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マイブロークンマリコを読みました

率直な感想です。ネタバレになってしまうかもしれないです。


職場の同僚からすごく話題の作品と聞き、

いろいろな書店でも大々的に推されていたこともあり、

気になって読みました。



あっという間に読んで、自分の性格的に「なぜ?」を知りたかった気持ちのあとに

逆に明確にしなかったのはなぜなんだろう?と考えました。


すべてわたしの独断の考察ですが、この結末に至った理由として


「なぜ」の部分を示してしまうと、人によっては

「そんなことで?」とマリコの行動を否定することになるかもしれないから


自分以外の人の悩み(人生)を聞くと自分事よりも

どうしても軽く思えてしまうことがあるような気がします

例えば、わたしで言うと

新卒で入った会社の同僚と定期的に会って

「配属先どう?」という話をよくしていたのですが、

同僚の話を聞いていると
(わたしのところより楽そうだな…)と
自分が一番しんどいところに配属されたように感じていました。

でも、ふとその同僚の立場にもし自分がなったらと考えたとき

それは自分には乗り越えられなかったなと思います。

ただ、同僚が大変そうに話さなかっただけである場合もあるし

ポテンシャルの違いもあるし

自分の感じる辛さは自分にしかわからないし、

人の辛いことと比べることはできないと改めて思いました。


だからマリコの選択の理由がもし詳細に表現されていたら

人によっては

「過酷な虐待は乗り越えたのに?」とか

「もっと頑張れたのでは?」

と思うかもしれない

読後に「自分がシイちゃんだったら納得できない!やりきれない!」

と思ったりするかもしれない

それで終わるのは作者の伝えたいことと違うところに行ってしまうのかなあと


仮にわたしはマリコの最後の手紙の内容を何パターンか想像してみました。

でもどのパターンだったとしても、自分がシイちゃんだったら

「それでもやっぱり死なないでほしかった」

「せめて自分にだけは予告してほしかった」

「一緒に行かせてほしかった」

海のシーンにもこのようなセリフがある通りやるせない気持ちでいっぱいになります。


読者の誰にも逸れた方向でのモヤモヤを残さないように考えられた結末なのだなあと感じました。


最後に「マイブロークンマリコ」の意味について考えてみました。

言葉通り

「マリコがいなくなってしまったこと」を指しているとも思いますし

マリコからの最後の手紙を読んで

シイちゃんの感じたことだとも思いました。


シイちゃんの最後の「…うん」に続くのは

「そっか、壊れちゃったんだね

それならしょうがないよね、悔しいけどね」

みたいな感じなのかなあと


全て独断の考察なのですが、もし作品を読んだ方で

これを読んで気分を害したら申し訳ございません。

読んでみていろいろ考えさせられました。

それから、マイブロークンマリコの後に入っている「YISKA」

とてもグッときました。

どちらももう一度読みたいと思います。




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