見出し画像

新しい資本主義の構築に向け、日本企業は積極的な関与を

10月4日、岸田新内閣が誕生しました。

新内閣では成長戦略とともに富の再分配を重視する「新しい資本主義」の構築を目指すとしています。「先端科学技術の研究開発への大胆な投資」「デジタル田園都市国家構想による地方と都市の格差是正」など幾つかの政策が掲げられていますが、まだ具体的な姿は見えてきていません。今後の展開に注目したいと思います。

世界の潮流はステークホルダー資本主義へ

近年グローバル社会では、行き過ぎた株主至上主義への反省から資本主義のアップデート(新しい資本主義の構築)が叫ばれています。

アメリカを代表する約180の民間企業の最高経営責任者が参加するビジネスラウンドテーブル(BRT)は、2019年8月に「企業の目的」に関する声明を出し、「株主資本主義」から「ステークホルダー資本主義」への転換を宣言しました。

昨年1月に開催された世界経済フォーラム(WEF)の年次総会(ダボス会議)は、資本主義の再定義が主題となりました。株主への利益を最優先する従来のやり方は、格差の拡大や環境問題という副作用を生んだという問題意識から、株主だけでなく顧客、従業員、取引先、地域コミュニティ及び地球環境にも配慮した「ステークホルダー資本主義」が提唱されました。

今年のダボス会議(8月にシンガポールで開催予定だったが、コロナ禍で中止)のテーマは「グレートリセット」でした。グレートリセットとは既存の経済社会システムの大転換であり、その根幹となるのが「ステークホルダー資本主義」です。

ステークホルダー資本主義が求めるサステナビリティ経営

ステークホルダー資本主義の全体像はまだよく分かりませんが、ステークホルダー資本主義が、これからの企業経営に長期指向、マルチステークホルダー指向を求めていることは間違いないと思います。

これからの企業には、短期的には必ずしも利益に繋がらなくとも、将来世代を含む幅広いステークホルダーのために社会への価値提供(気候変動、生物多様性、経済格差、人権・労働問題など様々な社会課題の解決含む)を果たし、地球環境と人類社会の持続可能性を高めることが求められています。

そのためには、サステナビリティ・トランスフォーメーション(SX:企業のサステナビリティと社会のサステナビリティの同期化)を実現する経営(サステナビリティ経営)への戦略的な転換が重要です。

本noteでは、サステナビリティ経営には主に以下のような要件が求められると考えています。

<サステナビリティ 経営の要件>
① メガトレンド(SDGs含む)および長期的な競争環境などの理解と分析(リスクと機会の両面)
② メガトレンド及びパーパス(存在意義)に基づく長期ビジョンの策定(持続的な経営の姿・方針・成長イメージなど)
③ 長期ビジョン実現に資するビジネスモデルの構築(社会課題解決と経済価値創出の同時実現)
④ ビジネスモデルの持続的な競争優位実現のための戦略の策定(マテリアリティ(ビジネスモデルの持続性に関連する重要課題)の特定、事業ポートフォリオの最適化、有形・無形資産の適切な投入・強化など)
⑤ 戦略の実行(組織設計、人材強化、KPI(財務、非財務)の設定、PDCAマネジメント、デューデリジェンス、リスク管理とコンプライアンスなど)
⑥ 情報開示と透明性の確保(価値創造ストーリー、ESG情報、インパクトなど)

①〜⑥に関連する意思決定及び行動は以下により担保される
・幅広いステークホルダーとの対話・エンゲージメント
・サステナビリティ重視のコーポレートガバナンス

サステナビリティ経営を支える資本市場形成への取り組み

ステークホルダー資本主義を構築する上での重要なポイント(の1つ)は、経営者や投資家が、サステナビリティ経営が実現する企業価値(経済価値+社会価値)を包括的かつ適正に評価・判断できるような資本市場を形成していくことです。

このようなサステナブルな資本市場の形成が、企業の力を最大限引き出し、社会の持続可能性や人々の幸福(ウェルビーイング)を織り込む新しい資本主義の構築に繋がっていくことになると思います。

現在、サステナブルな資本市場の形成に向けて様々な革新的な取り組みが進められていますが、ここでは「インパクト加重会計」「ステークホルダー資本主義メトリクス」についてご紹介します。

(1) インパクト加重会計

「インパクト加重会計」とは、損益計算書(PL)や貸借対照表(BS)などの財務諸表に記載される項目で、 従業員、顧客、環境、より広い社会に対する企業のインパクト(人々や地球にとって重要な正または負の結果の変化)を反映させることにより、 財務の健全性と業績を補足するために追加されるものです。

ハーバード・ビジネス・スクールのジョージ・セラフェイム教授らによるインパクト加重会計イニシアチブ(Impact-Weighted Accounts Initiative:IWAI)が推進しています。

既存の財務諸表は、環境や社会課題に関する損益を捨象しており、企業価値を包括的に表していないと言われています。

<既存の財務諸表の疑問点(例)>
・温暖化につながる大量の二酸化炭素の排出により、企業は環境関連費用を外部化していることになるが、そのコストを収益から差し引くべきではないのか。
・従業員への手厚い給与は、人間の社会生活を向上させるという価値を創造しているとすれば、給与は利益を圧迫するコスト(人件費)と見なすのではなく、将来利益をもたらす未来への投資と捉えるべきではないのか。

IWAIは、このような疑問点に会計面から取り組むため、「すべての人と地球のために機能する、より包括的で持続可能な資本主義を構築する必要がある」として、企業活動が、財務資本や物的資本だけでなく、人的資本、社会的資本、自然資本に与えるインパクトを測定及び貨幣価値換算し、経営者や投資家の意思決定に反映できるようにすることを目指しています。

セラフェイム教授が世界1800社を対象に実施した調査では、会計上は外部化されている環境関連コストを差し引くと、2018年にEBITDA(利払い・税引き・償却前利益)が黒字だった1694社中543社は利益が25%以上減少したことが確認されています。

セラフェイム教授は、「大規模な資本市場の発展には財務会計インフラの整備が必要であったように、持続可能性を考慮した資本市場の発展には、インパクトを加重した財務会計(インパクト加重会計)の整備が必要である」と言われています。
(出典:IMPACT-WEIGHTED FINANCIAL ACCOUNTS:The Missing Piece for Impact Economy 及び抄訳)。

(2) ステークホルダー資本主義メトリクス

別の取り組みとして、ステークホルダー資本主義を測定するための共通指標(ステークホルダー資本主義メトリクス)の設定に向けた動きがあります。2019年からWEFが4大会計事務所(デロイト、EY、KPMG、PwC)と共同で推進しているイニシアチブです。

本イニシアチブは、「ガバナンスの原則」「地球」「人」「繁栄」の4つの柱に焦点を当て、21の中核指標と34の拡大指標及び開示のフレームワークを設定し、2020年9月に報告書「ステークホルダー資本主義の進捗の測定~持続可能な価値創造のための共通指標と一貫した報告を目指して~」を公表しました。

ステークホルダー資本主義メトリクスの4つの柱と中核指標例
<ガバナンスの原則>
・企業の目的、戦略および説明責任を反映
・中核指標には、パーパスの設定、取締役会の構成、倫理的行動などが含まれる <地球>
・自然環境への企業の依存度と影響を反映
・中核指標には、温室効果ガス排出量、土地の保護、水の使用量などが含まれる
<人>
・企業の公平性と従業員の待遇を反映
・中核指標には、多様性、賃金格差、安全衛生、研修などが含まれる
<繁栄>
・企業が地域社会の財政状況にどのような影響を与えているかを反映
・中核指標には、雇用と富の創出、納税額、研究開発費などが含まれる

WEFによると、このイニシアチブの目的は、企業のサステナビリティ報告(ESG情報開示と同義)における比較可能性と一貫性の向上及び主な民間のサステナビリティ報告基準設定機関の収束の促進です。

・本イニシアチブには、バンク・オブ・アメリカ、BP、エリクソン、HP、IBM、ネスレ、シーメンス、ユニリーバ等100社以上のグローバル企業が支持を表明
・その内、日本企業は、三菱商事、三菱重工業、三菱UFJフィナンシャル・グループ、SOMPOホールディングス、ソニーグループ、住友商事、三井住友フィナンシャルグループ、サントリーホールディングス、武田薬品(計9社)

現在、国際財務報告基準(IFRS)を策定する国際会計基準審議会(IASB)の上部組織であるIFRS財団が、サステナビリティ報告基準の設定(統一化)に乗り出しています(公開草案)。

11月開催予定の英国でのCOP26において、IASBのサステナビリティ分野版である国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)の設立と、ISSBがサステナビリティ報告基準設定の役割を担うことについての表明が行われる予定です。

WEFは、IFRS財団とも連携しており、ステークホルダー資本主義メトリクス・イニシアチブが設定した共通指標が、ISSBが設定(統一化)を目指すグローバルなサステナビリティ報告基準(IFRSサステナビリティ基準)への有力なインプット(の一つ)になる可能性もありそうです。

まとめ(日本企業はルールメイキングへの主体的な関与を)

地球環境や人類社会の持続可能性という面で明らかに限界を見せている株主資本主義に代わる新しい資本主義としてステークホルダー資本主義への転換の流れはもはや必然とも言えるのではないでしょうか。

しかしながら、ステークホルダー資本主義の基盤となるサステナブルな資本市場の形成に向けた取り組み(例:インパクト加重会計、ステークホルダー資本主義メトリクスなど)では、今のところ欧米の企業・組織の存在感が目立ちます。

日本企業は、ステークホルダー資本主義の下での、持続的な企業価値向上を目指すサステナビリティ経営に戦略的に取り組むと共に、このようなルールメイキングに積極的に関与し、国際的な議論をリードしていく主体的な姿勢が求められています。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?