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【連載小説】奴隷と女神 #19

メトロの駅で環と別れた後、再び地上に上がりスマホを取り出して、響介さんとのメッセージのやり取り画面を開く。

響介さん

それだけ送る。

21時過ぎ。まだ会社にいるかもしれないし、家で寛いでいるかもしれない。
5分で既読が付かなかったら、諦めて帰ろうと思った。

銀座の街角で立ち尽くし、スマホの画面をただ見つめる。
その5分間。

帰ろう、と思い画面を閉じたその時、メッセージ着信を知らせる振動。

どうした?

ちょうど5分で、返事をくれた。これは奇跡なのか。

すごく会いたい。今から会えませんか

何もかももどかしく、思いだけ伝える。既読はすぐに付いたが、返信はすぐには来ない。

まだ仕事中なのかな。

再び立ち尽くして返信を待つ。
きらびやかな銀座の夜。私だけ異次元のスポットに陥ったみたい。

2分経って、電話が掛かってきた。

『今どこにいるの?』
「銀座です」
『…じゃあ、日比谷線だったら六本木まで出てこられそうだね』

「はい、すぐに。六本木に向かいます」と返事すると通話が切れた。

私は日比谷線の乗り場へ走った。

* * *

指定されたミッドタウン側の出口を出て待っていると "通りの方まで出てきて" とメッセージが入った。

程なくして一台のメルセデスが側に停まった。
助手席の窓が開き「小桃李ことり」と声をかけられた。

「響介さん…」
「乗って」

メルセデスといえども右ハンドルなんだ、とぼんやり思いながら助手席のドアを開け乗り込む。

シートに身を沈めると、この席は彼の奥様も座るはずだ、と咄嗟に思い、身じろぎすらしてはいけないような気持ちになった。

彼は白いVネックのシャツにネイビーのパーカーを羽織り、濃い色のジーンズ姿だった。私服を見るのは初めてだ。
そんなラフな格好でこういう車を乗りこなすなんて普通なら少し嫌味な気もするけれど

響介さんだから。

車はそのまま走り出す。

「ちょっと停められそうな場所まで移動するから」
「はい…。もうお家にいらしたんですか」
「うん。帰って少ししたくらいだったけど」
「大丈夫だったんですか」
「大丈夫だよ。相変わらず一人でいたから」
「すみません…」

響介さんは私をちらりと見た。

車は交差点を何度か右に曲がり、檜町公園の路肩で停車した。パーキングブレーキをかけエンジンを止めると、車内が静かになった。

「何かあった?」
「…」
「あぁいうメッセージくれるの珍しいし、さっきから浮かない顔してる」

そして私の手を取り指を絡ませてギュッと握ると、その手を引いて身体を寄せた。

「言ってごらん。話したいことがあるんでしょ? これでも慌てて出て来たんだよ。うちは都心の割にはどの駅からも遠いから、少しでも早く会えるように車飛ばして…小桃李にも途中まで出てきてもらって…」

彼の言葉にまた泣きそうになる。

「環が…、私の同期が…、この前響介さんと私が銀座で会っていたところを見た、と言ってきたんです」

彼の頬もわずかに動いた。

「…環って確か、営業支援部の岸川さんだっけ。何か言われたの?」
「…不倫は絶対だめだって。でも私、不倫なんかしてないって言い張りました」

彼は少し身体を離して、小さくため息をついた。

「それで動揺してしまって…咄嗟にメッセージしちゃったんです。ごめんなさい」
「いや、謝ることないよ」

彼は私の前髪を何度かかき上げると、額にキスをくれた。
涙が溢れる。

「泣かないで」

そうして指で私の涙を拭ってくれる。

「仲良い同期に本当の事言えずに苦しめてるのは僕の方だから」
「そんな事ないです。私が響介さんのこと、好きになったんですから」
「僕だって」

途中まで言いかけ彼はキスをくれた。あったかくて柔らかくて、溶けそうになる。

「僕だって好きになったんだ」

彼は少し思案顔になりしばらく正面を見つめていたけれど、やがて私を見て言った。

「岸川さんと、気まずくなっちゃったのかな」
「環は、見なかったことにするって言いました」
「…」

何かあったら西田部長のことは許さないと言っていた、とは言わなかった。




#20へつづく

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