第2章
その日輝美子は親族の通夜に参列していた。そこには久しぶりに会う輝美子の従兄弟や叔父叔母達が集まっていた。通夜の儀式が終わるとみんなで酒を酌み交わし故人との別れを惜しんだ。もう若くはないからわれわれも健康には気をつけなければ・・・と誰かが言うと「みんな長生きをしなきゃね」と輝美子が続けた。その場にいた親族たちはみんな頷くと「まだ、早すぎたよね」と生前の故人に想いを馳せながら誰かが言う。一人の人生の終わりと自分の人生の終わりとを重ね合わせながらまだもうちょっと生きていたいと皆が思った。輝美子も例外ではなくまだまだ死ねないなと強く思いながら斎場を後にしたのだった。
帰宅すると輝美子は歳の近い従兄弟の死で落ち込んだ暗い気持ちをリセットするためにゆっくりと風呂に入った。また明日から1週間が始まる。落ち込んだ気持ちを上げるために仕事のことを考えてみた。「明日はどんな予定だったっけ?」いつもと変わらない1週間の始まりに頭の中でタスクを整理すると自分の残り少ない未来について余計なことを考えずに済んで気持ちが楽になった。風呂から上がる頃には気分はすっかりリセットされて落ち着いた。
輝美子は「今日は早めに休もう」と思い階段を上がっていつものように次女の部屋をのぞく。「おやすみ」声をかけたが、次女の奈津子は取り込み中だったのか下を向いたまま返事をしなかった。ん?泣いてる?輝美子はちょっと気になったが次女ももういい大人だ。「色々あるのだろう。明日ゆっくり話を聞いてみよう」と思ってそっとしておいた。「みんなそれぞれに色々と悩みがあるものだな」輝美子は「自分だけでなく、みんなも大変なんだ」とそう自分に言い聞かせるとそっと奈津子の部屋のドアを締めて寝室のベッドに潜り込んだ。冷たい布団に身震いをしながら小さく丸まって目を閉じる。よほど疲れていたのだろう、輝美子はあっという間に寝落ちしてしまった。
どれくらいたったのか、輝美子は誰かが自分を呼ぶ声で目を覚ました。「輝美子さん、輝美子さん」聞き覚えのない若い男の人の声に呼ばれて輝美子はぱっと目を覚ました。目を開けるときれいな顔をした若い男の人が輝美子の顔を深刻な顔で覗き込んでいる。あまりに顔が近かったのでびっくりして飛び起きた。「あなた誰?!ここはどこ?!」見渡すと明らかに自宅の寝室ではなかった。石の壁に覆われた暗くて冷たい部屋にポツンと置かれたベッド。その上に輝美子は座っていた。
「ゆ、夢?」なーんだ、また変な夢か・・・。輝美子はちょっと安心して夢のリアル感を味わうことにした。すると先ほどまで輝美子の顔を覗き込んでいた若者が真剣な顔でこう言った。「夢じゃないですよ。ここは、あなたの心の中の世界です。今あなたに危機が迫っているのでそれを伝えるために私はあなたの心の中に入ってきました。突然申し訳ありません。でも本当に急を要することだったので。今から私が言うことを落ち着いて聞いてください。」あまりに切羽詰まった怖い顔で若者が話すので輝美子は背筋がスーッと冷たくなった。ま、まさか2週間前に何度も聞いた「お迎え」ってこれのこと??? 輝美子は若者の脅しには乗らないぞ、と気持ちを強く保つために一旦深呼吸してまずはこう尋ねた。「一体どう言うことなのか、何が起こっているのかを話す前に、あなたが何者なのかを教えてくれないかしら。」輝美子のもっともな意見にはっと我に返った若者は輝美子がそうした様に一旦大きく深呼吸をして背筋を伸ばし丁寧に挨拶を始めた。「大変失礼しました。私はこう言うものです。」そう言って彼はすっと真っ白なスーツの内ポケットから名刺の様なものを差し出した。名刺といっても透明でちょうど真ん中に「あなたのガイド レイ」と光で書かれている不思議なものだ。どうやらここは、「普通」の世界とは違う。その名刺をみて輝美子はそう確信した。
「で、今私にどんな危険が迫っているというの?」まるで映画の始まりの様だな・・・輝美子は呑気にそう考えていた。するとレイというその若者は深刻な顔でこう話し出した。「あなたの人生が終わろうとしています。この夜明けとともに。でも、まだ今ならその運命を変えることができるのです。ですから、私はあなたの前に現れました。あなたは、もっとこの人生を生きたいのでしょう?昨夜あなたがそう呟いていたのでこのままではいけないと思い、あなたの運命を変える旅へお誘いするために私はやってきたのです。」
輝美子は自分の人生が終わろうとしているのだと聞いて、「やっぱりそういうことだったんだ」と呟いた。亡くなった叔母たちはそれを伝えにきてくれていたのだ。でもなぜか、この若者はそれを救ってくれようとしている。輝美子がまだ死を望んでいないからだというがこのレイという若者は私のいったい何なのだろう?
「そ、そう。教えてくれてありがとう。2週間前に叔母たちが知らせに来てくれたのは、このことだったっていうわけね。でもいったいなぜあなたが私を助けに来てくれたの?私を助けてあなたに何の得があるわけ?」貴美子はこのレイという若者を信じて良いかも分からなかった。なぜ自分を助けるのかその理由がわかれば、彼を信頼できるのではないかと思ってそう聞いてみたのだ。若者は急に笑顔になってこう答えた。「それは、私があなたのガイドだからです。これまでもずっと、あなたのそばであなたを守り助け導いてきました。あなたは気付いていないでしょうが。そのための訓練も受けましたし、ずっと学んできました。神様のもとで。私はあなたと神様との橋渡しをする役割を担っているのです。死というのは如何なる形であれ、本人の選択によるものでなければなりません。あなたがもっと生きたいと思うのならば、運命の地図を他の地図に変える必要があるのです。ですからその旅にお連れするためにやってきました。もちろんこれは神様の意志によります。私は神の使者なのです。」輝美子はその若者の言うことをじっと聞きながら思った。突っ込みどころが満載だ・・・。ガイド?神の使者?運命の地図???いったいどこから聞いたら良いのだろう。輝美子はいわゆるスピリチュアルな分野を好きではあったが、実のところあまり信じていなかった。いったい何からどう確認すればいいというのだ??
「運命の地図?そんなものが存在するの?」輝美子はとりあえず急を要している様だったので自分の死と関係がありそうな運命の地図について確認することにした。「はい。生まれてくる前にあなたと共に神様が描いた運命の地図は実はたくさん存在します。その中であなたが選んだ地図をあなたは今生きているのです。今、あなたが生きている運命の地図はこれです。」レイはそういうとまた白いスーツの内ポケットからきれいに丸めた光の地図を取り出して広げて見せた。それは、見たこともない美しい地図だった。
レイは取り出した地図をそばにあったテーブルの上に広げて置いた。学校でもらった卒業証書くらいの大きさだろうか。内ポケットから取り出したにしては大きい地図だ。「あの内ポケットは異次元ポケットなのかもしれないな・・・」輝美子は密かにそう思った。その地図は天女の透明の美しい衣を紙にしたような素材で、そこには光の道が枝分かれして地図いっぱいに広がっていた。そしてもう一つ普通の地図と違うのは地図の上を人が歩いていることだった。もちろん歩いているのは色んな年齢の輝美子だ。左下には両親が赤ん坊の輝美子を抱いてあやしているし、右上には茂一と真愛美と奈津子が輝美子の亡骸を囲んで泣いていた。
「この地図は、3次元の世界です。ここに、時間が流れて4次元になります。時間は、左下から右上に向かって流れていてあなたが肉体にいる時は、この地図の上にいるので物理的に時間を戻すということはできません。でも、今は肉体は3次元にあって意識だけ5次元の世界にいるのでここから人生を眺めることができます。5次元のこの世界では、時間の流れは関係ありません。」レイは続けていった。「見てください。こうしてこの地図を見ると、過去も未来も同じ地図上に同時に存在しているのが分かりますか? もしあなたが望めば過去も現在も未来も関係なくあなたが意図したところに存在することができます。過去や未来を変えたいと思ったら、その瞬間に存在することを意図すればいいわけです。でも今は、この地図ではなく他の地図を見つけにいかなければなりません。そうでないとあなたの人生がもう終わってしまうから。」輝美子はただただその美しい地図に見惚れながらレイの話を何となく聞いていたが最後の言葉でハッと我に返った。「他の地図を見つける?見つければ運命が変えられるの?」「はい。あなたの運命の地図はあなたの一番意識の奥深くに大切に保管されています。それは膨大な量の地図です。その膨大な地図の中からあなたの望む未来の地図を選び直せばいいのです。」「私の意識の奥深く?」「はい。あなたの意識の源でもありあなたの聖なる領域です。これからその領域に向けて出発するのです。他の地図を見つけるために。もう一度確認しますが、あなたは運命を変えたいですか?」レイは輝美子を真っ直ぐに見てもう一度確認した。輝美子は一瞬恐ろしくなった。「何か悪いことが起きるのではないだろうか?」でも、このままだと夜明けにはこの人生が終わってしまうという。「それより悪いことが他にあるだろうか?」輝美子はそう自問すると覚悟を決めてこう言った。「私は運命を変えたい」そう答えた輝美子にレイはにっこりと笑って手を差し出すとこう言って輝美子を誘った。
「では、運命を変える旅に出かけましょう」
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