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飯嶌、ブレイクスルーするってよ! #1 ~異動の内示

※2021年7月3日本文一部修正
↓↓↓前章編「8月の甘い夜」はこちら↓↓↓

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「飯嶌、ちょっと」

課長の佐藤さんに呼ばれて、小さな会議室に向かう。

「なんでしょうか」
「うん、異動の話だ」
「異動、ですか」

小さな会議室に呼ばれ座るように促され席に着くと、佐藤課長はため息を小さくついた。

「ため息って…え、左遷ですか」
「左遷って…お前何かやらかしたのか?」
「僕が訊きたいです」
「そうじゃない。俺もちょっと驚いたんだがな。企画営業部の野島が」

野島という名前を聞いて僕はギョッとした。

確か次長だったはずだが、佐藤課長の方が役職が下なのに呼び捨てにしたのは、おそらく入社も年齢も先輩なのだろうと推測した。

以前、たまたま近所に住んでいて、たまたまスーパーで居合わせた野島次長夫妻に誘われて家に遊びに行った時、うちに異動してくるか、と訊かれた。

僕はあの時、確かに断った。
たしっかに、断った、よな。

「野島…次長でしたっけ…どうかされたんですか?」
僕はしらばっくれる。

「野島がお前のこと、引き抜きに来たんだよ」
「えぇぇぇぇぇ!?」

わざとらしく驚いてみ…いや、本気で驚いたのだ。
引き抜きって…。

「お前、なんか絡みあったか? わざわざご指名してくるんだから、何かあったんだろう?」
「ま、まぁ、家が近所、です…」
「えぇー? それだけで引き抜くかよ、お前を」

僕はふてくされた顔をしたが、佐藤課長はスルーした。

「まぁいい。来週辞令だ。企画営業部はハードだぞ。潰されないようにな」

激励ではなく脅しで、内示は終わった。

僕はその足で企画営業部へ向かった。

その部にいるはずの同期の中澤は外へ出ているのか、姿はなかった。
野島次長は席にいた。
難しい顔をして手元のドキュメントに目を通している。

「野島次長」

僕は恐る恐る声をかけた。
野島次長は顔を上げると「おぉ、来たな」と表情を崩した。側にある椅子を勧められ、座った。

「内示が出たか」
「はい、たった今」
「ちょうどプロジェクトが発足するから、程よく動き回れる中堅どころが欲しいと思っていたんだ」
「人事に関しても部長ではなくて、次長である野島さんが動くんですか?」
「部長は多忙だからな。実際に動き回るのは配下のメンバーだ。もちろん異動は両部長の承認を貰っている。朔太郎と同じ場所の配属にはならないから、そのつもりで」

朔太郎とは同期の中澤のことだ。

「あ、そうなんですか」
「飯嶌はまず一旦部付きで入ってもらう。プロジェクトが落ち着いたら朔太郎とは別の課に配属する。後から来て同期と一緒はやりづらいだろう。もちろん連携してもらうことはたくさんあるがな」

中澤は企画営業部の中でもセールス・プロモーションを担当する課にいる。だからほとんど外回りだ。

「野島次長…僕は冗談だと思ってたんです…異動の話」
「俺も最初は冗談だったぞ」
「あれ?」

野島次長はニヤリと笑った。

「飯嶌の営業成績やこれまでの考課を人事から共有してもらった。新人の頃の自己育成計画も見せてもらった」
「丸裸ですね、僕…」
「入社して5年経ってるし、そろそろ明確に上を目指してもらいたい。そのためにはこれまでよりハードルを上げていかなくちゃならない。配置転換はいい機会だ」
「はぁ…」
「自信がないとは言わせないからな」

野島次長は表情こそ優しかったが、言葉はストレートに厳しかった。

「でも僕、英語とかほとんど出来ないです。企画営業部は海外とのやり取り多いですよね」

「“でも” とか “だって” はなるべく使うな。他の言い方がある。英語以前の話だ。いいな」

配属前の初っ端から早速、厳しさパンチが炸裂だ。

「はい、気をつけます」
「英語がそんなにできないやつだっているぞ。必要なドキュメントは前田が翻訳して配布してくれるから安心しろ。彼女は通訳も出来る」

そう言って「前田」と、斜め前の島にいる女性に声をかけた。

立ち上がってこちらに来たその女性は、うわわわっ、と言いたくなるほどの、美人だった。

サラッサラの黒い髪が胸元まであって、真っ白な肌、真っ直ぐな長い眉毛、つり気味でもタレ気味でもないアーモンド型の瞳、鼻筋はスッと通っていて、これまた大きすぎず小さすぎない、形の良い唇だ。
ほっそーい身体にかかとの高いヒールを履いてビシッと決めている。

なんでこんな人がうちの会社にいるんだって言いたいくらい。

中澤も確か “超美人が部付でいる” って話してたな。

「来週からうちに来る、法人営業部の飯嶌だ」
彼女にそう紹介してくれた。

「飯嶌さん。前田です。色々サポートいたしますので、何なりと言ってくださいね」

前田さんは女優かアイドルか、というような素晴らしい笑顔で言った。

「あ、よ、よろしくお願いします!」
慌てて立ち上がって頭を下げた。

“企画営業部って、華やかだもんね~”

いつか同期会で、女子たちがそんなことを話していた。
野島次長と前田さんを見れば、納得の "な" 、だ。別世界のようだ。

「企画営業部ってハイレベルの人しかいないんですね…」

思わずそう呟くと、野島次長は僕に鋭い視線を向けた。

「まぁいい。来週の辞令ですぐにこっちに来てもらうつもりだ。しばらく俺がお前の指導に就く。それまでに今の業務の引き継ぎは残のないよう、頼む」
「わかりました。よろしくお願いいたします…」

* * * * * * * * * *

その日の帰り際、中澤からメッセージが来た。

優吾、うちに来るんだってな!

僕は「お手柔らかに頼むわ」と返信した。

課は別らしいけど、絡みは出てくるだろうな! こっち来たら一度、飲みに行くぜよ!

中澤は横浜出身のはずなのに、土佐弁を使ってきた。
はーい、とだけ返した。

会社を出て、彼女の美羽にメッセージを打つ。

異動が決まった~
ほんとに? 転勤?
転勤じゃない。前に話した、家の近所に住んでる次長がいるとこの部署になった。
え、じゃあ、引き抜き?
まぁ良く言えばそんなとこ。それより今からそっちに行っていい?

OKの返事をもらい、僕は美羽の家に向かった。

* * * * * * * * * *

美羽は今年社会人になったばかりで、僕がよく利用するスーパーで知り合った。彼女はそこの店員だった。

半年間の現場研修を経て、今は内勤スタッフとして本部に勤務している。美羽がそもそも希望していた、サスティナビリティの部署だ。休みも土日になって、付き合い当初よりも会いやすくなった。

「じゃあ、本当にその次長さんの部に行くことになったんだ」
「そうなんだよ。もうびっくりでさ。うわっ、この海老、旨っ」

美羽の手作りの、魚介の白ワイン蒸しがテーブルの中央に鍋ごと置かれている。
冷蔵庫と冷凍庫にあったもので大急ぎで適当に作ったと言っていたが、レストランか、と思うほど美味しかった。

「優吾くんの腕を買われたってことだよね?」
「そんなことないと思うんだけどな。たぶんあの次長は俺にスパルタ教育を施したいんだよ」
「スパルタ? 今のご時世でそんなことあるかな?」

美羽は笑った。

前田さんもすっごいスタイル良い人だったけど、美羽だって学生時代に体操をやっていたこともあって手脚が長くスタイル抜群で、ふくよかな頬があどけなさを残している。

実際彼女は今年社会人1年生なので、若さ十分なのだが…。

「5年目…もうすぐ6年目だけど、そろそろ上に上がってもらわないとなって、今日脅しをかけられた」
「それは脅しじゃなくて発破じゃない?」
「同じだろ?」
「違うよー」

美羽はまた笑った。
彼女の方がなんというか…しっかりしているよな、と思う。

俺、本当に異動先でやっていけるんだろうか…。

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第2話へつづく


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