天体観測にうってつけの日
今日は、大きな彗星が街にやってくる日だ。地球最後の日になるかもしれないって街の老人が言っていた。それを信じた人たちのお祭りが行われている。街は騒がしくも、一生懸命な灯をともしていた。
僕は、そんな祭りを鼻で笑っていた。最期をどう過ごすかよりも大きな彗星をこの目で見てみたかったからだ。ホコリが被っていた天体望遠鏡をピカピカに磨いた。
「もうじき、いいものがみられるからな。」
優しく息を吹きかけながら、とんでもなく綺麗にした。手入れに慣れはあっても手抜きはしないほうがいい、と父は言っていたっけな。
急いで、しかし、丁寧に支度を済ませた。そうして僕は丘をとぼとぼと登っていった。ここにいたのなら、高い紅茶すら、雑に飲み干してしまうように残念な瞬間になってしまいそうだからだ。
平らな地面を見つけて、望遠鏡を広げる。脚を上手く開かないと、安定しない。スコープは歪んで、位置を測るにはガタが来すぎている。だから、目視で確認することにした。
予測によれば、月の真横を通るはずなんだ。柔らかい月の光を見ながら、去っていく彗星を見られるなんて、夢みたいだ。慎重にネジをまく。
温かいコーヒーを飲みながら、ただただ彗星を待っていた。とっても長いようで、案外短かった。
大きな彗星が流れてくる。街の灯は変わらず灯っている。彗星は、天の川みたいな尾を引きながら夜空を自分だけのものにしていく。彗星は世界のはしに落ちて、ただの石ころになった。
街の中で抱き合っていた人たちも、手を繋いだ人たちも、みんな変わらなかった日々を讃えて、ダンスしている。
「望遠鏡なんて、要らなかったんだ。」
三角座りをしていたら、涙が出てきた。全部の涙が終わったら、望遠鏡を抱きしめて、彗星の方向へ駆け出した。
生命を残した彗星は海の底にあるようだった。僕は、望遠鏡も荷物も一緒に全部飛び込んだ。いつか化石になるために。
彗星は確かに僕の命をさらっていったのだ。