彼女のために(パイ二種)|酒と肴 その四十八
「…あたし、このパイきらいなのよね」って言うあの子がタイプで、パイ料理を食べる度に何パイだったらお気に召すのか考えます。個人的にはうなぎパイ、それもV.S.O.P.がお薦めですが、そういう事ではないのでしょう。
そもそも映画に出てきた「ニシンとカボチャの包み焼き」がうまくイメージできません。私にとってニシンと言えば身欠きニシン。焼いて生姜醤油で頂くか、酒のお供のニシン漬けなので、カボチャとの取り合わせも包み焼きも、まるで想像がつかないのです。
そこで久しぶりに『魔女の宅急便』を見ましたが、やはりよく分かりませんでした。むしろ上品な奥様がお手伝いの老女を「婆さん」呼ばわりする様子に、階級社会の闇を感じます。それなら孫娘のセリフも納得ですが、どうにも違和感なので調べたら、「婆さん」ではなく「バーサ」という名前と分かりひと安心です。
ともあれ公開から30年以上経ち、ツンな彼女もきっと40代の半ばくらい。今ならニシンのパイどころか、ハギスを肴にスコッチウイスキーを嗜む大人の女性になっていることでしょう。
そこで彼女に食べてもらえるパイ料理を作るべく、ミートパイにチャレンジしました。
なにぶん初めてですので、冷凍パイシートのお世話になります。
ミートソースを煮詰め、卵黄を塗ったり、フォークを押し付けたりして焼き上げたところ、何故かしゃくれたモアイが生まれました。
見た目は古代文明の石像ですが、黒ビールとよく合うお味。パイ料理、作る前はハードル高く感じていましたが、作ってみたら案外手軽でした。何より焼きたての味わいは、素人の毛が抜けたレベルの腕前を、2割くらい増毛させる効果があります。
気を良くしたので、余っていた勢いとパイシートで、アップルパイも焼きます。
写真はシンプルにパイだけですが、食べる時にはバニラアイスを添え、シナモンパウダーを振りかけます。
何と言いますか、サクサク食感もいいですけれど、溶けたアイスでクタクタになった生地もいいですよね。外では肩肘張って過ごすツンなあの子が、私の前ではリラックスしてデレている。そんな妄想が膨らみ、甘酸っぱい気持ちになりました。
こんな風に魔女宅の彼女を狙って作った二種のパイ。「…まあ、悪くないわね」なんて言いながら食べてもらえたら嬉しいです。
そして今回、残念なことに気づいてしまったのですが、「その音楽、止めてくださらない?」って言う先輩魔女も好みでした。
節操がなくて恐縮ですけれど、機会があれば彼女に聴いてもらえるプレイリストも考えたいと思います。