソンそして、 ミッキー・マカヴォイを強盗団のメンバーとして特定。事件から10日後に二人は逮捕された。
逮捕された、マカヴォイの自供を元に、盗品が隠されている貸倉庫へと急ぐ警察。しかし、彼らが到着した時には金塊はごっそりと姿を消していた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
『ザ・ゴールド』は強盗事件そのものより、その当時、80年代のロンドンの抱えていた問題を背景に、その後に何が起こったかについて描かれている。
まずは、強盗団だが、彼らは、南ロンドンに古くから存在する犯罪ネットワークに属するギャングだ。ここでは、労働者階級に生まれ、カウンシル・エステート(公共住宅)で育つ若者たちが犯罪組織と隣り合わせに生活している様子が映し出されている。また、その貧しい労働者階級の出身から、社会的地位の高い弁護士となり、アッパーミドル出身の女性と結婚、家庭を築いたものの、結婚生活は破綻しており、ブリンクス・マット強盗事件では、マネー・ロンダリング(資金洗浄)を担う、エドウィン・クーパー(ドミニク・クーパー)の存在も見逃せない。英国の階級格差とそこから派生する問題、労働者階級出身の人間が克服すべきトラウマなど、当時のイギリスの社会階層をあらゆる角度から捉えている。実は、この事件を追う、フライング・スクワッドのニッキ・ジェニングスも労働者階級の出身だが、ニッキは自分の出自を包み隠さず、犯罪者に同情するという主張を封じ、さらに、同僚のほとんどが男性という部署で、反性差別を掲げつつ精力的に捜査に関わる。実は、事実に基づいたドラマでありながら、エドウィンとニッキは架空の人物である。しかし、ここでは、似たようなバックグラウンドの出身でありながら、階級のアイデンティティーの分裂というキャラクターの描き方が興味深い。
さらに、第6話は、アーセナルとミルウォールのサッカーの試合で、南ロンドンのミルウォールが、アーセナル(エスタブリッシュメント)には絶対に勝つことのないように、勝敗が固定化されている、と訴えるシーンから始まる(ミルウォール側のタックルを不当にファウルとし、審判がアーセナルにペナルティー・キックを与えた)。そしてこれがイングランドの縮図なのだと怒り狂う登場人物がいる(実はこの人物が金塊の行方の鍵を握っていると思われる)。
また、ボイス警部補は、事件解決の為に「システム」と戦わなければならない。警察内上層部からの時間、予算的プレッシャーに加えて、ケネス・ノイの逮捕に関する情報をノイの地元であるケント州警察と共有しないよう計らったり(事実ノイは地元警察に知り合いがいる)、ノイ逮捕後も、フリー・メイソンにてノイと精通し、法の両側で活動する腐敗警察、ネヴィル・カーター警部補(ショーン・ギルダー)のけん制を受けつつ、捜査を進めていかなければならない。余談だが、ボイスのチームの一員となった税務署勤務のアーチー・オズボーン(ダニエル・イングス)は、金塊流通から発生する利益を納税額の面から考察するという、多少風変わりだが洞察力に優れた税関職員を見事に演じている。
そして、このドラマは、偶然の強盗事件を通して、金が世界中に及ぼす影響力を綿密に描き出し、また、犯罪の連鎖がいかに複雑で、不透明さを増していったかを明確に表現している。ロンドンを拠点としながらも、犯罪は、スペイン、イタリア、ブラジル、リヒテンシュタイン、フランスを舞台に、驚くほど多くのグローバルなロケーションで展開される。また、この犯罪には、実際の窃盗団だけでなく、金塊の処置に流通の手助け、現金の移動、不動産投資など、多数の人間が関わっており、その度に金の出所を明白にしていく必要があるので、捜査に時間がかかる。すべての金塊が資金洗浄により姿を消してしまう前に、その行方を追わなければならず、警察は絶えず時間との闘いを強いられるのである。
最終的に、この犯罪に関わったほぼすべての人物はジョン・パルマーを除いて、窃盗、共謀、または脱税で起訴され、有罪判決を受けている。ジョン・パルマーは金塊を溶解して流通させたことは認めながらも、それが盗品だったとは知らなかった、との主張で無罪判決を受けている。そして、この事件の中心人物だったケネス・ノイだが、逮捕時にノイ宅で待機していた刑事のジョン・フォーダムを前と後ろから十回刺し、殺害した罪で起訴されたが、正当防衛を理由に無罪となった。その後、1986年7月に盗んだ金塊の一部を扱う陰謀と脱税で有罪判決を受けたが、陪審員に「お前ら全員癌で死ねばいい」と叫んだという。実はこれらはノイがいかに冷酷非道な人間であったかを示すエピソードである。というのも、今回のドラマでは扱われていないが、1996年5月19日、仮出所していたノイは、ケント州スワンリーの道路でロードレイジを起こし、スティーブン・キャメロン(当時21歳)と口論になり、9インチのナイフでキャメロンを刺殺している。そして、この残酷無慈悲なケネス・ノイをジャック・ロウデンは氷のように冷徹に演じている。
ドラマは、ケネス・ノイを含む主要な犯罪者たちはすべて収監されたものの、結局、警察は全ての金塊を発見することはできず、捜査は打ち切りになったところで終了する...、かと思いきや、最後の最後で、ボイス警部補、ニッキ&トニーが、ノイの証言とこれまでの捜査から、強盗の直後、盗まれた金塊は、かなり早い段階で、分割されていたということに気付き、残りの半分をどのように追跡するか、次の捜査方法を考えるという場面で終わった。
で、気になるのがシーズン2の製作はあるのか、というところだが、S1の終わり方がこれで、しかも、この後にもいろいろと恐ろしい展開があったことは事実なので、どう考えても避けられないのでは、と推測する。
最後に、少しネタばれ(ドラマではなく事実の)になるが、デイリーメール紙によると、金塊の一部(溶融して再鋳造された部分)は、真の所有者であるジョンソン・マッセイ社に戻ってきたと考えられているが、盗難金の多くは未だ回収されておらず、BBC Newsによると、金塊の一部は犯罪の裏社会に消え、後にマイアミ、ルクセンブルグ、スイスなどの外国の銀行口座に入ったと言われている。金塊から得た収益は、洗浄され、盗まれた金塊とは無関係になったため、世界中に拡散されてしまったとのことだ。
そして、もう一つ、1983年以降に購入されたゴールド・ジュエリーの中には、ブリンクス・マット社製のものが含まれている可能性があるのだそうだ。
オフィシャル・トレーラーはこちら。
実は、このドラマを楽しんだ理由の一つがこれ。背景が80年代だからか、サウンドトラックがその時代そのもの!しかも、spotify に挿入曲のプレイリストあがってた!
(終わり)
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?