残り時間は思い出と夢の中で
あれよあれよと2024年の師走になりましたね。
忙しい時ほど、深呼吸いたしましょうね。
今回の豆と小鳥は
ショートストーリー
「残り時間は夢と思い出の中で」をお届けさせていただきます。
創作:ナミン
ナレーションとイラスト:バク
ポッドキャストとyoutubeはこちらからどーぞ!
私が主人とこの施設に入って数週間がたちました。
その日はね、小春日和で陽ざしのあたたかい日だったんですよ。
2人とも90近くなり、今まで全ての事を仕切り頑張ってくれていた
主人の認知症が、
今年に入ってからあれよあれよと進行してしまい、
どうにもこうにもならない状態になりまして施設への入所を決めたんです。
私自身の認知症も日々、進行しているのを自覚しております。
それはとても不思議な感覚でね、
何かを思い出そうとすると頭の中に霧が立ち込めてしまうんです。
手を伸ばせば伸ばすほど遠くに行ってしまうの。
でもね、嫌こともすぐ忘れることができるのは実はちょっとよかったりもしますよ。
抗っても仕方のないことは受け入れた方が楽ちんなので悲観はしてないんですけどね。
森に囲まれた静かなこの場所に決めましたのは
ランチを試食させていただいたんですが、老人用の薄味ではなくて
美味しかったのと
学校時代からの親友が数年前から入所しているからなんですよ。
彼女とは高校時代に仲良くなりました。
高校生の頃、自慢にはならないんですが
私は遅刻のクイーンとして名をはせておりました。
平民ではなくクイーンだったんですよ。
彼女とは朝の登校途中によく会いましたが、彼女は遅刻しそうになったら
真面目にちゃんと校門まで全力で走るんですよ。
天然パーマの髪の毛をふっさふっさ揺らし、大きく腕をふりながら。
真面目さに欠けていた私は走るのも
めんどくさくて歩いて遅刻しておりました、
両親を早く亡くし親戚の家にお世話になっていた私は
放課後に彼女のお宅にお邪魔させてもらい、
彼女のお母さんによく可愛がってもらったもんです。
お料理の上手な家庭的なお母さんで、何か私にもたせてくれる時はわざわざ可愛い紙袋を探してくださったんですよ。
彼女とは同じ大学に進学しました。
私は家政科に進み、彼女は国文科に進みました。
アルバイトをしてお金が貯まると2人で日本国内のいろいろなところを旅行しましたね。北海道には何回も行きました。
彼女はしっかりしており計画上手でしたので私はただ旅行についていくだけだったんですけど、お互いにタイプが違うからか相性は良くて、大学を卒業して結婚してからもずっと近い存在なんです。
家政科の私を差し置いて、彼女はお母さんのセンスの良さを引き継いだようでお料理の世界で輝いてました。レストランの厨房のようなキッチンを作り、お料理教室を開き、台湾の大学でお料理を教えたりもしていました。
毎年、我が家のお節は彼女が作ってくれてましたね。彼女の焼いたパンはどこのお店のパンより美味しくて、定期的に私は彼女のお宅にお邪魔してご馳走になってました。
残念なことに私が彼女に何かしてあげた記憶はないんですよ。
いつもしてもらう一方でしたね。
いいものを食べすぎて死期を早めてしまったのか、彼女のご主人は毎日、プールで泳ぎ健康面に気を付けていたのに呆気なく空に昇ってしまわれたんです。
お葬式やなんやかんやも終わり、
落ち着いた頃に彼女から電話が来ましてね。
彼女の一声は
「なんでやろ、パパがおらへんねん。どこに行ってしもたんやろ?」と。
「何言うてんの!パパはもう死んでしもてお葬式したやんか」私はびっくり仰天してそう答えました。それからもほぼ数日、同じような電話がかかってきたので心配になり、彼女の息子さんにこの一件を報告させてもらいました。
それから少しして彼女は息子さんの家の近くの施設に入りました。
私は足が悪いのでうちから離れている施設には訪れたことはありませんが、
時々、電話で話していました。でも、認知症がどんどん進行してる彼女との会話は回を重ねる度に支離滅裂度が上がっていって悲しかったです。
施設を見学しに行った時にちらし寿司のランチを一緒にいただきました。
ほとんど会話になりませんでしたけど、彼女は私が隣にいることはわかるようで、時々、私の方を向いて歯を見せてニコッと笑ってくれました。
それは昔から変わらない彼女の笑い方なんです。
そして、昔の話をふるとそれなりに反応して答えてくれました。
私もだけど昔の記憶は残ってるもんなんですね。別の引き出しがあるみたいに昔の記憶は鮮明に残ってるんです。反対側の隣にいた主人は認知症になってからは毒気が抜けたようでフレンドリーさがアップし「おいしい、おいしいです」と何度も言いながら職員の人に愛想を振りまいておりました。
今の生活は安心して快適に過ごすことができていることに感謝しています。
安心しすぎると認知症がさらに早く進行するかもしれないけど、
それでもいいんです。
大きいお風呂に入れておいしいお料理がいただけるのがうれしいです。
その瞬間瞬間の喜びを感じることができるなら十分ではないかと思っています。大変だったマンションの下のポストに新聞や郵便を取りに行くことや
ゴミを仕分けすること、リハビリに行くこと、戸締りを確認することからもやっと解放されました。
残りの時間は私が愛し、ずっと側で生き愛してくれた親友と主人と3人で思い出と夢の中で過ごすことにします。
大きな窓から冬の針葉樹林が風に揺れてダンスしているが見える、あっ粉雪がチラチラ舞っているのが見えますか?
とSさんは足湯をしながら、私の方を見ながら雪を指さした。