DXレポート2.1を超えて(持続可能なデジタル社会の実現へ)
8月31日に経産省が「DX レポート2.1」を公表しました。
もはや個々の企業のDX(デジタル・トランスフォーメーション)を待っていたのではグローバルなデジタル競争の中で日本は埋没してしまう。今後日本が取るべき方向性は産業構造全体のDX(デジタル産業の創出)であるという大胆な提言がなされており、非常に興味深い内容です。
DXレポートとDXレポート2の概要
2018年9月に「DXレポート(初版)」が公表されました。
本レポートでは、日本企業(ユーザー企業とベンダー企業)における老朽化・複雑化・ブラックボックス化した既存システム(レガシーシステム)が、DXを本格的に推進する際の障壁となることに対する警鐘が鳴 らされました。
そして、日本企業がこのまま変革を進めることが出来なければ、2025年以降最大12兆円/年(2018年当時の約3倍)の経済損失が生じるリスク(本レポートではこれを「2025年の崖」と表現)について課題提起し、2025年までにデジタル企業への変革を完了させることを目指して計画的に DXを進めるよう日本企業に促しました。
これを受けて、2020年12月に「DX レポート2」が公表されました。
本レポートでは、日本企業の経営・戦略の変革の方向性として「レガシー企業文化 からの脱却」「ユーザー企業とベンダー企業の共創の推進」の必要性が示されました。但し、ユ ーザー企業とベンダー企業は「相互依存関係」にあるため、一足飛びでは変革を進めることが難しいことも示されています。
また、今後企業がアジャイル型の開発等によって事業環境の変化への即応を追求すると、その結果として、ユ ーザー企業とベンダー企業の垣根がなくなっていくという究極的な産業の姿が実現されるとの方向性も示されました。
その上で、DX取り組みの加速に向けて企業・政府の取るべきアクションについて中間報告という形で様々な政策提言(デジタルガバナンス ・コードの普及、DX認定制度の展開など)がなされました。
DXレポート2.1が言いたいこと
今回、DXレポート2から8ヶ月余りでDXレポート2.1が公表された訳ですが、一向に進展しない日本企業のDX取り組みに対する経産省としての焦りやもどかしさが背景にあるのではないかと推察します。
本レポートの要点を一言で言うとすれば、「既存産業からデジタル産業への変革(Industrial Transformation)を早急に進めよ」だと思います。
以下はレポート冒頭のエグゼクティブサマリからの抜粋です。
既存産業を従来以上の競争力のあるデジタル産業として変革させるためには、DX をより一層加速させるこ とが不可欠であるが、そのような新産業の創出には長期の時間を要する。本レポートは、デ ジタル産業の創出に向けて、官民の区別なく時間をかけて完成形を提示する従来のスタイルを見直し、いち早く取り組むべき方向性を提示するものである。
本レポートでは、日本のIT産業の積年の課題であるユーザー企業とベンダー企業の関係性に焦点を当てています。
従来の両者の関係性は、ユーザー企業から見れば「委託による IT コスト低減」、ベンダー企業から見れば「受託による低リスク長期安定の メリット享受」であり、一見Win-Win の関係に見えます。
しかし、デジタル技術が進展し、経営の迅速化に対応した ITシステムの構築が必要となった昨今、実はこの両者の関係は、ユーザー企業にとってみれば「 IT による変化対応力の喪失」、ベンダー企業にとってみれば「低利益率による技術開発投資の不足」であり、両者が今後のデジタル競争で勝ち抜いていくことが困難な「低位安定」の関係に固定されてしまっていると言えます。
本レポートでは、日本企業が現在の低位安定の関係から脱却し、目指すべき持続可能なデジタル社会への変革を加速させるための政策の方向性が示されています。
持続的なデジタル産業創出に向けた企業変革の方向性
これまでのDXレポートは、どちらかと言うと特定の大規模ベンダー企業(富士通やNECなど)を頂点とした多重下請け型(ピラミッド型)の業界構造を前提としつつ、ユーザー企業のDXをどのように加速させるかが主な課題認識になっていたと思います。
DXレポート2でも、ユーザー企業とベンダー企業の新たな関係性(共創)の構築、ベンダー企業の事業変革の必要性などについても触れています(P22〜26など)が、課題提起に留まっていました。
今般のDXレポート2.1では、より大胆に踏み込み、ユーザー企業とベンダー企業の垣根を取り払い、デジタル産業を構成する企業群として、すべての企業を以下4つのタイプに類型化した点に大きな特徴があると思います(P14〜15)。
①企業の変革を共に推進するパートナー
②DX に必要な技術を提供するパートナー
③共通プラットフォームの提供主体
④新ビジネス・サービスの提供主体
簡単にいうと、①がコンサル的な企業、②が高度な技術力を持った企業、③がプラットフォーマー 、④がデジタルをフル活用したユーザー企業という感じでしょうか。
その上で、それぞれの企業が共創しながら「デジタル産業」(デジタルで結ばれた横断的なネットワーク型の業界構造)を形成していくことで、個々の企業のDXではなく、産業界全体としてのDXを実現していくという政府の方向性が示されています。
ただ、本レポートが示しているのはあくまでも方向性であり、具体策はまだこれからです(現時点で示されている施策は、デジタル産業指標(仮)の策定、DX成功パターンの策定など)。
個人的には、日本のベンダー企業が持続可能なデジタル社会の実現に向けて、今後どのように変革していくのかに高い関心があります。少なくとも、既存のSIビジネスに固執していては、今後のデジタル産業の一翼を担う存在になることは難しいでしょう。
基本的には、①〜③が将来的にベンダー企業が目指すべき姿なのかと思います。勿論、ベンダー企業が大胆に④を目指すこともチャレンジングだと思います。
何れにしても、ベンダー企業はユーザー企業以上に大胆な変革が求められると思います。
まとめ(持続可能なデジタル社会の実現に向けて)
DXレポート2.1では、目指すべきデジタル社会の姿として以下が示されています。
・社会課題の解決や新たな価値・体験の提供が迅速になされる
・グローバルで活躍する競争力の高い企業や世界の持続的発展に貢献する企業が生まれる
・資本の大小や中央・地方の別なく価値創出に参画できる
このような社会は、社会価値と経済価値の同時実現を可能とする持続可能な社会でもあり、見方を変えると、SDGsの達成(企業がデジタルやデータをフル活用した課題解決能力を持つことが必須となる)に向けて求められる社会像でもあるのです。
本noteでは、デジタルの力によって実現されるこのような社会を「持続可能なデジタル社会」と呼ばせていただきます。こうした社会を実現する原動力となるのがデジタル産業を構成する企業群(①〜④)です。
これからの企業は、デジタル産業のエコシステムを構成しながら、サステナビリティ・トランスフォーメーション(SX:企業のサステナビリティと社会のサステナビリティの同期化)を積極的に推進していくことが経営戦略の要諦になると思います。
もっとも、DXレポート2.1が示す「目指すべきデジタル社会」には地球環境や社会へのマイナスインパクト(気候変動、経済格差、人権問題・・)を最小化する姿が明示的に示されてはいませんので、この点は注意喚起が必要です。
サステナビリティ経営研究家としては、持続可能なデジタル社会の実現に向けて、地球環境や社会へのマイナスインパクトを最小化することを前提としつつ、DXとSXを車の両輪として取り組んでいくことが、サステナビリティ経営のあるべき姿の鍵を握っていると確信しています。
<参考>
DXレポート2.1など一連のDXレポートの実質的な執筆者は、和泉憲明さん(経済産業省 商務情報政策局 情報経済課 アーキテクチャ戦略企画室長)という方のようです。
・和泉さんがDXレポート2.1について話されている短いYouTube動画はこちら。
・和泉さん他がDXレポート2の背景や概要について説明されている記事はこちら。
現在、サステナビリティ・トランスフォーメーション(SX)については、経産省の「サステナブルな企業価値創造のための長期経営・長期投資に資する対話研究会(SX研究会)」にて検討が進められています。