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悲しき熱帯魚 1章

 まるでそこは、深海で鮮やかな熱帯魚が乱舞しているように、色彩に溢れている。ひらひらと女たちが手を振り客引きをするようすは、熱帯魚たちが自由を謳歌しながら泳ぎ回っているように見える。

 女たちは深紅、青、紫など艶やかな色にくっきりとした花や鳥などが描かれている着物を、襟足を大きく開いて気崩している。襟足から覗く白いうなじからは、ふくよかな女の色香が放たれている。

 鳥籠のなかの女たちは、ゆらりゆらりと海底でゆれる海藻のようにたゆたっている。しかしよく見ると、ぷくぷくと沸き上がる水泡のような雰囲気の中に、幾人か鋭い目つきをしている女たちがちらほら。狙った獲物は必ず捕まえようとする牝豹のような目つき。そういう女たちに限って、口元には、誰よりも優雅で艶やかな微笑みを浮かべ、男たちの目を誰よりも惹き付ける。

 吉野(よしの)は、その中でも秀でて美しい女だった。柵の中にいる大勢の女たちの中にいても、吉野の軀は、強い灯りに囲まれているようにオーラを放出していた。道行く人々は、この遊郭をただ通り過ぎようとしても、その不思議な光に導かれるように、吉野に目を留めるのであった。吉野と目が合った男は惚けたようになり、その世にも美しい姿を食い入るように見つめる。そしてその通りを日参するようになる。

 吉野がいる遊郭、「玉ノ井」は、この辺りでも名の知れたところだった。街の多くの有力者たちが常連だ。

 夜も近づくと、下男は準備に右往左往し、番頭も客さばきに忙しくなる。若い衆が鈴をならし、夜見世が賑わい始める。そして、男女の彩り鮮やかな思惑が乱舞する。

 三味線から奏でられる小気味のいい音頭、長唄、そして色鮮やかな着物を着た女たちが、まるで熱帯魚が泳ぐように舞う。そこには、自由を奪われた鳥たちには見えない華やかさがある。男たちも一瞬の極楽を楽しみに足を運ぶ。

 常連の中に、一風変わった男が一人いた。


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