サステナビリティ報告基準の統一化を超えて
11月13日まで英グラスゴーで開催された国連気候変動枠組み条約第26回締約国会議(COP26)で、企業のサステナビリティ報告(情報開示)を巡る動きに大きな進展がありました。
IFRS財団がサステナビリティ情報開示基準の統一化を表明
今回のCOP26では、国際財務報告基準(IFRS:International Financial Reporting Standards)の策定を担う国際会計基準審議会(IASB:International Accounting Standards Board)を傘下に持つIFRS財団が、IASBと並列で国際サステナビリティ基準審議会(ISSB:International Sustainability Standards Board )を新設し、これまで乱立気味だったサステナビリティ報告基準の統一化に取り組むことが表明されました。
緊急性の観点から、2022年6月を目処に先ずは気候変動関連の基準が、金融安定理事会(FSB:Financial Stability Board)が設置した気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD:Task Force on Climate Related Financial Disclosures )の提言に基づき策定されます(同年1~3月に原案公表し意見を募る)。
本年6月のコーポレートガバナンス・コード改訂により、2022年4月に新設される東京証券取引所のプライム市場に上場する企業は、気候変動が企業価値に与える影響についてTCFDまたはそれと同等の枠組みに基づく開示の質と量の充実が求められます。
ISSBが策定する新基準はこの「同等の枠組み」に相当すると考えられますが、TCFD提言よりも踏み込んだ内容となる可能性が高く(TCFD提言では「推奨される情報開示(recommended disclosures)」とされているのに対し、新基準案では「作成者は内容を開示しなければならない(shall disclose)」とされている)、プライム市場上場企業は追加の対応に迫られることになるかもしれません。
気候変動を皮切りに他のサステナビリティ報告基準の統一化も
ISSBは、気候変動を皮切りに他のサステナビリティ領域(生物多様性など気候変動以外の環境領域および社会性領域など)についても統一した報告基準の策定を予定しています。詳細はまだ分かりませんが、TCFD提言という共通のベースラインが存在している気候変動と比べると、他の領域での基準策定はそれほど簡単には進まないのではないでしょうか。
TCFD提言では、4つの柱(ガバナンス、戦略、リスク管理、指標と目標)を開示の基本構造としており、ISSBが策定する気候変動を始めとするサステナビリティ報告基準でもこの構造が採用されるものと思われます。
IFRSは財務報告の国際標準として140カ国以上での使用が認められています。IFRS財団の影響力は大きく、将来的には、ISSBが策定するサステナビリティ報告の統一基準である「IFRSサステナビリティ基準」がサステナビリティ報告における事実上の国際標準になっていくことが予想されます。
サステナビリティ報告基準の統一化が及ぼす影響とは
投資家が企業価値を判断する上で企業による報告は重要な役割を果たします。基本的に、報告の対象には財務報告と非財務報告(サステナビリティ報告を含む)があります。
財務報告にはIFRSという国際標準が存在しています。一方、非財務報告には開示項目やその内容・定義などが異なる様々な基準が乱立しており、比較可能性などの面から投資家の企業価値判断が困難になっていたと同時に、企業にも多大な負荷がかかっていました。
IFRS財団によるサステナビリティ報告基準の統一化は、資本市場の効率性の観点では企業及び投資家双方にとって有意義なことだと思われます。
一方、企業価値を単一の基準(地域や業種に応じた開示余地はあるものの)で評価することにはリスクもあります。基準が過度に細則主義的になった場合、企業の裁量の余地が狭まり、報告内容が形式的かつ保守的なものとなる懸念が生じます。
サステナビリティ報告では、企業間の比較可能性を確保するための基準の規範性(規定演技)を尊重しつつ、企業価値との関連性を発揮するための企業の創意工夫や独自性(自由演技)の幅を確保していくことが重要です。
今般、グローバルな共通基準としてのIFRSサステナビリティ基準(先ずは気候変動についての基準)が策定されようとしています。企業が当該基準に沿った形でプロセスやパフォーマンスを開示することは必要ですが、それだけでは独自性・強みに基づく企業の本質的な価値を訴求することはできません。
自由演技に磨きをかけて本質的な企業価値の訴求を
企業の本質的な価値訴求のためには、IFRSサステナビリティ基準を超えた、企業の経営力・戦略性を最大限に発揮した自由演技が重要になります。
そのために企業は、以下のような価値創造のための一連の経路(インパクトパス)を分かり易く示すことが求められます。
① 自社のパーパス(社会的存在意義)及びビジョン(あるべき姿)を踏まえたマテリアリティ(持続的な価値創造能力に影響を与える重要な経営課題)を起点とし、
② その解決・実現のためにどのような事業活動を行ない、
③ どのようなアウトプット(製品・サービスなど)を経て、
④ 環境・社会へのインパクトを創出し、
⑤ 最終的な財務インパクトに到ったのか。
ISSBの設立に伴い、気候変動を始めとするサステナビリティ報告基準の統一化を巡る動きは収束の方向に向かうことが予想される一方、欧州や米国では独自の動きも続いています。
<欧州>
・2021年4月、EU委員会は、上場企業及び大企業に対し、サステナビリティ情報の開示を要求する現行の非財務報告指令(NFRD:Non-Financial Reporting Directive)の改正案として、企業サステナビリティ報告指令(CSRD:Corporate Sustainability Reporting Directive)案を公表
・2023会計年度から適用開始予定
<米国>
・2021年3月、米証券取引委員会(SEC:Securities and Exchange Commission)は、気候変動開示に関する現行ルールを見直すための意見募集を実施(期限:6月13日)
・寄せられたコメントの内、4分の3が義務的な気候開示ルールに賛成
・7月、ゲンスラーSEC委員長が気候リスク開示の義務化に関するルールの提案を2021年末までに策定するよう指示
まとめ
何れにしても、COP26でIFRS財団が新設を表明したISSBが、2022年6月を目処に策定予定のIFRSサステナビリティ基準が、これからの企業のサステナビリティ報告のメインストリームを形成していくことは間違いないものと思われます。
企業は、これらグローバルな動向を的確にフォローし、戦略的に対応すると共に、自社の独自性・強みに磨きをかけて、マテリアリティを起点とする自社ならではの魅力的な価値創造ストーリーを積極的に発信していくことが、自社の持続的な成長と中長期の企業価値向上にとって益々重要になります。
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