インティメート・ボランティア 22
「短い間でしたが、お世話になりました」
深深と下げた頭を上げると、志穂はさっと沙紀の顔を盗み見た。
先ほど、上司の川崎が、志穂の寿退社の説明を同僚にした。志穂の言葉に従順に、お相手は、元テレビ局のプロデューサーで、現在は実業家として活躍されている方だそうです、と紹介した。
志穂は、沙紀の顔が一瞬歪んだのを見逃さなかった。ミーハーな沙紀にとっては、羨ましい相手に聞こえたに違いない。志穂は、見切り発車で退社を決めたことに対して、誇らし気な気分になった。お礼の挨拶をしたあと、祝いの花束を片手に、清々した気分で、会社をあとにした。
あれから、星野からまだ正式に結婚の話を持ち出されてはいなかった。
でも、自分が結婚する気持ちがあることを伝えれば、あとは上手く進むという確信が志穂にはあった。
なるべく早く星野との具体的な結婚の話を進めなくてはならない。まだ、結婚の約束を正式にしているわけではなかったが、自分で迷わないためにも、契約社員を辞めたのだ。
それに明日からは、働きに行かなくていいと思うと、気持ちが弾んでくる。
早速明日にでも、星野のマンションに行って会社を辞めたことを伝えよう。きっと喜んでくれるだろう。平日だから自分の突然の訪問にきっと驚くだろう。星野の顔を想像すると、歩きながらも頬が緩むのを押さえられなかった。
翌日の午後、志穂は紅茶と一緒に食べるシュークリームを買い、星野のマンションに向かった。秋晴れで、空も高く感じる。
もう今では、第二の家のように星野のマンションへの道のりは、志穂の足になじんでいる。
この前もらった合鍵で、志穂はドアを開けた。なかに入ると女性様の白いスニーカーがあった。買い物とか掃除に来る人もいるので、その人のものだろう、と志穂は思う。
せっかく驚かせようと思ったのに、二人だけにはなれないようだ。お気に入りの紺のワンピースを着てきたのに、ちょっと気持ちが曇る。
それに、外は抜けるように晴れているのに、ベージュのカーテンが引いたままで、部屋のなかは薄暗い。もしかして、星野は昼寝をしているのかもしれない。
タイミングが悪かったかな、と思いながらも部屋に入ると、窓際のソファに星野はいつものように座っていた。