見出し画像

マソラ写本とサマリア五書

ヘブライ語聖書(旧約聖書)の写本については、ユダヤ教のマソラ学者の作った『マソラ写本』が信頼され、『ビブリアヘブライカ』として多くの聖書の底本に利用されてきました。

マソラ学者たちは優れた写本製作技術を持っていました。ヘブライ語によって記され、かつ、欠けなくそろっている最古の写本は、彼らの製作した『レニングラード写本』(11世紀)として知られています※1。

また、『マソラ写本』の最古の断片は、2世紀までさかのぼることができます。これはヘブライ語聖書の正典が決定されたとされる時代とほぼ合致します。

この『マソラ写本』とよく比較されるのが『サマリア五書』(最も古い断片で11世紀)です。要するに「ユダヤvsサマリア」という構図なわけですが、『サマリア五書』はサマリア人への偏見から、信頼のおけない写本であると考えられていました。

「考えられていました」と言うのは、さまざまな学術的調査によって、『サマリア五書』が見直されてきているからです。

***

ヘブライ語聖書のギリシャ語訳として権威のある『七十人訳(セプトゥアギンタ)』(4〜5世紀・紀元前までさかのぼれる)と『マソラ写本』・『サマリア五書』を比べてみると、面白い点が浮かび上がってきます。
(書くまでもないのですが、五書の部分だけです。)

まず、『マソラ写本』・『サマリア五書』では、章節の違いも含め、約6500カ所相違している個所があります。

その約6500カ所ある相違を『七十人訳』と比較すると、その内、約1600カ所が『マソラ写本』と一致しませんが、約1900カ所は『サマリア五書』と一致しています。

写本の信憑性を計るのに利用される『死海写本』(前5世紀~)と比べてみると、『マソラ写本』だけではなく『サマリア五書』もこれと一致しているということが認められています。

***

上で紹介したように、『マソラ写本』は『七十人訳』と多くの点で一致しません。その中でもとくに有名な相違点は、出エジプト記1章5節です。ヤコブの子孫を『マソラ写本』は「70人」、『七十人訳』は「75人」としています。

この部分を『死海写本』で見ると、「75人」となっています。『七十人訳』を読んでいただろう筆者によって書かれた『使徒行伝7章14節』では、ヤコブの子孫は「75人」となっています。

また、使徒行伝7章の中には、『サマリア五書』からの引用もあり、この部分は『七十人訳』と一致していますが『マソラ写本』とは一致しません。

***

『マソラ写本』と『死海写本』には大きな相違点があり、この点は『七十人訳』が『死海写本』と一致しています。

『七十人訳』の本文は『マソラ写本』系以外のものが採用されたことは明白であって、それは『サマリア五書』にも同様の事が言えます。

***

さて、これでも『マソラ写本』だけが正統な聖書であって、『サマリア五書』が少数の人たちによる改竄聖書であると言えるのでしょうか?

***

勉強をするのに参考にしたサイト
・イザヤトドさんの「キリスト教 千夜百話
・和田幹生さんの「旧約聖書の本文

※1 実際には『アレッポ写本』(10世紀)が最古の写本だったのですが、いろいろあって創世記~申名記の28章16節まで紛失してしまっています。この部分には、あとの記事に続く、ゲリジム山やモリヤの地に関係する部分がまるまる含まれています。
「聖写本を巡る『犯人は誰だ?』」