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子は親の想定、心配を越えてくる
私は子を心配するし、いろいろ想像や想定をするけど、
子は余裕でそれを越えてくるw
今回の鬼子母神の御会式の太鼓に参加して確信(?)した。
男の子はいつか反抗期が来て、
自分の世界ができると
母親と何か一緒にすることって
減るだろうと思っている。
いろんなことを一緒にできるのも、
今だけかなと思っている。
(結構今がギリギリかも?)
そして、私の経験として、
その時(子供の頃)は嫌だったり、
恥ずかしかったり、気が進まなかったことも、
数年後、数十年後、大人になった今でも、
ふとその経験が何かの種になることがよくある。
だから、子どもとはやったことないことも
一緒に参加したいし、
仕事の現場や出張や海外も、
できるだけ一緒に連れていくようにしようと思った。
一緒にいることで、いろいろ気が気でないこと、
大変なことは多々あるけど、それでも私は楽しい。
1型糖尿病になってからは、よりそう思う。
7歳になって、
結構人見知りで恥ずかしがり屋になり、
外に行くなら家でゲームしている~
と言い出すことも増えた。
今回の太鼓も本人は気が進んでいるような感じはなかった。
練習に休まず参加して、本番も3日間頑張ったら「本を2冊も買ってくれる 」(爆)というモチベーションで参加した息子。
ここで親は考えるわけです。
●これは本人の意思を尊重できていないのではないか。
●良かれと思うことが、よくなかったりするのではないか・・・。
●親のエゴになっていないか。
と。
子育てはやっぱり正解はないと私は思う。
子育ては本当に分からないw
今回の太鼓も、
本人はしぶしぶ本のために
参加したと思っていたが、
実際、本番のお祭りに参加して、
最初は恥ずかしがったものの、
すぐにノリノリでステージに上がり、
ステップを踏みながら太鼓をたたく息子。
踊りながら太鼓をたたき、
鬼子母神に入る姿に、
見物の方から歓声を頂き、
地元のおば様ともコラボレーションしている姿。
新たな一面を見た。
1日目終了して、
2日目3日目も最後まで参加したいと、
朝起きてすぐ嘆願してきたw
やってみないとどうなるかわからない。
私の心配も、想定もあてにならない。w
最初は気が進まないことも、
そこにどんなきっかけがあるか分からない。
子どもは大体親の心配や想定越えてくるから、
変に考えず、やってみる。
それで、「違う」「嫌」だったら、
自分の「違う、嫌が分かってよかったね」
ってくらいのことかもしれない。
私も日を重ねる事に
息が上がるくらい楽しめた。
「楽しむことに参加する」
楽しいは外から与えられるものではない。
自分から楽しむものだね。