8月がくるたびに

8月が来るたびに

2つの「手を引かれて行った」思い出が蘇ります。

一つは広島。

私が子供の頃、父が転勤で、一時期、広島城の近くに住んでいて、長期休みには私も広島で過ごしました。原爆ドームも歩いていける距離でした。

原爆資料館に父と行った時、急に父が私と手を繋ぎました。

「目を逸らさないで見てほしい」と言い、ずっと無言で手を繋いでいました。

資料館を出たとき、父は私に
「言葉にしなくていい。この気持ちを忘れずにいてほしい」と言いました。

子どもながらに父の深い想いを感じました。

2つ目は2014年開催のAKIBA Japan Forum2014。

2013年の暮れに夫の告知を受け、2014年1月に火事で母を亡くした私は、もがいていました。

私の前から大切な人がいなくなってしまう恐怖につぶされそうで、救いの言葉を見つけるたびに、その療法に次々とすがっていきました。

夫は私の提案を受け入れることが、狂ったようにもがいている私のために出来ることだと思っていたのです。

でも、それも限界に達し、「もうやめてくれ。お願いだから科学を理解してくれ。一緒に学んでほしい」と手を引かれて行ったのが、

AKIBA Cancer Forum2014。

そこで、どうやって治療が確立されていくのかを知った私は、やっと自分の愚かさに気づきました。

知ることで気づけることがあると信じている理由はここにあります。

怖れ、不安、哀しみ、摩擦から逃げたくなります。

自分の個人としての心と、立場として進むために蓋をする感情との間で時にクタクタになります。

「もう、がんのことを忘れたら?」「哲也さんに執着せず、新しい日々を生きたら?」と言われることがあります。

「轟さんは、あちこちに顔を出している」と非難的に聞こえてくることもあります。

そんな時は凹みます。

実際、私は違う自分を生きたいと思い、日本酒の利酒師として生きていこうと結構マジに勉強したことがあるのですが、そこで気づいたことは、「変わるんじゃなくて広がる」ということ。

違う世界に飛び込んでも、自分が変わるんじゃなくて、気づかなかった自分が目を覚ますということでした。

最近、ノートパソコンをテレビに繋ぐとめっちゃ楽に視聴できると気づきました。

昨日は、Japan Cancer Forum2022を、一日ゆっくり視聴しました。

他のがん種のセッションでは、今のがん治療が目指すことを知れ、進行の仕方になるほどがいっぱいでした。

臨床試験、家族、ACP、AYA世代など充実した内容でした

現地開催で、今まで、多くの出会いを得てきたので、オンラインが寂しいと感じることは否めませんが、自宅でゆっくり参加できるのはメリットでもありますね。

ネガティブな出来事も時に自分の原動力になります。そして、それは、そこからどう進むかの道標にもなると思っています。

明日の命日を前に感情が忙しいですが

私は進んでいきたいと思っています。

今日は、出演者としても頑張ります。

よろしくお願いします。

全国胃がんキャラバン、多くの人にがん情報を届けるグリーンルーペアクションに挑戦しています。藁をもすがるからこそ、根拠のある情報が必要なのだと思い、頑張っています。