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現実を愛していない #1

生理こな〜い。生理が、こないんだ。あけすけに申し上げると。そうすると必然的に、「生理前のイライラ・過食・情緒不安定などのPMS諸症状」が永続的にループすることになる。なんやねん、なんの修行やねん。わたしの穏やかな日常を返してくれよ。でもね、子宮って、出せなかった感情が溜まる場所なんだって。
だから、ほんとうは、“生理一週間前のわたしが異常”なんじゃなくて、「それが本来のあなた自身なんだよ、普段は社会的な仮面で隠しているけど」って、言ってあげたい。物知り顔で。

夜、わたしは暗澹とした気分で、いんたーねっつをしていた。TwitterとYouTubeとgmailをタブで開いて横に並べて。でも心ここにあらず。子宮ちゃんがご機嫌斜めだからね。黒々としたインクが、液体に混ざりながらもやもやと上がってくるみたいな。そんなきぶん。はぁー、苦しい。鬱だ。なんなの。

youtubeを開くと、わたしの最近の推しのyoutuberが、他のバンドのミュージック・ビデオに出演していた。成人済なのに、高校生という設定で、制服を着ている。まぶしい。屋上で、女の子とイヤフォンを半分こして音楽を聴いている。でも、実は彼は転校してしまうことを言っていなくてーーみたいな設定。二人はすれ違って、学校最後の日、彼は彼女の忘れものであるイヤフォンを、屋上のハシゴに結ぶ。


なんだこれ、あまりにきゅんきゅんしたので口元を手で覆って、ちょっとだけ奇声をあげてしまう。(甘)すっぺぇな。なんだよ。ハシゴにくくるなよ、さみしいな。youtubeのお前なら、その女子のイヤフォン、食べるだろ。食えよ。なんなの、なに演じてるの。す、すきだぁああ!マジですっぱい。萌えくるしい、たすけて。

からだの鬱屈とこころの萌えがぐちゃぐちゃになって、頭が混乱する。現実がよくわからない。なぜわたしはこのMVの学校に転校できないんだろう?いや、待てよ、冷静に考えて、この子が学校にいたらめっちゃ人気者じゃないか。そしたらわたしはたぶんここまでこの子のことを好きじゃなかったはずだ。まあ、その、はっきり言って、ワンチャン、上履きと体操服を盗みたい…! そんで男性のマネキンに着せて一緒のおふとんでねるわ…大丈夫、ワンナイトでいいから、朝早く返すよ、あの子が泣かないように…


「もしもし、もしもし、」妄想にふけっていたわたしは、心の窓ガラスをコツンとノックされ、にやけ面からはっと我に返った。そこには、黒いハットをかぶった、ブラックスーツの男が立っている。
「はっ!! 誰かと思えば、ミスター・現実」

ミスター・現実は、片手でハットを取ると、やれやれといったふうに両手をひらひらさせた。そして、しずかな口調でこう言った。
「いいですか、まみさん。あなたはもう、30歳なんですよ。現実を見てください。あなたが引きこもりになったのは、これまでの人生の土台を変えるためですね? それはけっこう。でも、そろそろバイトに行ってもいいのではありませんか?」

真摯な、諭すような声だった。
口調や雰囲気しだいでは、わたしは彼を全身ガムテープでぐるぐる巻きにし、猿ぐつわをかませてクローゼットに監禁したであろう。しかし、今日の彼からは、すこしの愛のようなものを感じたのだった。それで、わたしは力なく首をふるふるさせたあと、しつこく夢のつづきを語った。

「…いやだ! ねえ、ワンチャンないのかな? だって、わたしもアーティスト?クリエイター?じゃん? そうだ、***たんに愛のDMを送ろうかな。返ってくるかもしれない! そうだ、わたしは心がピュアだからね! ***たんも、何か感じるものがあかもしれない!!」自分を抱きしめながら、うっとりと浸ったつもりであったが、心なしか、目が血走っているような感じがする。

「まみさん、あなたは今日、買い物に出かけて、スーパーのアルバイト募集の張り紙をスマホで撮っていましたね。そろそろ、外に出る時がきている。自分でも、わかっていますね?」ミスター・現実は、腰を曲げ、わたしと目の高さを合わせると、こちらの目を覗き込み、そっと言葉を差し入れるようにそう言った。

わたしは拒絶反応を起こしながら首をぶんぶん振り回す。
「いやだ!! 見たくない!! やめてくれよ。わたしの生きる場所はここなんだ!! 部屋の中であり、PCの前なんだ!! それこそがわたしの正位置!! This is 現実!!! わたしは夢を見るためにうまれた! それでいいじゃないか! なんなんだ!くそめが!!」
言いながらも、脳裏には、働き終えてスーパーから出てくる、くたびれた自分が容易に想像できた。だめだ、あっち側にいくことは、死なんだ。本能がそう告げている。わたしは夢かわ女子でいたい!!ずっとだ。

「…Sさんとの生活を、覚えていますか?」
ミスター・現実は辛抱強く口調を一定に保ったままで、そう言った。
#2へ続く

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