◇評論
「純白な卓布を、取り集めた花で綴(つづ)つて、其中(そのなか)に肉刀(ナイフ)と肉匙(フオーク)の色が冴(さ)えて輝いた」
…Copilotに画像を作ってもらいました。
「純白な布と花で作ったかごに入っているナイフとフォークの画像」
「父は斯(か)う云ふ場合には、よく自分の好きな書画骨董の話を持ち出すのを常(つね)としてゐた」
…財産家の趣味によくある書画骨董。有り余る金の消費先として最適だし、自分の趣味の良さがアピールできる。現代では、税金対策にもなる。
(余談だが、近所に日本画好きが高じて美術館を作った者がいる。田舎に一つ、東京に一つ、しまいにはアメリカに一つ。どれほどの金持ちかと思うほどだ。田舎の一館は震災以来休館となっている。偉くなればなるほど、歳をとればとるほど、そのポストにあるだけで自分は働かなくても自然と財産は増える。不思議な世の中だ)
「乾いた会話に色彩を添へるため」の父の努力は無に帰す。「高木は特別に娯楽を持たない」男だった。誠吾は、「何の苦もなく、神戸の宿屋やら、楠公神社やら、手当り次第に話題を開拓して行」き、「其中に自然令嬢の演ずべき役割を拵(こしら)えた」が、「令嬢はたゞ簡単に、必要な言葉丈を点じては逃げた」だけだった。
父と高木の趣味は合わず、令嬢は終始寡黙で全く話に乗ってこない。高木に多少の「知識」・教養はあるようだが、代助は「深入り」・「発展」できないで終わる。白けたランチになってしまった。
「仇英(きゅぅえい)」…中国明代の画家。
「楠公神社」…神戸市にある湊川神社の通称。楠木正成を祭る。
「エマーソン」…アメリカの思想家。個人主義と汎神論などを説いた。(角川文庫注釈)
「初めから断(た)えず口を動かし」、「自分の前にゐる令嬢の遠慮と沈黙を打ち崩す」「努力」をする梅子だったが、「令嬢は礼義上」「梅子の間断(かんだん)なき質問に応じない訳に行かなかつた」一方、「積極的に自分から梅子の心を動かさうと力(つと)めた形迹は殆んどなかつた」。寡黙な令嬢。
「たゞ物を云ふときに、少し首を横に曲げる癖があつた。それすらも代助には媚(こび)を売るとは解釈出来なかつた」
…令嬢の「少し首を横に曲げる癖」は、本当に癖であって、「媚(こび)を売る」ためではなかったということ。代助はそのしぐさが、むしろ媚を売るために行われた方が自然だったと感じている。
「令嬢は京都で教育を受けた。音楽は、始めは琴を習つたが、後にはピヤノに易(か)えた」
…教育を受け、稽古事もこなしているという令嬢の育ちの良さ。しかしその成果は無い。
バイオリンも少しだけ稽古。「芝居は滅多に行つた事がなかつた」だけでなく、「劇を軽蔑してゐる様」。
「芝居は御嫌ひでも、小説は御読みになるでせう」と尋ねる代助を、「令嬢は其時始めて、一寸(ちよつ)と」「見た」が、「いえ小説も」と、「案外に判然(はつきり)」と答える。初めて交わす言葉が相手の言の否定では、会話も成り立たないし、心もつながらない。
「ミス何とか云ふ婦人の影響で、令嬢はある点では殆んど清教徒(ピユリタン)の様に仕込まれてゐる」。「時代後(おく)れ」で英語も下手。
「清教徒(ピユリタン)の様」だからといって、これほど無教養とはならないだろう。英語を習った意味もない。
外見も代助の目を引かず(代助は美醜に敏感)、教育を受けたにも関わらず内面も教養に乏しい。万事が遠慮がち。魅力に欠ける令嬢の様子に、代助の彼女への関心は完全に失われる。
若くてちょっとカワイイだけじゃダメですね。