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坂本サトル エッセイ集『weekend caravan plus』(2002年)のこと

エッセイ集『weekend caravan plus』の魅力

坂本サトルさん著、2002年8月に発行されたエッセイ集『weekend caravan plus』(ウィークエンドキャラバン プラス)
この度、サトルさんの通販サイト坂本商店web Marketで再販売されたとのことで、こちらの著書について紹介したいと思います。

※2022/9/27追記。なんと、エッセイ集本日売り切れてしまったそうです。サトルさんが倉庫整理して在庫を見つけない限り再販はないかも…。
※2023/09/05追記。なんと、サトルさんが倉庫より10冊発見し、再販売中!
※2023/09/06追記。再販分も完売とのこと

坂本サトルの「物書き」としての魅力がギュッと1冊に濃縮された初のエッセイ集、「weekend caravan」。
ジガーズサンの活動休止から解散までを赤裸々に書き綴った長編ものから全身脱力すること間違いなしの「とほほ」なアホアホエッセイまで硬軟豊富に織り交ぜた110編のエッセイに、1998年のアマゾン川への冒険旅行を日記風に綴った「ボリビア道中記」を加えた、読み応えたっぷりな1冊。

坂本商店web Marketより 『weekend caravan plus』本人による紹介文

20年以上前のエッセイですが、むかしJIGGER’S SON(以下、ジガーズサンと表記)の音楽を聞いていた方や、ラジオなどでちょっとでもサトルさんのことをご存じの方には、ぜひ読んでほしい1冊です。

個人的おすすめポイントを3つ。
①サトルさんのエッセイはめちゃくちゃ文章がうまい。おもしろい。
②『天使達の歌』ブレイク直後の、サトルさんの怒涛の音楽活動の記録が収録。
③ジガーズサンの活動休止から解散ライブに至るまでの、胸を打つリアルなやりとりが収録。
詳細は後述します。

上記以外にも、当時のサトルさんの子育てなどプライベートな様子が垣間見れたり、「ボリビア道中記」が想像以上に過酷な旅の記録であったりと(ミュージシャンの旅行記とは思えない)、読み応えあるエッセイが満載です。

音楽専門サイトで連載されたエッセイ『weekend caravan』

『weekend caravan』とは、So-netの音楽専門webサイト『mc』の中で、1999年6月から坂本サトルさんが週1回更新されていた、日記形式の連載エッセイです。
「So-net」はソニー系列のプロバイダで、その昔『mc』(music club on line)というWEBサイトを運営しており、その中の「Music colums」コーナーに掲載されていたエッセイ、つまりWEB上での連載でした。サトルさんのほかにも、何組かエッセイを掲載していたアーティストがいたようです。

書籍『weekend caravan plus』には、1999年6月から2001年9月までにサトルさんが執筆した111本のエッセイが収録されています。(『weekend caraban』のWEB連載は、その後2002年9月26日vol.158まで続いたようです)
このほか、1998年春から1年半にわたって当時のファンクラブ会報誌に連載されていたという、サンポーニャ奏者・瀬木貴将さんとの旅行記「ボリビア道中記」が、カラー写真と共に掲載されています。(だから本のタイトルが『weekend caravan plus』なんですね)

『mc』のMusic Columsページ。※アーカイブページから読み込んだので一部画像抜けています。

『weekend caravan』を知ったきっかけ

サトルさんがソロデビューして、しばらくしてからファンになった私が、『weekend caravan』の存在を知ったのは、2012年に発売されたジガーズサン再結成後の1st.シングル『バトン』(一般流通盤)のブックレットがきっかけでした。
40ページにもわたるブックレットには、音楽ライター・奥”ボウイ”昌史さんによるジガーズサンのメンバー4人の再結成インタビューが掲載されており、その中に、ライター奥さんによる、以下のようなコメントが載っていました。

ーー当時、サトルさんの連載『weekend caravan』で活動休止のことが赤裸々に書かれていて。それを超えてちゃんと決着する解散ライブをやったとは思うんですけど、同時にそう簡単にこのバンドが元に戻ることはないとも感じていたんです。

ジガーズサン シングル『バトン』
ブックレット掲載のインタビューより※

このインタビューを読んで、「いつか読んでみたいけど昔のWEBサイトだから無理かな…」と思っていましたが、書籍になっていたと知りました。
坂本商店web Marketの紹介文を見ると、2017年に販売開始したのかな?
私はしばらく気がつかなくて、購入したのは2022年になってからでした。

昔は、インターネットに載っている情報は一生見られるものだと思っていましたが、プロバイダや運営会社のサービス終了など、さまざまな理由で過去のサイトは閉じられていき…一生見られないものに。結局「書籍」というフィジカルな物質として生み出されたものが残り、何年たっても人に見てもらえる可能性があるのだなぁと、しみじみ感じます。

※シングル『バトン』は一般流通盤と会場限定盤があり、インタビューが掲載されているのは一般流通盤の方です。

『weekend caravan plus』の個人的推しポイント

①坂本サトルさんの文才が遺憾なく発揮された1冊

サトルさんは、文章がめちゃくちゃうまいです。
サトル節というような自分の文体を持っていて、リズムが良くて、とっても読みやすい。この本は、WEBに掲載されたエッセイをそのまま掲載しているので、圧倒的なテキスト量なのですが、すらすら読めてしまいます。
そして、物事を見つめるまなざしがウェットすぎずドライすぎず、絶妙。もちろんユーモアもあり。サトルさん独自の視点をもっていて、おもしろいんですよね。歌詞を書いている人だからなのかな。文筆家とはまた違った文章の魅力があります。

ちょっとだけ抜粋。

vol.84 3月某日「まもなく34才」

僕は春に生まれた。そして春が好きだ。
リンゴの枝は冬の間に驚くほど伸びる。幹のあちらこちらから垂直に空に向かって。その膨大な数の新しい枝の中から必要なものとそうでないものを選り分けて、邪魔な枝を専用のハサミやノコギリで切り落とす作業を剪定という。(中略)剪定によって切り落とされた枝は、雪が溶けるまで放置される。そして、春になって農作業が本格化する前にその枝を何カ所かににまとめて火をつけるのだ。切り取られて数ヶ月しか経っていないリンゴの枝はまだまだ水分をたっぷりと含んでいるので、燃える時に水分が蒸発するような「シュー」っという音をたてる。そしてその音と同時に甘い独特の匂いを発するのだ。家の周りにはリンゴ畑がたくさんあったので、その時期になるとそこら中にその匂いが漂ようのだが、僕はその匂いが大好きだった。

『weekend caravan plus』より抜粋

春の到来を告げる風景として、このりんご畑の描写。音、におい。
春の描写と言われて、こんな美しい文章が書けるのサトルさんだけなんじゃないかと思います。恐るべし。
上記はまじめな文章ですが、くだけた文章もたくさん載ってて、おもしろいです。振り幅がすごい。

ちなみに、サトルさんの文才はプロのライターも認めるところで、ジガーズサンの過去の雑誌インタビューに、以下のような記載がありました。

ジガーズサンの7thアルバム、『バランス』の資料として手渡されたVo&Gの坂本覚執筆の楽曲解説を読んでいたらば…冷や汗が噴き出た。とにかく文章がべらぼうに上手いのだ。特に、シングル・カットされた12曲目“忘れないで”の解説のくだりときたら…こうである。
「愛だの夢だのという言葉を使うことに対して持っていた嫌悪感や気恥ずかしさが、いつの間にか消えてしまっていた。愛も夢もとてもいい言葉だ。時々陳腐に聞こえてしまうのは、使い方を間違えている時なのだと思う」
ああっ上手い!そして鋭い!(中略)…坂本は、言葉本来の意味を適切に伝える確かな頭脳と表現力を持っているわけでーーだからこそ、そんな彼が改めて行きついた愛と夢に、強い興味を抱いたのである。

ROCKIN’ON JAPAN(1998年4月号)
インタビュー=中込智子氏

音楽ライターをも唸らせる、折り紙付きの文才。さすが。

サトルさんはこの時期、音楽活動もめちゃくちゃ忙しかったと思いますが、自身のWEBサイトを自ら運営していたほか、『日々の営み』という日記形式の情報発信もおこなっていたというワーカホリックぶり。
私もかつてほんの少し物書きを齧った経験から言うと、サトルさんは音楽活動の傍らで、よくぞこれだけ膨大な量のテキストを執筆されていたと、恐れおののきます。33~35歳当時のサトルさんは一体どれだけの仕事量をこなしていたのか…(今も?)。想像しただけで震えます。

②『天使達の歌』でブレイク直後の怒涛の音楽活動の記録

『天使達の歌』が北海道・東北限定でリリースされたのが1999年2月20日、その後、全国発売されたのが同年5月21日。
東北・北海道を中心とした路上ライブで歌を届け、直接リスナーにCDを販売するというやり方でじわじわと存在感を増していき、ついには雑誌やテレビでとりあげられるなど注目を集めていったサトルさんですが、このエッセイの第1回目(vol.0)は、1999年6月18日、サトルさんが「ミュージックステーション」に出演したその日の記録から始まります。
本の中では、一番初めに唐突に「ミュージックステーション」に出演したときの様子と心情が綴られていて、読者は最初とまどうかもしれませんが、読み進めていくと、1週間ごとのサトルさんの日々が綴られていて、「これは日記形式のエッセイなのだな」と理解できます。
「ミュージックステーション」出演後も変わらず路上ライブを続け、宮城や青森、北海道をはじめとした全国各地の具体的な市町村名と、路上ライブをおこなったお店や場所の名前をあげながら、ライブでの様子や売り上げたCDの枚数が詳細に綴られており、こんなに細かくたくさん回っていたのか!と驚きます。
そして、2ndシングル『愛の言葉』(’00年1月26日発売)、続くシングル『最後に咲く花』(’00年9月20日発売)『明日の色』(’01年2月1日発売)の制作についてや、2ndアルバム『走る人』(’00年3月1日発売)のライナーノーツといった、楽曲制作のこと。
ドキュメンタリー番組『情熱大陸』の密着取材を受けたこと。
音楽活動を次のステップへ進めるための、赤坂BLITZでのライブのこと。そのほかさまざまなライブのこと。
ソロシンガーとしてデビューしてから数年間の、サトルさんの濃密で多忙な日々が綴られており、とても貴重な記録となっています。
いちミュージシャンの活動がこれほど詳細で克明に記載された本は、なかなか他にお目にかかれないのではないかと思います。ミュージシャンってこんなに忙しいんだな…。

③ジガーズサン活動休止から解散ライブ『決着』に至るまでの記録

vol.100 7月某日「今までしてこなかった話」

…さて、今日は連載100回を記念して「今までしてこなかった話」をする。今のところ前編、後編の2回に分けようと思っているが、場合によっては増えるかも知れない。
例えば、実はJIGGER'S SON(活動休止中の僕のバンド)のメンバーと約3年間、1度も会っていないどころか、電話もしていなかった事とその理由。
例えば、JIGGER'S SONの活動休止期間は当初の予定では6ヶ月間だった事。
これを読んで、あなたはいろんな事を思うだろう。
最近僕を知った人にはあまりピンと来ないかも知れないし、昔から僕のことを知っている人は今更そんな話をされても…と困惑するかも知れない。
でも僕は話そうと思う。
僕にとっては特別な話。そしてこの音楽業界ではあまりにもありふれた話を。
僕のことを良く知っている人も知らない人も、僕の3年間を一緒に振り返ってもらいたい。

『weekend caravan plus』より抜粋

活動休止中だったジガーズサンが、解散ライブを決めるまでのメンバーとのやりとりが綴られた回は、vol.100「今までしてこなかった話(前編)」、vol.101中編、vol.103後編の3回にわたり、総ページ数15ページ。
その後、vol.107「9月11日 活動再開」では解散ライブ直前の、vol.109「9月23日 決着」では解散ライブ直後の心境を綴っています。

自分はこの本を、2012年のジガーズサン再結成後に読んでいるため、「こんなことがあったのか…」と、未来から過去を見る感じで読めましたが、当時これをリアルタイムで、現在進行形で読んでいたファンの気持ちを想像すると、悲しいような、辛いような、ひりひりするような、感情の渦巻きがすごかったんじゃないかと思います。

サトルさんは「ジガーズサンは活動休止」と信じてソロ活動をしていたのに、なぜ解散に至る結論となったのか。
『天使達の歌』の歌詞「大切な人が君のもとを去っても 君が決めたこと誇りに思って」という一節は、何を意味していたのか。

生々しく赤裸々に、すべてが語られたエッセイは、もがいても手に入れることのできない、喪失の物語のようでもあります。
ジガーズサンを知らなくても、読む人すべての胸を打つ名文です。

30年後のぼくら

1998年に活動休止、2001年に解散したジガーズサンですが、バンドのメジャーデビュー20周年にあたる2012年に、奇跡の再結成を果たしました。
その後、シングル2枚にアルバム1枚を発売し、年1回のライブ活動をほぼ毎年継続しており、再結成に偽りなしの活動をおこなっています。
そして今年(2022年)8月27日、仙台darwinで、ジガーズサン30周年アニバーサリーライブ『30年後のぼくら』が開催されました。

サトルさんはエッセイの中で、「ジガーズサンのメンバーと一生付き合っていこう」と述べていました。
その気持ちが本当だったこと、そしてそれが実現していること。
ジガーズサンが30周年を迎えられたことが、その答え合わせのように感じられます。

あのときがあって、今がある。
改めて、その軌跡と奇跡をかみしめられる1冊。
それが『weekend caravan plus』なのだと思います。

vol.103「今まで話してこなかったこと(後編)」

…笑いながら僕は、もう3人とも後戻りできないところまで来てしまっているんだな、と確認せざるを得なかった。
3年の間にそれぞれに苦しみと悩みと喜びがあった。そしてそれらを乗り越えて辿り着いた今。あるいはそれを乗り越えようとしている今。
たとえ見た目は変わらなくても、この3年の間に4人はそれぞれ人間として確実にたくましくなっていた。
そして僕は、あらためてこの3人と一生付き合っていこうと思ったのだった。
一生付き合っていこう。
それが例え同じバンドのメンバーではなくなったとしても。

『weekend caravan plus』より抜粋

★ジガーズサン『令和もやろうぜ

圧倒的なテキスト量ですがすらすら読めます。横書き
表紙


サトルさんの文章が好きな方はこちらもぜひ。


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