インティメート・ボランティア 18
週中に、めずらしくボランティア団体から志穂に、電話が入った。
ミヤケが急に様態が悪くなり、しきりに志穂と会いたがっているので、週末になる前になるべく早く、ミヤケのところにお見舞いに行ってくれないかという電話だった。
志穂は、次の日に半休を取ると、ミヤケのアパートを訪れた。すでに到着していた介護ヘルパーが、志穂を部屋に通してくれた。
いつもの薄っぺらい蒲団のなかでミヤケは、蒼い顔をして横たわっていた。
「ミヤケさん、あなたの名前を何回も呼んでらしてね、よほど、あなたに会いたがっているみたいでしたよ」
50歳代に見えるヘルパーは、志穂をときどき盗み見るように観察しながらいった。志穂は女の表情に、この女はミヤケに対して、何をやっているのだろうと、さぐるような様子を敏感に感じ取った。
鋭く投げかけられる視線には、プロの介護士としての嫉妬も入り交じっているようだ。
そうですか、と志穂は当り障りのない会話だけを、その女と交わした。
女からは、家に帰れば家族に囲まれている家族臭がした。それを志穂は素早く嗅ぎ取って、女と自分の間にうっすらとバリアを張った。
女は、そんなことには気づかないらしく、「きょうは、ちょっと用事があるもので、もしよかったら、あなたも来たことだし、あたしは、上がっていいかな」と、遠慮しているそぶりを見せながら訊いた。
構いませんよ、と志穂は応える。
これ以上、この女と同じ空間を共有したくなかったので、自分にとっても好都合だった。
「また、明日の朝、あたしが来ますので、何かあったら、メモに書いておいてください」というが早いか、さっさと女は身支度を整えると、アパートを出て行った。
女が去ると、やっと落ち着いて、ミヤケのそばによった。
蒼白い顔は、そのままだが、表情が心なしか先ほどより、柔らかくなっているように感じる。
そして、寝ている顔に向かって優しく話しかけた。
「ミヤケさん、志穂が来ましたよ。寝たふりしなくてもいいでしょう」
ミヤケは、ぴくりとも動かない。志穂は服を着たまま、ミヤケの蒲団に滑り込んだ。ミヤケの低い体温は、志穂の身体をじわりと温めた。柔らかい体温で、ひさしぶりに安心感を得た。
ミヤケは、ずっと静かに寝たまま動かなかったが、「志穂は、そのままでいいんだよ」といってくれている気がした。
気がつくと、ぐっしょりと掛け蒲団が濡れるぐらい、長い間泣いていた。