第九夜
今日も煙草を吸う。吸ってゆっくりと煙を吐き出す。それが私の仕事だ。
17:00から準備が始まる。白昼夢隊の人々と入れ替わり、夢団地へ繰り出す。愛用のジッポーは毎日手入れしている。錆びないように拭き取りを念入りに行う。好きな銘柄はない。それはこちらが決めることではないからだ。
仕事場へ向かうと、部屋に案内される。ワンルームの床に煙草が1箱置いてある。煙草を呑むという人も居るが、私は吸う派である。今日も吸う。
1つ1つの葉巻には夢フィルターが貼ってある。念入りに編まれたフィルターの中には楽しい夢も悲しい夢もたくさん入っている。煙の届く先の人の感情は揺れるだろうが、私達の感情が揺れることは無い。味は少々変わる。お好みでメンソールを入れることも可能だが、私はスースー味はお断りである。
思い切り煙を吐けば、早く終わる仕事である。しかし、届け先の人が急に苦しくなったり悲しくなって魘されたりしたら気分が悪い。優秀な仕事をすることへのプライドが高い分、ゆっくり上品に煙を吐く。そっと、湯気を撫でるように。
ベランダの窓を開けて、外へ出る。今日は湿度が高そうだ。箱の中身を見る。今日は20本、フルで入っている。中々に骨が折れそうだ。
1本目は桜の香りがした。綺麗な香りの中に少しの塩気を感じる。少しだけ眠たくなった。目を閉じると、瞼の外が温かくて、柔らかくなった。チョコレートを噛む。
2本目は焼き魚の香りがした。夕方の住宅街で嗅いだことがある香り。影が伸びているように感じる。ラムネを口に含む。
急に玄関の扉が開く。「急げ、夏だから日の出が早いんだ。」と罵声が飛んでくる。今日の勤務は厳しい主任付きと言うわけだ。頭を掻きむしった。
慌てて済ませる煙草は美味くない。目がぐらぐらする。血管の収縮を楽しむ余裕すらない。
最後の1本まで慌てて吸って、最後の一吐きを楽しんだら、スモークチーズを噛む。
そういえばあと何回、この毎日を繰り返したら私の仕事は終わるのだろう。誰かが作った夢を届けることへの誇りがありつつも苦しい夢を届けた後味が悪い。口に物を含まないとやっていられない。
慌ててジッポーを取り出す。蓋を閉めずに見つめる。熱くて身体が溶けだす。ハッピー・バースデーの匂いがして、夜が終わる。