知財・無形資産を活用したビジネスモデル革新と価値創造ストーリー
デジタル・トランスフォーメーション(DX)に代表される急速な技術革新、モノの生産・供給だけでなく個人のニーズに合致したコト(顧客体験)の提供、気候変動や人権など環境・社会課題への関心の高まりといった経営環境の急激な変化、更には経営におけるリスク要素として昨今重要性が高まっている国際的な経済安全保障(サイバーセキュリティ含む)の観点などが相まって、知財・無形資産は、中長期の企業価値向上のための競争力の源泉として益々その存在感を増しています。
知財・無形資産の投資・活用戦略の開示及びガバナンスに関するガイドライン
以前のnoteで、知財・無形資産の投資・活用の面から日本企業(中小・スタートアップ等を含む)の持続的なイノベーション創出を促す政府の取り組みについてご紹介しました。
2022年1月28日、その成果の一環として「知財・無形資産の投資・活用戦略の開示及びガバナンスに関するガイドライン ver1.0」が公表されました。
本ガイドラインは、企業が研究開発や知財など無形資産への投資・活用戦略を価値創造ストーリーとして開示し、それを投資家等が分析・評価して企業に資金を投じる流れをつくるための手引きとなるものです。
本ガイドラインでは、知財・無形資産の投資・活用のための5つの原則が示されています。とりわけ重要なのが、知財・無形資産の投資・活用を「価格決定力・ゲームチェンジに繋げる(原則1)」、「費用でなく資産の形成と捉える(原則2)」でしょう。
革新的なビジネスモデルを価値創造ストーリーとして説明
日本企業は、過去30年間韓国や中国企業との開発・価格競争で後塵を排し、GAFAMなど大手IT企業のような革新的ビジネスモデルも作れませんでした。今後は、知財・無形資産を活用した高付加価値を提供するビジネスモデルを構築し、価格決定力に繋げること、イノベーションによる競争環境の変革(ゲームチェンジ)に繋げ、そこで勝っていくことことが求められます。
また、革新的な市場創成期には、ある程度の赤字を覚悟してでも知財・無形資産に十分に投資する必要があります。そのためには、経営者は知財・無形資産への投資を会計上の費用としてではなく、資産の形成であると捉え直すと共に、投資家への説明なども工夫し、中長期的な投資への理解を得る必要があります。
本ガイドラインでは、日本企業が知財・無形資産を活用した革新的なビジネスモデルを構築し、それを中長期の価値創造ストーリーとしてロジカルに投資家等に説明することを促す7つのアクションが示されています。
これらは、基本的に以下のように言い換えることができると思います。
”自社のサステナブルな価値創造に資する重要課題を踏まえたビジネスモデル(知財・無形資産の投資・配分含む)を構築・展開し、価値創造ストーリーとして発信し、投資家等との対話を通してビジネスモデル・戦略を練磨させる。”
IIRCフレームワークを活用した価値創造ストーリー例
国際統合報告評議会(IIRC)のフレームワークでは、ビジネスモデルを「事業活動を通じて、インプットをアウトプット及びアウトカムに変換するシステム」と定義しています。
価値創造ストーリーとしては、自社の強みとなる知財・無形資産(インプット)を、どのような事業化(事業活動)を通じて、製品・サービスの提供(アウトプット)及び社会価値・経済価値の創出(アウトカム)に結びつけるかという一連の流れに加えて、インプットとなる知財・無形資産の維持・強化に向けてどのような投資を行っているかについても説明することが重要です。
「知財・無形資産の投資・活用戦略の開示及びガバナンスに関するガイドライン」などを参考に、IIRCフレームワークを活用した価値創造ストーリー例をご紹介します。
インプット
特許とノウハウによって守られた高効率で低環境負荷のデバイス設計・製造に係る技術力(強みとなる知財・無形資産)事業活動
コア技術を徹底的に秘匿する巧みなオープン&クローズ戦略と他社に技術をライセンスし製造委託するファブレス経営アウトプット
他社に真似のできない高効率で環境負荷が極端に低い製品アウトカム
高い収益性(経済価値)と脱炭素及び循環型社会実現への貢献(社会価値)知財・無形資産の維持・強化に向けた投資
積極的な研究開発投資とスタートアップとのアライアンス、研究者・技術者のモチベーション向上に向けた処遇改善等
バランスト・スコアカードを活用した価値創造ストーリー例
ビジネスモデルの価値創造ストーリーを説明するためのフレームワークとしてバランスト・スコアカード(BSC)も参考になります(注1)。
BSCの4つの視点(学習と成長、業務プロセス、顧客、財務)でビジネスモデルの主要成功要因(CSF)を整理し、それぞれの因果関係をロジカルに説明することで価値創造の基本的な流れをストーリー化することができます。
例えば、
企業内にオープンで創造性発揮を促す職場環境が存在し、研究者や技術者が生き生きと働いていること(学習と成長視点のCSF)が、
イノベーティブな技術・ノウハウの開発と重要・中核特許の取得(業務プロセス視点のCSF)に繋がり、
それが他社の参入障壁となり、価格決定力(顧客視点のCSF)が生まれ、
利益率の向上(財務視点のCSF)に繋がる(注2)。
革新的なビジネスモデルで企業価値の向上を
上記2つの事例では、ビジネスモデルのロジカルな流れを定性的に説明するだけでしたが、それに加え、定量的な指標(KPI)により、知財・無形資産の投資・活用戦略の進捗具合を客観的に把握できるようにすることも投資家等との対話では重要になります。
また、戦略を策定・実行する全社横断的な体制及びガバナンスとして、社内の幅広い部署(経営企画、サステナビリティ、知財、広報・IR、研究開発、事業、マーケティング、営業等)が連携できる体制作り及び取締役会の監督機能の強化(知財・無形資産の投資・活用に深い知見を持つ取締役の選任等)が求められます。
日本企業が政府のガイドライン等も参考にしながら、自社の強みとなる知財・無形資産を活用した高付加価値で革新的なビジネスモデルを構築・展開し、投資家等との対話を通して、より強靭なビジネスモデルに練り上げ、持続的な成長と中長期の企業価値向上に取り組んでいくことが期待されます。