飯嶌、ブレイクスルーするってよ! #10 ~リーダーの振る舞い方
プロジェクトがスタートして2ヶ月が過ぎた。
プロジェクト推進チームは毎日の朝会・夕会にて各チームの進捗や課題を確認し、必要に応じてToDoを立ち上げる。
さらに週次で定例会議を開催している。
アジェンダや議事録は前田さんが作成してくれ、全体のタスク状況と問題分析は山下さんと森田さんがそれぞれの視点から行う。
井上くんと僕で課題の設定を行い、橋本さんはWBSを常に更新する。
それにプラスして僕はそれらをPMOである野島次長に連携し、ステークホルダーへの調整・折衝などを行う。
問題は面白いように勃発していき、課題が見る見る積まれていく。
チームによっては険悪な空気が流れている、という噂も聞いている。
「はぁ、解決できてないのに課題がどんどんあふれてく…」
「飯嶌さん、課題の優先順位をきちんと定めていますか?」
ため息をつく僕に前田さんが声をかけた。
「どれもこれも重たくて、優先度が高いものばかりなんですよ」
「一緒に見てみましょうか」
前田さんは僕の隣に座り、一緒に課題一覧を眺めた。
「もう締め切っているのに、やっぱりあぁして欲しいこうして欲しいという要望が、ユーザーからポロポロ挙がって、断っても押し切られたりするらしいです」
「よくある話ですが、当然切りがないのでバックログとして積んで置く必要がありますね。フェーズを区切るなどの相談も必要です。オーナー会議が間もなくありますから、そちらで議題に挙げましょう」
僕は前田さんの言葉を聞きながら、未だに自分がリーダーシップを発揮することが出来ず、誰かのお陰で成り立っていることに焦りや苛立ちを感じていた。
「僕なんていなくても、このチームは回りますよね。むしろ前田さんがリーダーになった方が良かったんじゃないですかね」
「飯嶌さん。そんな弱気では困ります」
前田さんは強い口調で僕を諭す。
「次長も思ったより忙しそうで、なかなかじっくり話をする時間取れなさそうだし…」
「飯嶌さんは出産祝いの時は藪から棒に話しかけていたのに、肝心のお仕事の話となると遠慮するんですね。次長は忙しいことを理由に会話することを断ったりなんて、絶対にしませんよ」
「はい、でも席にいないこと多いし…」
「飯嶌さん、"でも" は禁句のはずですよ。メッセージを送っておけば次長は必ず返信してくださいますから、遠慮なく送って相談したらいいですよ」
僕は前田さんの助言通り、オーナー会議で挙げて欲しい懸案事項があると野島次長にメッセージを送った。
案の定、返事は10分程して届いた。
わかった。その懸案を後で直接聞かせてくれ
野島次長は話し合う時間を指定してくれた。
「前田さん、次長が夕方話を聞かせて欲しいと言ってくれました」
前田さんはモニターの間から顔を出してウインクをした。
「案ずるより産むが易し、ですよ。飯嶌さん」
「でも人に頼ってばかりだと、リーダーとは言えなくないですか」
「そんなことありませんよ。まぁ度合いにもよりますけれど…。何度も同じ質問されるのは困りますが、答えが出ないな、と思ったら早めに相談した方がいいですよ。それを繰り返していけば、ご自身の判断力も備わるようになると思いますよ」
「そんなにうまいこと、いきますかね…」
僕は、やっぱりもどかしい気持ちだった。
* * * * * * * * * *
定時前にようやく野島次長が席に戻り、すぐに僕に声をかけてくれた。次長の席の横の小さなミーティングスペースに僕は移動した。
「ユーザーからの追加要望が五月雨で入り、要件定義チームが締め切ったと言ってもゴリ押しされてしまうそうなんです」
「五月雨要求には開発にも流れていってるのか?」
「あ、まだそこまでは確認していません」
「開発のWBSにはどれくらい変更や遅れが生じているんだ?」
「あ、WBSの更新は橋本さんがやってくれてて…すぐ確認します」
野島次長は小さくため息をついた。
「だいぶテンパっているようだな」
「なんかもう…次から次へと問題が上がってきて、どうしたらいいとか何とかしてくれとか、息をつく間がないです」
野島次長は腕を組んで少し考えた様子の後、言った。
「山下も課題分析やってるんだろう?」
「はい、僕宛に入ったものを整理して、山下さんにおろしています」
「その受付ごと山下に回せ。お前はもっと管理に徹しろ」
「えぇ、でも山下さんも結構他にやることもたくさんありそうだし、課長だし…」
「プロジェクトは最優先案件だ。課長職の仕事をこなすのは山下の責任だ。お前は推進チームのリーダーで、山下はメンバーだ。お前は今WBSすら把握できていないじゃないか。お前は全体掌握に徹しろ」
「はい…」
自席に戻り、山下さんにメッセージで、僕が作業している課題整理を最初からお願いしたい旨を伝えた。山下さんは
僕に直接割り当てられると、それはそれでリーダーとして物量の把握ができなくなるから、横流しでいいので受付はリーダーにやってもらいたい。その後は解決まで僕の担当としてもらっていい
と返信してくれた。
その後僕は急いでWBSを確認した。開発担当のタスクは確かに膨れ上がっていた。
僕は次長にその旨を報告し、続けてオーナー会議で挙げるべき懸案事項の取りまとめを指示された。
その直後、橋本さんが僕の席に来た。ちょうど僕が今しがた確認した、開発のWBSの件だ。
「飯嶌さん、開発のリーダーから、五月雨で追加仕様が流れてきて、どうなってるんだって言われてしまったんですが」
タイミングがいいというか悪いというか。
僕は橋本さんに、ちょうどその件で今度のオーナー会議で懸案にしますので、と伝えた。
「今流れてきているものは、そのまま対応させるんでしょうか。結構な遅れが生じそうですけれど…」
「要件定義チームも断っても、ゴリ押しされるとか言ってるんだよね…」
すると次長が近づいてきて、僕たちに言った。
「ゴリ押しの言いなりになっていると、本当に切りがないからな。対応しないとなったら業務が継続できなくなるほどクリティカルな問題になるのか確認しないと。追加になった要求とやらはどこかで確認できるか?」
「はい、WBSがバックログのタスクに紐付いているので。今抽出します」
橋本さんが自分のノートPCを持ってきて、すぐに一覧を出した。僕と野島次長でそれを覗き込む。
「ふーん、なるほど。中には今すぐやらなくても良さそうなものもあるな」
「…どういう判断ですか?」
野島次長はあるタスクを例に挙げた。
「例えばこの帳票のタスクは、実装すれば確かに便利なものだが、なくても業務は回る。あれば便利、楽ってだけだ。こういうものは実装しないとした場合の運用作業の工数・負荷がどれくらい影響するのかを算出する必要がある。飯嶌、それをこの要求を出したユーザーの担当者に出させろ」
「え、僕がですか」
次長はジロリと僕を睨んだ。
「嫌なら橋本にやらせてもいいけどな」
その言葉に橋本さんは怯んだ。確かに、それはリーダーがやれよって話なんだ、と。
「わかりました…僕、やります…」
そんなやり取りを見ていた前田さんが声をかける。
「それでは懸案事項のまとめは私がやっておきます。飯嶌さんはユーザー部門の調整、お願いします」
「ありがとうございます…」
橋本さんはそんな前田さんを見て目をキラキラさせた。それに感化されたのか、橋本さんは言った。
「飯嶌さん、ユーザー部門へ折衝する件、私も一緒に付いていきます」
僕たちはユーザー部門へ赴いた。
担当者は主任を名乗る人が出てきたが、事情を話して工数出しのお願いをしようとすると、奥から鈴木と名乗る課長を呼んできた。
気難しそうなオーラを出していて、僕は怯んだ。
「なんでそんなもん出さなきゃいけないの」
「開発に回すにもキリを付けないと行けないです。期限も予算も決まっているので」
「だってこれ社内開発なんでしょ? 社員が作るんでしょ? 予算ったって、給料払ってるんだからいいじゃないの。使えるもの作ってもらわないとこっちだって困るよ。社内のシステムの話なんだよ?」
「まぁそうなんですけど、給料を払っているからいくらでもってわけにはいかないんです。やらないとは言ってないです。ただどのタイミングでやるべきかを測っていきたいので、今やらないとしたらどれくらい大変なのかを知りたいんです」
「大変大変、もう大変。はいそれでいいでしょ」
「いや、だから!」
僕はついイライラしてしまい、悪い言葉遣いになった。橋本さんが僕の腕を引っ張る。
「何だお前、リーダーだかなんだか知らんけど、所詮ペーペーなんだろが。こっちは通常業務だってパンパンなんだよ。工数出しはおろか、相手にしている暇だってないっつーんだよ!」
「そう言われても、締め切っているのにあれもこれも後から追加してきて、最初からきちんと考えてないだけじゃないですか! そちらの準備が適当すぎて、後工程の人たちがとんだとばっちりを食らってるんですよ! みんな責任感あるから、言われたことはやってあげたいと思ってるけど、それでもプロジェクトは無限じゃありません。期間も人員も予算も限られているです。そんな自由奔放に投げられては困ります!」
鈴木課長の顔色が変わり、橋本さんが僕を背後へ押しやって頭を下げた。
「すみません、言い過ぎました! ちょっと出直してきます!」
そして僕の腕を引っ張り立ち去ろうとした。背後で鈴木課長の怒号が飛ぶ。
「お前のとこの上司も相当生意気だからなぁ。やっぱりそういう部下になっちゃうんだろうな!」
僕はカッとなった。
身体の中で火がつくとは、こういう事を言うんじゃないかっていうくらい、明らかだった。
「次長のこと言ってるんですか」
僕の声は怒りで震えていた。声だけじゃない。身体もだ。
「飯嶌さん、一旦帰りましょう」
橋本さんが僕の身体を抑え込む。半ばズルズルと引きずられるようにその場を離れた。
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第11話へつづく