【連載】運命の扉 宿命の旋律 #23
Virtuoso - 超絶技巧 -
11月半ばの金土日と、文化祭が開催される。
萌花のクラスは英語劇を行い、当初は萌花に主役という話が上がったが、どうしても嫌だと言って脚本に回った。
舞台には上がりたくなかった、何となく。
稜央のクラスは何をやるのか訊いたら「知らない」という。はなから参加するつもりはないらしい。
思えば去年の文化祭も、3日間彼の姿を見ることはなかった。
「萌花が英語劇の脚本書くんだ、すごいな」
「私1人じゃないよ。何人かで共同で」
「萌花はかわいいから、主人公とかやれるのに」
「舞台に上がるのは嫌で…断った」
「なに、やっぱりそういう話になったんだ。さすがだな。確かに舞台に上がって注目集めて人気が出ちゃったら…俺困るから、裏方でいてくれて良かったかも」
稜央の言葉に萌花もはにかんだ。
ところが実際の文化祭では、そんなことが逆転するはめになった。
* * *
萌花のクラスは1日2回の舞台があり、萌花は裏方のサポートに追われた。
とは言え1日中の作業でもないので、合間には結衣と一緒に飲食屋台を回ったりした。
「萌花の彼氏はどうしてるの?」
「たぶん…来てないと思う。去年もそうだったし」
「相変わらずアウトローね! …でもうまくいってんだ、2人」
「うん」
照れくさそうに頷く萌花に結衣は思わず小突く。
「たまに2人が校庭横切って一緒に帰るの見かけるけどさ、アイツの印象だいぶ変わった。恋ってこわいね~」
茶化すように結衣が言う。
「印象変わったって…どんな風に?」
「アイツ笑ってるじゃん。笑ってるっていうか、なんか優しい顔してる。第一印象と正反対だよ」
萌花は嬉しくなった。自分といることで、そんなにも印象が変わった稜央のことを他の誰かにも自慢したかった。
そんな話をしてる時に正面からやって来たのは、もう普段着でもある黒シャツ・黒パンツ姿の稜央だった。
「わ、噂をすれば何とやら、だ」
「稜央くん…どうしたの?」
「学祭だから…一応、観に来た。萌花のクラスのやつに訊いたら佐々木と出かけたっていうから」
「あれ、あたし邪魔?」
「いや、俺もう帰るから」
「稜央くんもう帰っちゃうの?」
「明日、萌花のクラスの劇観る。その後一緒に回ろう」
「あ、うん…わかった」
じゃあな、と背中を向けて彼は去って行った。
「あぁいうとこもさ」
結衣がポツリと呟く。
「どういうところ?」
「なんかちょっと、優しくなったっていうか。カッコよく見えちゃうっていうか」
「え、ダメだよ。稜央くんのこと狙わないで!」
本気で焦った様子の萌花に結衣は「狙うわけないでしょう~!」と背中を叩いた。
そしてふざけて萌花の首を摑んで「愛のチカラってすごいなコノ~!」と茶化した。
その後、急に改まり、切なげな顔をして言った。
「萌花、ほんとに良かったね」
萌花は心から幸せな気持ちで頷いた。言葉通り受け止め、結衣の表情には気が付かなかった。
* * *
事件は文化祭最終日に起こった。日曜の午後。
出し物系は15時程で終了になり、後夜祭の準備が進められていた。
萌花と稜央は最終日も一緒にいたが、萌花がクラスの締め作業に追われる間、稜央は一人で校内を回っていた。
ふと小体育館と呼ばれる競技室に、グランドピアノが置かれているのが目に入った。
「音楽室にないと思ったら、こんなところに運ばれていたのか…」
音楽劇か何かで使われたのだろうか。ピアノ以外は大方片付いている様子だった。
稜央はピアノに近寄る。
廊下は学生やお客さんが慌ただしく行き来している。
稜央は自分とピアノだけが切り離された感覚になった。
椅子に座り、鍵盤に指を置き、目を閉じ、鼻から小さく息を吸った。
ショパンの『幻想即興曲』
外のざわめきと自分とのギャップが妙に心地よく、普段よりも軽やかに指が動く気がした。
そしてすぐに教室内外で自分に関心が集まっていることも気づかず、稜央は没頭した。
曲が終わると喝采が起こり、ようやく稜央は我に返った。
『え、誰? うちの学生?』
『こんなのプログラムにないよね? どういうこと?』
そんな声も行き交う中、アンコールが沸き起こった。
稜央は戸惑い部屋から出ようとしたが、もう1曲!の声に押し戻される。
動揺した稜央はまともに弾くことは出来なかった。
しばらく鍵盤を前に目を閉じ考え、弾きだした曲はモーツァルト…『きらきら星』だった。
一同は呆気に取られる。
しかし次第にアレンジを加えていく。超絶技巧と言われるものだ。
何曲か弾いた後、最後に冒頭の単純な『きらきら星』でしめた。
再び喝采が湧く。
「もう勘弁してくれ」と稜央は逃げるように部屋を出た。
* * *
そんな稜央の噂はすぐに萌花の元に届いた。
劇で使った教室を片付けている時だ。
「ちょっと萌花! 川嶋くん、大変なことになってるよ!」
慌ててそう駆け込んできたのは結衣だった。
大変なこと、と聞いて萌花は真っ先に誰かとトラブルにでもなったのかと思った。
しかし様子が違う。
「川嶋くん、小体育館でピアノ弾いて、それがすごい観客集めちゃって、大変なことになってた。あのすごい人、誰? 状態で」
萌花は動揺した。
ピアノで注目を集めたことによる嬉しさと妬きもち、不安。そんな感情が織り混ざった。
稜央からのメッセージによって後夜祭の始まる直前になって、ようやく萌花は稜央と落ち合うことが出来た。
「結衣が言ってたんだけど、小体育館でピアノ弾いて騒ぎになったって…」
萌花が尋ねると稜央は恥ずかしそうに頭を掻いた。
「そうなんだ。つい見かけちゃったから。学祭中、音楽室にピアノがない、と思ってたら、こんな所に運ばれていたのか、と思って。もう出し物は終わった時間だし、いっかと思って弾いてたら人が集まってて…アンコールとか言われて…適当に弾いたらまたなんか騒がしいことになっちゃって…」
出逢った頃の稜央は自分のピアノを『人に聴かせるために弾いているんじゃない』と凄んでいたことがあった。
けれど稜央のピアノは、今回の出来事のように、人を惹き付けるに値するレベルなのだと改めて萌花は思った。
「なんか一気に疲れちゃって…悪いんだけど一緒に後夜祭サボらないか?」
萌花は妬いていた。彼のことを喝采した多くの人に。
だからサボりの提案に頷き、2人は後夜祭で賑やかしい学校を後にした。
「注目を集めたのは私じゃなくて稜央くんになった」
「ホントしくじったなって思う」
萌花は稜央の腕に絡みついた。誰にも取られたくない、誰にも渡したくない。
最初に彼の才能に気づいたのは私なのだから、と。
いつも「自慢したい」と思っていたはずなのに、恋とは矛盾だらけである。
#24へつづく