【連載】運命の扉 宿命の旋律 #31
Intermezzo - 間奏曲 -
ゴールデンウィークが終わって稜央は地元へ帰ってしまった。
反動で萌花は毎日寂しくてメッセージをたくさん送ってしまう。
稜央はそれほどマメに返信するタイプではなかったのと、アルバイトを始めたとのことで、大抵は夜寝る前に電話がかかってきて少し話をするくらいだった。
「バイトって何を始めたの?」
『本屋とコンビニ。コンビニは深夜』
「掛け持ちなの? 大変じゃない? 深夜ってもしかしてこの後もバイトとか?」
『うん。コンビニは0時から5時まで。朝寝て、学校行って適当に過ごして、週3日くらいで本屋。じきに身体もなれると思うから、大丈夫だよ。多分何度も東京へ行くことになると思うから、交通費くらいは稼いでおかないとさ。それよりお願いしてる件…』
○○大学の理工学部生に知り合いを作って欲しい、という件だ。
「あ、うん。インカレサークルを探してみようと思ってる。もう少し待ってね」
『ごめんな。変なお願いして』
「ううん、私に出来ることなら何でもするから。遠慮しないで」
稜央は『ありがとう』と言って、じゃあバイトに行くからまた、と電話を切った。
通話が切れると寂しさが一気に押し寄せてくる。
この前2人で撮ったセルフィは待受にしていて、それを眺める。
頬にキスしている方は恥ずかしいので、稜央が "自分の顔が気に入らない" と言った方の写真だ。
“会いたいな…”
早くも不安でいっぱいになる。
夏休みになったら実家に帰って、毎日稜央に会いに行こう、なんて早くも考えていた。
やっぱり遠距離は無理な気がする…
待受の稜央を眺めて、萌花は涙を浮かべた。
* * *
萌花は友達を誘って街に繰り出し、アクセサリーショップに入った。友達は既に両耳ピアスを開けている。
「萌花も開けるの? 私がやってあげよっか? ピアッサーなら安く済むよ」
「え…大丈夫?」
「平気平気、誰がやってもそんなに変わらないから!」
少々強引な友達に押され、萌花はピアッサーを購入した。
「え、片耳用? ピアスはセットで買ってるのに? 両方に開けないの?」
「うん、右だけ…」
「どうして?」
「どうしてって…」
顔を赤くして言い籠もる萌花に、友達はさして深く訊いては来なかった。
「ま、いいけどね。なくしたりする事もあるから予備として。じゃあうちに来て、早速開けちゃおう!」
その日の夜、萌花はめでたく右の耳たぶにファーストピアスを光らせた。
手元にあるほんの少しゴールドがかった黒曜石のピアスの片方を稜央にプレゼントするつもりだ。
いつかお互いの耳にこのペアが輝くことを夢見て。
* * *
稜央のバイトの目的は萌花に会いに行くための旅費稼ぎともう一つ、自分のお金でピアノのレッスンを受けることだった。
比較的家の近所にある個人スクールに赴き、レベルチェックを受けに行った。
大手の音楽スクールよりも個人経営の方が諸費用が安かったためだ。
しかもあの小学校の音楽の先生の知り合いでもある。
講師は比較的若い男性だった。音大か何かを出てこういう仕事に就いているのだろうと思った。
とりあえずこういう時の課題曲はショパンがいいだろうと思い『スケルツォ第2番』を弾いた。
弾いている途中から講師が口をあんぐりと開けていることに、稜央は気づいていない。
「えぇっと…川嶋さんは今まで独学で弾いていた、と聞いたけれど…」
「はい…まぁ独学というか、学校の先生にちょっと教わったりしましたけど」
講師は瞳を輝かせ、興奮気味に言った。
「いや、君すごいよ…どうして今まで埋もれていたんだっていうくらい…素晴らしい表現力だ。しかもほとんど暗譜している? まさか。僕は奇跡でも見ているのかと言う気持ちだ」
大袈裟だな、と稜央は思ったが、まんざらでもなかった。
「他のレパートリーはなにかあるのかな」
「バッハはもちろん、ラヴェルも好きで弾きます」
ラヴェルは萌花を思って練習している作曲家だ。むしろラヴェルの曲の表現力をもっと付けていきたいと思った。
「ラヴェルは透明感があって美しい曲が多いけれど、もっともっと上手に弾けるようになりたいので、良かったらそれを指導してもらえませんか?」
講師は快くOKしてくれた。
ただ、三段階に設定されていた月謝については、ハイレベルになるので一番高くなってしまった。1回40分で月2回、8000円。
「8000円か…ま、仕方ないか」
思ったより上達しなかったら辞めればいいだけの話だ。
ただスクールに通うとコンテストや演奏会などの機会がある。
そこで少し腕を試したいと言うか、他人と自分の位置関係を知ってみたい、という思いもあった。
英才教育を受けていない自分が、どこまで力を伸ばせるのか。
いつか舞台の上で、スポットライトを浴びて、萌花のために弾きたい、弾けたらいいな、と考えた。
#32へつづく