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しかくい鹿の中にまるい人が一人

 連休だ!
 7月22日、豆千佳は朝から外に出る気満々だった。もっと遅い時間に起きてゆっくり動き出すこともできたのだが、一度目が覚めてしまうとどうにも眠気がやって来ない。仕事に行く日の朝とは大違いだ。必要以上の素早さで身支度を整え、露出する部分に日焼け止めスプレーを念入りに振りかけて、意気揚々と部屋を出た。朝八時過ぎの話である。
 行き先は奈良に決めていた。
 京都と天秤にかけた上での選択だった。どっちに行こうと屋外を歩くことが多いためまぁ暑い。しかし奈良の方が混雑は少ないだろうと踏んだ。豆千佳の判断が正しかったことは、行きの近鉄電車に乗れば知れた。
 始発の駅からの乗車ではないのに普通に座席に座れた、僥倖である。
 さて、本日の奈良歩きの目的は二つ。一つは奈良国立博物館の仏像展。もう一つはならまち探索(ランチ含む)。
 近鉄奈良駅に到着後、まずは奈良公園を通り抜け博物館へ直行。どこにも寄り道する気はなかったのだが、実は本日の奈良探索のメインイベントはここだったのではないかと、豆千佳は振り返る。
 鹿だ。
 いや、奈良公園に行けば鹿がいることは、さすがに何度も通っているので知っている。なので鹿そのものに驚いたわけではないのだ。鹿に角が生えていることに驚いたのである。おや、これも何だか当たり前の言い回し?
 いや、だからこうなのです。写真見て!

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 見た? 見た?!
 鹿の角! こんなに長かったのである。
 豆千佳はこれまで角切り前の鹿に遭遇したことがない。豆千佳の思う鹿といったら、大体にして耳のそばに角の出っ張りがあるなぁかわいいなぁというぼんやり具合で、雄雌区別なく「鹿」であった。
 ところが、長々とした角のある鹿の凜々しさ、というか、オレ危険物的雄々しさというか、端的に言うとまぁちょっとそばに寄るのびびるわ的な?
 豆千佳はおののきました。
 そして、遠巻きにじわじわ写真撮ったりしました。そしたら例によって例のごとく、鹿せんべい売り場近辺の社交的な鹿たちに、ゆらゆらお辞儀されながら迫られるというプチ恐怖を体験しました。豆千佳、逃げました。だって長い角ゆらゆらしてて怖かったんだもん。あれ刺さったりしないの? 奈良公園の鹿だってやっぱり野性の生き物だから、刺さないでって言ったって刺す時は刺すよね? 元々そういう用途の角だよね?
 角に大いなる恐れを抱いた豆千佳は、博物館を目指すのも忘れ、ただただ鹿を遠巻きに眺めるばかりであった。
 そんな時である。木陰に涼む鹿の群れに、人間らしき姿が紛れているではないか。一人だけぽつんと。大学生か、もしくは退職後一年くらい自分探しするわ系旅人か、とにかく半袖Tシャツに半パンツ+裸足(下駄ぶら下げ)というなかなか開放的な格好の若い男性だ。膝を折って座り込んだ鹿の輪に囲まれるような形で、胡座をかいて座り込み、鹿たちと同じ視線の高さで静かに静かに異種間の親睦を深めている。
 言うなれば、しかくい鹿の中にまるい人がひとり。
 豆千佳の脳内には、その瞬間、しかくとまるの線画の宇宙が広がった。しかく同士は角つき合わせることもあるかもしれないが、まるは最初から角がないから、しかくの相手にはならない。そのため、まるはしかくの中でも一見上手く生きている。
 上手く生きている、のか?
 若い男性は鹿の顔や頭をやさしく撫でていた。鹿の角も撫でていた。ちょっとうらやましかった。というかどんな触り心地? 先端は尖ってゆくけど、生えかけの若い子の角だと先丸いよね? もしかしてやわらかいんですか?
 すっごい聞いてみたかったけど、もちろん聞けるはずはない。そして自分で触る勇気もない豆千佳は、こそこそと鹿ばかりを写真におさめて渋々満足した。ちなみに朝の間だったからか、人より鹿の数の方が多かった。

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 7月22日午前9時半、奈良公園は明らかにしかくの領土でした。
 献身的で勇気あるまるは、せんべいなるご進物を持ってしかくのご機嫌うかがいをし、足りないもっと出せと追いかけ回されていましたとさ。

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 さて、この日、奈良はとても暑かった。
 可もなく不可もなくな仏像展をさらっと見終えた豆千佳は、改めて「ならまち」を探索した。
 ならまちというのは、世界遺産である元興寺の旧境内を中心とする地域のことで、古い格子戸のある民家が立ち並ぶ住宅街である。祝日には、日の丸の旗が門前に掲げられていたりもする。そう言えば昔は当たり前だったよなぁと、縁もゆかりもない豆千佳にも懐かしく感じられる町並みだ。
 車では入り込めないような狭い路地に、普通の家に混じって小さな商店や工房がある。一見古い建物の中に、若い人の新しい作品が並べられていたりするし、新しいお店の中に昔からあるものが今時の顔になって並んでいたりする。
 どこも小綺麗だが控え目である。何となく商売っ気が薄く見えるのは、土地柄と言えば土地柄か。奈良は来る者拒まず去る者拒まずの気が強いらしいとは、豆千佳が奈良生まれの友人に聞いた話であった。
 おかげで軒先まで行かないと、そこが店であると気づかなかったりする。
 この日、豆千佳はならまちをずいぶん歩いたが、理由は行きたい店がなかなか見つけられなかったからであった。汗だくでドロドロだったし、日焼け止めは塗っていたものの、サンダル履きの足は日差しに当たってヒリヒリしていた。こんな時こそかき氷だ!と、奈良名物となりつつあるかき氷店に突撃してみたが、満席で敢えなく玉砕。
 仕方がないので、大阪に帰ったあと、コンビニで「南国白くま練乳ソフト メロン味」買いました。おいしかったよ。

 ならまち探索戦利品は、奈良特産の蚊帳生地で作った「ならまちふきん」

 化学繊維の台ふきがどうも使い勝手悪くて困ってました。すぐにゴワゴワになっちゃって、水を吸ってくれないのです。でも、この蚊帳生地の布巾は使ってびっくり! ふわふわなんだもん。それでいて乾きも早い!
 蚊帳とか今では見かけないけど、子供の頃はそれが吊り下げてあるだけで夜が楽しかったな。このお店では、他にも蚊帳生地で作った商品が並んでいて、特にのれんは見た目に美しく、自分ちで使わないとはわかっていてもほしくなりました。


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暑い時には涼みましょう

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豆千佳
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